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茶碗を割る

「いつ壊れるだろうかと思っていた茶碗がついに割れてしまいました」

心なしかラジオから聞こえる声がしんみりしている。
お気に入りの茶碗だったんだろうか?

「ぐるりと罅が回っていて、外側からも内側からも罅がみえて、少し力を入れて茶碗を捻る真似をすると微かにカチと音がしてたんです。罅が入っているからといって汁が漏れるわけではないので使ってたんです。で、その日は打ち上げですっかり遅くなったから、冷凍しておいたご飯をチンして、お茶漬け食べたんです。割れた茶碗と呼ぶには少し大きくて、丼と呼ぶには些か小さいそれは、お茶漬けを食べる時にちょうどいい大きさだったんですよね。食べ終わって洗おうとスポンジで挟んだ途端、音も立てずに罅が離れたんです」

わかるような気がする。
使い勝手のいい大きさってあるよね。
それにやっぱりお気に入りだったんだ。

「あ、お茶漬けはね、こだわりあるんだ。ちゃんとお出汁を取るか玄米茶でいただく。時折無性に市販の緑の粉のを食べたくなるけど、それは必ず玄米茶。でも、昨夜は刻んだ漬物と梅を乗せて、遅かったからお出汁ではなくて玄米茶でいただきました」

遅かったを繰り返すねぇ。
飲んで帰ったから、家飲みの定番の卵焼きはお休みしたのね。

「その茶碗の出処がわからないですよ。自分で買ったような、誰かから貰ったような。いつから家にいるかわからない。ずいぶん長く使っていたのは確かなんですがね」

私のラーメン丼と一緒だわ。
実家にいる時は使ってなかったと思うけど、自分がわざわざラーメン丼を買うとは思えないし、ラーメン丼をくれるような知り合いもいない…はず。
貰ったのを忘れているとしたら、ちょっと嫌だわ。

「不便なんで、翌日早速買いに行ったんです。お値段以上のお店に。でもなかったんです」

まさか。あのお店でしょ?

「こういう食器も流行りの形ってあるのかなぁ?それまで使っていたのとおんなじ形がなかなかなくって。百貨店にまで行ったんだけど、割れた子の代わりになるのは見つからないまま今日に至るわけでなんです」
「金継ぎ、出来そうな割れ方なんですが、そうまでして使うのもちょっと違うな…なんて思ったり、たかが茶碗ひとつなんですが、割れたダメージが後からきている、そういう話なんです」

ラジオはそのままCMに変わった。
何故か、その割れた茶碗が彼の目の前にあって、彼はそれを見て話をしていたような気がした。
「まさかね」
何故か割れた茶碗の代わりが見つかるまで、割れた茶碗は彼の手元から消えることはないようなそんな気がした。