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特殊機関 - 【祈りの雨】#青ブラ文芸部

人を殺すことにもだいぶ慣れたものだとKは思った。
以前は任務の後は身体中にべったりと何かが張り付いているような疲労感と、それに反する高揚感で眠れない日々を過ごしていた。
安定剤も導入剤も何も効かない。
体が疲れ切る頃ようやく眠れるが、すぐに次の任務が命ぜられる。
続け様排除対象が人である、ということがあまりなかったのが救いだった。
それが今では、報告書を作成した後シャワーを浴びて、ベッドに入ると泥のように眠ることが出来るようになった。
「Fはどうだったんだろう?」
清掃局に入ったばかりの頃はずっとFと組んでの任務だった。Fは自分より10歳上の現場作業員で、自分が入った頃はすでに現場作業員のトップたる人材だった。「そういう人物に、指導を受けているキミは、かなり期待されているということだ」と言う者もいたがピンとこなかった。
国家機密連合機関という組織の中にある通称「清掃局」と呼ばれる機関の中で作業員は最大27名。機関内では名前で呼ばれず、アルファベットの識別番号で呼ばれる。任務で外に出る以外は清掃局の施設内から出ることはない。一度作業員となった者は、その任を解かれても、死ぬまで清掃局内の施設で過ごす。生活は保証されるが、常に国連(UN国際連合ではないが、組織の者たちはわざとそう略す)に監視されるのだ。それほど、作業員たちは世界の暗部に携わるということだった。その中でも現場作業員と呼ばれる者は、世界秩序を守るため、不要なものを排除する・・・・・・・・・・任務を遂行する。
排除の対象が人間であることも少なくはない。
現場作業員の半数は一年せずにその任を離れ、清掃局内の別の部署に移動となるが、詳細は不明である。
「一年もてば大概は大丈夫なものだ」Fは言った。
「でも、一年経過すれば眠れるようになるとは言っていない」とも言った。
Kがこうして眠れるようになるまで三年かかった。

「終わったぁ」
エンターキーを勢いよく押したFが背伸びした。
「でも、今夜はここで寝るんですか?」
Kが装備を解きながら訊ねる。
「仕方ないだろう?外には出られないし、地下道は封じまったし」
基地内の人間が逃げ出せないようにと安全な地下道は侵入時に破壊した。
耐性があるとはいえ、毒の中で眠るのは気持ちが悪い。
もっともこの部屋の空気は浄化されている。
基地内の医務室を自分たちの作戦室にしたのはトイレやベッドの確保のためもある。案外とFはそういうところを気にかける。話を聞くと誰かと組む時だけだと言うが、本人は「折角ベッドがあるんだったら使わせてもらいたいじゃないか?」と言う。硬い床や野宿より短時間の仮眠とはいえベッドの方がずっといい。
こういう建物の医務室というのは単独の非常電力装置を持っていることが多い。
そのあたりも医務室を占拠する理由のひとつ。
今回はここの主だった軍医が情報提供してくれたこともあり、比較的スムーズにここを占拠できた。
基地本部と離れていたのも都合がよかった。
クーデターは未然に防ぐことができた。
基地内で生存しているのはFとKだけだった。
幹部たちの思惑を知らないままクーデターに参加させられそうになっていた新兵たちは架空の訓練で外に出した。最低限の装備。訓練相手として相対した清掃局の予備隊員は彼らを皆確保できたようだった。
「優秀じゃね?」
報告を受けたFが嬉しそうに言った。
基地内の全ての換気装置を止め、神経系の毒を流す。
「それでおしまい」
しかしそれだけで100人近い軍の実行部隊を殺すのだ。実行時よりも準備に時間をかけた作戦だった。
今も、基地内には死体が放置されたままだ。
防護服を着てFとKは基地内を隈なく確認してきた。なるべく一箇所に集めての作戦決行だが、なにぶんにも相手の人数が多い。
幹部たちは司令室にまとめることができたが、他の者たちはいくつかの部屋に分散していた。
自分たちのいる基地の東側の空気が清浄されない限りは窓を開けることもできない。建物内の毒を外に出してはいけない。
多くの死体がある南側も空気中の毒素を抜く清浄装置を設置しているが、毒の量が段違いである。この国の政府が調査といって入るには一週間は必要だろう。
基地内の温度を調整して死体の腐敗を遅らせているが、一週間後の死臭を想像するとゾッとする。
「明後日の早朝迎えが来る」
Fが報告書に対しての返信を読んで言う。
「思ったより早いじゃん。まぁ、それまではゆっくり休ませてもらおうぜ」
Fは上着を脱ぎ、靴の紐を緩める。
「先にどうぞ」
Kが言う。
「仮眠じゃねぇよ。休むんだ。さっき言ったろ?終わったって」
そう言うとFはさっさとベッドに入る。
医務室のベッドだ。
マットは少し硬く、掛布は些か軽い。
Fは左側を下にして寝る癖がある。枕ポジションが決まったところでポツリと「雨だ」と呟いた。
完全とまでいわないが、この建物は防音性が高く、あまり外の音は聞こえない。
Kがカーテンを少し開けて表を見る。
雨が降っていた。
細かい雨だったが、向こうが見えないほどだった。
「なんでわかったんですか?」
「ん?眠れそうだから」Fが答えた。
「雨が降ってるとよく眠れるんだ」
「僕もそうです。子どもの頃から」
Kが言うと、Fはムフッと笑った。
「だったらお前も寝ろよ」
Kも重たいジャケットを脱ぎ、靴を脱いだ。
雨は優しい。
そう言ったのは誰だったろう?Kは思った。
昔に聞いたことがあるような気もするし、大人になってからだったような気もする。
「良い眠りを」
それはFだったろうか?
「嫌なことがあった後は『眠れますように』という祈りの雨が降るんだ」
Fだったらいいな、とKは思った。
テーブルの上に置いた小さなライトの灯りを残して、この部屋は静寂に包まれる。
外では雨が降っている。
Kが瞼を閉じる。
Fの規則正しい呼吸音が聞こえてきた。