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立入禁止

公園の遊具に黄色と黒のテープが巻かれてあった。
黄色いテープに「ちかづかないでください」と黒文字でプリントされている。
ジャングルジムと滑り台が一緒になった遊具だった。
ジャングルジムは元は何色だったのだろう?オレンジ色と水色がところどころに見えているが、ほとんどが赤黒い錆色だった。
緋村はそれをスマホで写している。
いや、その遊具を写すフリで、公園の反対側の道路にいるふたりの男を撮影していた。
これだけ離れると声は聞こえない。
しかし、この時間にふたりが会っていた証拠にはなる。
ひとりは地元警察署の刑事だった。もうひとりは国会議員秘書。
「不用意だよな」
緋村は呟いた。
ここしばらく、緋村は刑事を張っていた。
刑事は、地元の警察署の捜査一課の加座間警部補。友人であり自分の仕事のボスである三日月の弟の誘拐未遂事件に絡んでいた。そんな人間と、国会議員秘書。それが地元選出の議員ならまだしも、別の選挙区の議員だった。つまり、秘書はわざわざここまで加座間に会いにきたということだ。
どこかホテルなどで会うのではなく、人気のない公園近くの路上。
秘書の乗った車が加座間の近くで停まった。
加座間が車の中を覗き込むと、急いで秘書が車を降りた。
運転席には他にも誰かがいるようで、秘書は助手席側のドアを開けて降りてきた。
二言三言交わしただろうか?
秘書が内ポケットから取り出した何かを加座間に渡した。
加座間は何度か首を縦に振り、それを受け取ると上着のポケットに仕舞った。そして自分の胸ポケットを指す仕草をすると、秘書がゆっくり頷いた。
緋村はその様子を動画で撮った。
三日月には身内は祖父と弟しかいなかった。祖父は世界的企業の長。三日月はその後を継ぐ存在だった。
「なぜ祖父が日本に戻ってこないのか?」
一度友人に訊いたことがあった。
「簡単だよ。日本にいると仕事にならないからだ」
「どうして?」
「政治家たちのご機嫌伺いが煩すぎて。ご機嫌伺いと言いながら、奴らは監視しているようなものだからね」
「ふうん」と頷きながら、緋村は疑問を感じた。
三日月は、その祖父の跡を継ぐ存在だ。
しかし三日月の周りには政治家たちの気配はあまり感じない。
「お祖父様が現役でいるうちはこっちに気を向ける人はあまりないよ」
緋村の考えていることを見抜くかのように友人は言った。
「今から俺にかまかけてくるのは余程せっかちなヤツか、変わりモンだよ」
三日月は笑った。
緋村はそれに頷きながら、彼の祖父が日本に戻らない理由は本当にそれだけなのか?と考えていた。
考えたところで仕方がない。
そう思っている。
三日月は嘘はついていない。だけど、自分には話していないことがある。緋村はそう思った。
「何でそれを今思い出すんだ?」
国会議員秘書が車に乗り込むまでを写して、緋村はスマホをポケットに仕舞った。
もう20分ほど緋村は公園にいた。
その間公園の中にはひとりも人が入ってこない。
まるで公園自体が立ち入り禁止のようだ。
そう思った途端に緋村は居心地が悪くなった。
ポケットに仕舞ったスマホとは別のスマホを取り出すと、緋村は三日月に電話をかけた。
2コールで出た三日月に「秘書さん。帰りました」と告げた。
「加座間警部補は?」
「誰かに電話してる」
三日月は3秒ほど無言のあと、「今日はおしまいにしよう」と言った。
「わかった」緋村は応える。
「事務所に戻る?」三日月が訊ねる。
「そうだな。って言っても徒歩だから、30分はかかる」
「お疲れ様。差し入れ持って俺も事務所に向かうよ」
三日月の声は少し笑っていた。
電話を切った緋村が今一度、加座間を見た。加座間はまだ電話をしている。電話をしながらポケットに仕舞った何かを取り出しているようだ。
緋村は通話に使ったスマホでその様子を写真に撮った。
そして、そのままテープを巻かれた遊具も写真に収めた。
何となく、その写真も三日月に見せようと思った。
それを見て「何?」と顔を顰めるのが目に浮かぶ。
緋村は公園を出た。
緋村がいる間、結局誰も公園には来なかった。
「さすが地元の刑事さんは穴場を知っている」
人がいない場所というのを把握しているものだ、と奇妙な関心をしながら緋村は事務所に向かって歩き出した。


これらの話の続きというか、裏側の話。
そろそろ続きを書きたいのですが、どうも表(本編・一人称の視点)には出てこない方で、話が動いているので、ちっとも進まない。