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Lemming

窮鼠は猫を噛まず、自らのこめかみを撃ち抜いた。
「残念ながら俺の世界はお前らのために回っているわけじゃねぇんだよ」
己のこめかみに銃口を当てる。
僕は鼠の銃を弾こうと構えたが、それを先輩は制した。
パァンと軽快な音が響き、鼠が倒れる。
「小さな弾でよかったな」
目を開いたままの鼠に向かって先輩は言った。
弾は鼠の頭蓋を飛び出してはいなかった。
回収班がくるまでの間、鼠の死体を視界の隅に捕える場所にいた。
先輩は本部に連絡をしていた。
僕は膝を抱えて座っていた。
そこは元々教会だった建物だ。
屋根の上には横棒のない十字架だったものが残っている。
建物は屋根も壁もみな白かったものが、経年劣化で薄汚れている。
建物の中は何もなかった。
教会の中に置かれていた机と椅子はどこへ行ったのだろう?そんなことを僕はぼんやりと考えていた。
この建物の隣にはこの教会に携わる人々が寝泊まりしていた石造りの建物がある。勿論、ここが教会でなくなった時に、その建物も役目を終えている。
ここから車で10分と離れていない場所には人々の集まる街がある。
そこは少しだけ時代遅れの空気を漂わせているが、たくさんの人で賑わう街だ。
それなのにここには鼠の死体が転がるだけだ。
「鼠」はこちらで勝手に呼んでいる名ではない。
彼らはレミング=旅鼠を名乗る組織。国や他の組織を潰して歩く。どんな手段で連絡を取り合っているのかわからない。というのも普段はてんで勝手に単独で活動をしている…ように見える。同時多発的にテロなどの破壊活動や、国の中枢に入り込んで国家転覆を謀った後、一斉にそこを引き上げる。
一網打尽ろいかないのはその全容がつかめていないからだ。
目の前で死んでいる鼠は、偶然出会した鼠だった。
「Nの情報にあったヤツだ」
街で見かけた時先輩が言った。
僕らは別件でここを訪れていた。
先輩が本部に連絡し「生死に関わらずの捕獲せよ」の命令を受けた。
投降しない限り、生きて捕まえたとしても何の情報も得られない。せめて鼠の数を減らせ。そういうことだ。
「ヘリで来るそうだ」
連絡を終えた先輩がこちらを向いた。
膝を抱えて座っていた僕は先輩を見上げるような形で見た。
先輩は二度三度、パチパチと瞬きをした。
「お前は面白いな」先輩が言う。
「そんなに自分で仕留めたかったのか?」
「それはないです」僕は首を振った。
鼠があっさりと死を選んだことが少しショックだった。
世界中で恐れられているレミングは、他人の命同様自分の命も軽く見ているのか?
「本物のレミングって見たことあるか?」
「テレビで昔見ました」
子どもの頃の話だ。
崖から落ちて集団自殺をすると言われていたが、彼らは死ぬつもりで落ちているのではない。海や川を渡るために落ちていくのだ…とナレーターが語っていた。
「野生じゃ寿命は一年前後だそうだ」
つまり先輩は、あの鼠も寿命だったというのだろうか?
独特のヘリの音が聞こえてきた。
回収班に鼠を引き渡したら、僕と先輩は本来の任務に戻る。
僕はさっさとこの道草を終わらせたかった。
鼠が自分の世界は僕たちのために回っているわけじゃないと言っていたが、それをそっくり鼠に返してやりたい。
お前なんかついで・・・なのだ。偉そうに何を言っているんだ?と。

ヘリが建物の前に降りたようだ。
僕は知らずホッと息を吐いた。
それを先輩が見ていたことに、僕は全く気が付かなかった。