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時計屋-【小さなオルゴール】#青ブラ文学部

港町。漁港と貿易港を持つ町だった。
その漁港付近には古い時計屋が何軒かある。
町全体の半分近くがあるといっていい。
いずれの店主も老齢だが修理の腕は確かだ。
「絡繰時計なら水川の店に持っていくといい」
老眼鏡をずらした店主が言う。
「ミズカワ?」
「店を出て左に歩く。時計屋がいくつかあるが3軒目の店だ」
ライバルとかではなく、それぞれが得意とする分野があるらしく、修理してほしい時計・内容で、あっちの店、そっちの店、と紹介されることが常だった。
「この店から数えて3軒目ですか?」と訊くと「ここを1とするのかい?」と逆に訊かれた。
「そうです」
すると老店主は、指を折りながら1、2と数え、「ここを1なら4軒目」と答えた。
時計屋は「時計店」「時計屋」と看板は出ているが、屋号的なものを出している店はひとつもなかった。
今出た店は中津という。
町の時計屋で電池交換でも動かなければ「港の時計屋持ってくといいよ」と言われる。
「そうだね。橋を渡ってすぐの時計屋にとりあえず持って行くといいよ」
そう言われてやって来てみれば、今度はあっちと言われた。
大丈夫だろうか?
まるでカフェか何かのような店構えで、思わず窓から中を覗いてしまったその店は、紛れもなく時計屋だった。
ドアを開けるとカウベルに似た鈴が鳴り、奥から「今行きまーす」と声が聞こえた。
若い男だった。
てっきりどの店もある程度の年配の店主だと思っていたので驚いた。
「あのう。見てもらいたい時計があるのですが」
「中津のおじさんから電話があったよ」
壁には古いデザインの時計がいくつも掛けられていた。
みんな同じ時間を指し動いているが振り子のある時計でも、その振り子は動いてはいない。
「止めているんだ」
視線に気がついたのか、若い店主は言った。
「みんな動いていたら音が気になるでしょう?」
そうなのか?と思った。振り子時計がある部屋にいたことがない。
「で?時計は?」
置き時計の絡繰時計。
祖母の時計だった。
セットした時間に曲が流れ、文字盤の隣でくるくる蝶が舞う。
それが…
「曲も流れないし、蝶も動かないんです」
店主は「開けてみていい?」と訊ねた。
「かまいません。むしろお願いします」
時計はネジを回して動かす。時間合わせや、絡繰の動く時間も時計の背面にあるそれぞれのつまみで合わせる。
それ以外どこをどうすればいいのかわからない。
店主は絡繰側の側面を指で押した。
するといとも簡単に背面を覆っていた板が外れ、時計の中が見えた。
「あぁ」
店主は顎を摩りながら何度か頷いた。
「落とした?」
「いえ。というか、自分の記憶の範囲では落としていません」
「そう」
店主は時計の中から何かを取り出した。
小さなオルゴールだった。
確かにオルゴールのような音だと思っていたがまさか本当にオルゴールが時計の中に入っているなんて驚いた。
「あぁ、なるほど」
店主はまた顎を摩って頷いた。
「摩耗。歯車が噛み合っていないのは経年劣化だね。いくつか交換しなくちゃならない」
「なおるんですか?」
「なおすよ。少し時間がかかるけど」
「構いません」
店主は顔を上げた。
「いくらまで出せる?」
「へ?」
「修理費」
「えっと…ローンが可能な範囲ででしたら」
店主はプッと吹き出した。
「ゴメンゴメン。部品、幾つ交換するかわからないし、今あるもので済むかもしれない。そうだね。最大見積もって5万かな?それ以上にはならない」
「5万」
今まで時計をなおしたことはない。
「それでもなおす?」
「お願いします」
やはりこの時計には動いていてほしい。
「承った」
店主はにっこりと笑った。
そして台の上の小さなオルゴールをじっと見つめた。
「キラキラ星」
「そう。そうです」
店主は音の出ていないオルゴールの曲を言い当てた。
「どうして?」
「シリンダーのピンの位置」
店主は「譜面読めるから。俺、バンドもやってるんですよ」と言った。
時計とは何も関係なかったが、このやり取りで任せられると思った。
安心して店を出る。
知らずキラキラ星を口ずさむ。
遠くで海がキラキラ輝いている。ような気がした。