見出し画像

Mr.Children個人的15選Ⅱ

前回かなり前でしたがミスチルの個人的15選やって、結構好きな曲入れ込んだのですが、さすがミスチル、15曲ではまだ収まりきらず、今回さらに15曲追加させていただきました。相変わらず「世代な」選曲ですがそこはご了承のほどを。まあでもやっぱり一番好きだった時代の曲を選んだ方が書いているテンションも上がりますし、基本的に人に流されて何かがいいとか言えない人間なのであくまで僕の心に響いたものだけが、熱量になるのでそこは仕方ないです。だから好きなものはいいものはずっと変わらない感じで食って生きて吐き出しています。まあ例えがアレですがそこはあんまりぶれないですね。そんな感じですが早速どうぞ。


君がいた夏 (1992年)
ミスチルの記念すべきデビュー曲です。関西のFM局「FM802」でもヘビーローテーションでかかっていたらしいです。その時はまだラジオとか聞いていなかったですが。イントロからして甘く切なく響いてきて本当に「あの夏」に行ってしまうようなトリップ感もヤバいですね。恋愛の歌っぽいですが実際は桜井さんが子供の頃に父親の故郷に行った時の思い出からインスパイアされて出来た曲らしいです。山形だったかな、そこはあんまり覚えてないです、すいません。でもこの曲からもう90年代の空気感が半端なくて「新しい時代の新しい才能が出てきた」って音楽業界、関係者が色めき立ったらしいってのが想像できますね。たぶんそんな感じだったのだろうと。それくらいもう才能が一抜けていたって感じも受けます。


星になれたら (1992年)
ミスチルの初めてのフルアルバム「Kind of Love」に収録されていた曲で初期のベスト盤「MR.CHILDREN 1992-1995」にも収録された人気曲です。僕はこのベスト盤で初めてちゃんとこの曲を知りました。元ジュンスカイウォーカーの寺岡呼人との共同作曲らしいですが、そう言われれば確かに桜井さんだけの感じはしないかな、とか思ったりします。初期の純粋さをさらにプロデューサー的にアレンジしていったというか。プロデューサーと言えばミスチルはほぼ五人目のメンバー「小林武史」が有名ですが、いろいろな人がミスチルに関わってあれだけの大スターになっていったのかな、とかこの時代のなにか「希望」「わくわく」がこの当時のミスチルの音楽から伝わって来る感じが個人的に結構好きです。みんなで夢見ていた、みたいな感じがして。僕も医者になるという夢を追いかけていた時はこの曲によく励まされていました。


Replay (1993年)
これも好きでしたね。何というか、ミスチルが後に「怪物」になってしまう前の等身大の青春を歌っているこの時代が素朴でいいっていうか。ストレートにハートに響いてくる感じが好きです。桜井さんはやはりあれだけの楽曲をすべて制作するくらいもの凄く感性が鋭いからこの頃はまだそれが自分の身の回りで起こったことだけを純粋に恋愛とか歌にしていけばよかったけど、次の年1994年にイノセントワールド出してから社会現象になってしまった自信を取り巻く環境の激変にもの凄くストレスもあったと思います。そこから音楽は急に内省的になり、そして平成という時代も阪神淡路大震災やオウム真理教と言った災害、事件などで社会不安も広がりつつあった時代で、そこにただ身の回りのことだけ歌っていればいいって感受性でもなかった「天才・桜井和寿」はもうこの社会全体を背負うようになってしまって、そこは優れた才能の持ち主なら避けて通れなかった、という感じだったと思います。そこがミスチル、桜井さんたる所以だったりするので後の音楽の変化は必然でもあるのですが、やっぱりビートルズにも言えることですが、初期の純粋に恋愛とか、日常を無邪気に歌っていた「特別な」才能の喜んでいる姿が眩しくて、その後の「怪物」になっていく運命を思うと少し切ない感じもしますね。


LOVE (1993年)
これはセカンドフルアルバムの「versus」に収録されて、さらに初期のベストアルバム「MR.CHILDREN1992-1995」にも収録された曲で昔から結構好きな曲でした。高校時代に作ったカセットテープのミスチルベスト編集テープにも入れていた記憶があります。これが最後のミスチルの純粋な音楽だったかなあと思ったり。そのすぐあとに「クロスロード」が出てそこから時代の精神を汲み上げていく特別感が漂っていってとんでもなく大きな存在へ昇っていく階段の一番下にいる感じがします。だから余計に懐かしく響きますね。


Dance Dance Dance (1994年)
1994年に出した300万枚も売れたモンスターアルバム「アトミックハート」に収録されて初期のベスト盤「MR.CHILDREN1992-1995」にも収録された名曲です。あの「アトミックハート」は捨て曲なしの完璧なアルバムだったと個人的には思ったりします。シングルの「クロスロード」「イノセントワールド」以外も創造性が爆発していた桜井さんからとんでもないレベルの楽曲が次から次に生まれていて、その現場にいた人はどれだけ衝撃を受けていたのだろうかとか思ったり。本当に「時代」が動かされるその現場を目撃していた、そんな感じだったのかなとか思ったりします。桜井さんがあの平成の爛熟が始まる「1994年」という時代の中心を射貫く特別な音楽たちは今もって、僕は余計にあの時代に高校一年生とかで感受性のピークにもあったからか、完全な「タイムカプセル」としてあの時代の空気感をパッケージしていると思わせてくれます。個人的な感想抜きにしてもやっぱりこのアルバムは「1994年」を体現する稀有なアルバムとも言えるのではないでしょうか。そんな感じも受けます。


クラスメイト (1994年)
これも「アトミックハート」に収録されていた曲で、ベスト盤とかには収録されていませんが昔から好きだった曲です。カセットテープにも入れてましたね。何とも言えない「ハイソ」感(死語?)が漂う東京のオシャレな生活が目に浮かぶ感じがして好きでしたが、大阪の人間からしたら手が届かない感じもして(個人的見解)、羨ましかった思い出もあります。桜井さんの高いレベルで推移する人生に憧れしかなかったですね。世の中には階級はちゃんと存在しているんだと朧気ながら意識し出した端緒となった曲かもしれません。ややこしい感想ですいません。PVは静止画で失礼します。


【es】 ~ Theme of es ~ (1995年)
阪神淡路大震災、オウム真理教の一連の事件があった1995年当時の混沌とした不安が社会を覆う時代を反映させた時代の語り部たるミスチルが発表した名曲です。それまでのシングルにあった「売れ線」要素を極限に排しつつも優れた音楽性、水準を持ったこの時代のミスチルならでは、そしてこの後のミスチルの音楽性を示した楽曲なのではないかとも思ったりします。何かこの世の中でとんでもないことが起こっている、もしくは起こった、その時にロックバンドとしてそことどう向き合っていくか、この当時は多くのミュージシャンがそう感じたりしていたのだと思いますが、そこと逃げずに真正面から向き合って優れた音楽に昇華させ、さらにミリオンセラーにもなったのは僕が知る限りミスチルだけだったんじゃないかな。そこでもう世間とミスチルの信頼関係が強固になった、そんな感じも受けたりします。前年の1994年にあれだけポップ、ロックの頂点を極めた国民的バンドはしかし、この時代の危機にも誰よりも真摯に向き合っていく、そんな姿勢を万人に示したわけですから、ある意味彼らにとって呪縛ともなりうるそんな要素もはらみつつ、ミスチルは本当の意味で時代の寵児になっていきました。


花 -Mémento-Mori- (1996年)
ミスチルが頂点に立ったストレスからくる疲労、その他もろもろのマイナスの感情を吐き出し始めた時期のシングルでかなり内省的な静かな、それでも芯の通ったロックになっています。ここら辺からさらに自分と向き合う桜井さんの姿が目立ち始めてそれまでの明るいパワフルなポップ、ロックが好きだったミスチルファンは戸惑い、人によっては離れていった人も結構いたのではないでしょうか。僕はまあ当時だんだんと引きこもりがちな生活になっていったのでついていった方ですが、友人は「なんかあんまりにも自分、自分し過ぎて嫌いになった」と言って元気の出る音楽を続けていたB’zの大ファンになっていったりしていましたね。僕も正直この時期からもうそこまでミスチルを熱心には追いかけてなくて、ハードロックとか洋楽に傾いていったので、あんまり人のことは言えないかもです。まあやっぱりヱヴァンゲリヲンとかかなり自分と向き合う系なサブカルチャーがメインストリームに出てきたような時代でもあったので、感性の鋭い桜井さんもそうならざるを得ない部分もあったのかなと思ったりします。


Everything  (It's you) (1997年)
僕は結構この曲好きです。ミスチルのバラードでもかなり上位に入るくらいに。彼らも当時結構ハードロックとか聴いていて、その影響があったとかでそのテイストが入っているのが僕自身の好みになったのかもしれないです。僕もいろいろなところで書いていますがこの曲の出た1997年の19歳くらいの時人生で一番「ハードロック」を聞いていた時代なので。まああからさまな洋楽のパクリじゃなく、ミスチルならではのセンスも加えているのはさすがだと思います。でもデビューから走り続けていろいろと疲れていたのでしょうね、このあと彼らは約2年の休養に入ります。


終わりなき旅 (1998年)
未だにミスチルで一番好きな曲はのアンケートで1位になる曲ですね。僕自身はこんなこと言ったら怒られるかもしれないですが、そこまで好きな曲ではないです。まあでも今やミスチルの代表曲のひとつにもなったのでここで外すわけにはいかない感じだったので入れました。決して嫌いな曲ではないです、念のため断っておくと。歌詞はやっぱりいいと思います。「高ければ高い壁の方が昇った時気持ちいいもんな」とか「限界だなんて思っちゃいないさ」とかすごくどうしようもない時に励まされる感じも分かります。でもやっぱり基本、メロディ重視な人間なので、そこはやっぱりちょっと地味かなと思ってしまいます、ごめんなさい。個人的な好みの問題ですね。でもミスチルが長期休養後の一発目に出したシングル曲で解散の危機さえあった時代を個人的に乗り越えた桜井さんの書く詩は本当に力強いものがあって、ファンの復帰してくれた喜びとともに特別な歌になっていったのかもしれません。


Heavenly kiss (2000年)
シングル「口笛」のカップリング曲で好きになったのはここ最近ですね。ギターのイントロ、カッティング、が曲の雰囲気に合ってオシャレでいいセンスしてます。復帰してから何かまだいろいろと重たかったのがこの2000年に入ったくらいからだんだんいい時代のミスチルに戻ったようなそんな曲も増えて、また好きになっていったり。やっぱり音楽は作る人の精神状態でいろいろな顔を見せるものですね。桜井さんくらいの繊細さと才能があるから余計にその振り幅が半端ないっす。動画はアニメの静止画とかですがどうぞ。


NOT FOUND (2000年)
これは人生どん底で鳴り響いていた思い出の曲でもあります。この当時引きこもりが長期化していて何とか外に出ていこうとフリースクールみたいなところに行っていました。でももうその当時で20歳過ぎて高校卒業資格も通信制で取っていたから、この「不登校」専門のフリースクールの学校に対する違和感とかにあまり共感できずに合わなかったですね。うーん、俺は何を求めてここにいるのか、受験とかももう頑張る元気なくなったしな、うーん。と悩んでばかりいました。そんな引きこもりの酷い精神状態な時期にそこに通っていた6歳くらい年下の高校一年で不登校になった後輩と仲良くなって「ミスチルの新曲かなりいいです」と教えてもらって買って聞いたりしていました。その歌詞「どこまでいけばたどり着けるのだろう、この目の前に積まれた絶望と希望を」とか「昨日探し当てた場所に今日もジャンプしてみるけど、NOT FOUND、今日はNOT FOUND」とか刺さりましたね。メロディラインもミスチルらしさが戻ってきたようで力強かったですし、結構お気に入りでよく聞いたりしていました。耳は完全に洋楽寄りではありましたが。


優しい歌 (2001年)
21世紀初のミスチルのシングルですね。何かまた全盛期の勢いが戻ってきた、そんな感じも予感させる前向きな楽曲です。実際21世紀になってから吹っ切れたようにミスチルはまた活動エネルギーを増して、精力的に活躍していきましたね。ここから新たにファンになった世代も多いのではないでしょうか。僕も21世紀のミスチルの曲は結構好きでMDとかの個人的な編集版には必ずミスチルの新曲とかいろいろ入れたりして、外せなかったですね。相変わらずの水準の高さを誇っていたので。安定のミスチルみたいな。でもこの2001年で桜井さんとか30歳を超えて、そこもやっぱり安定な「大人」になっていったわけで。等身大の悩みとか「揺れ」みたいな若い感受性は「大人」な技術でいくらでも再生産されてしまう、市場のニーズに応えられてしまうそんな構造も見え隠れしてしまって、20世紀のミスチルの音楽ほど熱狂するってことは僕の場合なかったような気もします。まあ僕自身も揺れまくった「10代」が終わって引きこもりも終わってなんとか社会に戻ろうと安定を求めていた前向きな時代だったので音楽に感動する「強度」は鈍っていったとも言えるかもしれません。


youthful days (2001年)
21世紀に出たミスチルのシングルで「HANABI」に次いで好きな曲です。何とも言えない桜井さん独特のセンスがたまらないです。切なさを歌わせたら右に出るものはいない、無双加減とでもいいましょうか、琴線に触れる天才の業とでもいいましょうか、そんな感じです。これも思い出の曲でもありまして。神経症がピークになっていた2001年冬から2002年の春にかけて今は閉院した京都にある森田療法専門の禅寺のような施設に引きこもり脱出をかけて入院していた時期でして、京都のコンビニとかから流れてきて、その当時のどうしようもない精神状態、不安な感性に響き渡った、そんな感じでもあります。病んでいると余計に感性が研ぎ澄まされて生身の心の奥までスッと入って来る、そんな感じでもありました。遠い昔の話ですね。病まないままに青春を送っていたらこんな恋愛も出来たのだろうか、とか思ったりします。


Any (2002年)
これも好きでしたね。ミスチルの宝石箱に必ず入っているみたいな輝きがあります。安定感がありますね。21世紀の地平を見渡す感じがするというか、うーん言語化は難しいのですが、20世紀までにあった「ある感覚」が21世紀になったら別のものに取って代わったといいますか。それは当時世界最高のロックバンドと言われたイギリスのレディオヘッドのアルバム「キッドA」で示された「もうロックじゃない」世界のフラットランドな感受性が生みだした「安定」とも言えるかな、と。基本2000年で一回何かが閉じてしまってガラガラガシャンな世界に産み落とされた才能たちがまた同じ地平線の上で「掘れない」岩盤の上で空から落ちて来るメロディを受け取る受信機みたいな音楽の作り方になったというか。20世紀までにあった感情のエキスが21世紀にはあまりなくて思い出すために天が授けているみたいなそんな感覚があります。言い換えれば泥臭いロックがもう無理みたいな。洗練が訪れてしまった。やりたかったら空から降ってくるものを受け取りましょう、みたいな。大地と離れたところにしかロックの源泉はなくなった、そんな感じが21世紀全体に広がったような気もします。まあ何を言っているのか自分でもよくわかってないところもありますが、レディオヘッドの「キッドA」の解説の所でトムヨークがそんなこと「もうロックじゃない」「ギターを持っても何か自分のやることじゃない」って言っていたのがとても印象に残って実際「キッドA」を通して聴くと圧倒的にその「ロックじゃない」時代の説得力にやられてしまったというか。ミスチルの解説でレディオヘッド持ち出して絶賛しているのもどうかと思いますが。レディオヘッドだけが何かちゃんとそのことについて答えを出していた気がしたのでここで書かせていただきました、すいません。個人的な感想なので人それぞれ思うことは違うとは思いますが、僕はそう感じたりします。


そういやB’zも2002年のアルバム「GREEN」を最後にあんまり熱心に聞かなくなったなとか。岩盤掘るのがみんな難しくなって21世紀の「滑り」具合に身を任せていった、人間のエゴでは進めないような時代になったのかな、だからエゴな音楽「ロック」が変容せざるを得なかったのかなとか思ったりします。デジタルに移行したのもこの時代辺りで、今じゃサブスク全盛でもう時代や国を思いっきり横断して音楽聴けたりするから、余計にフラットランド感が覆っていますね。一人岩盤掘る生き方より、フラットな世界でみんなと繋がって生きて行かざるを得ない、いいか悪いかは別にして。ロックは懐古趣味で生き残り、でもそれはK-POP好きな人がたまたま今の時代にその音楽が好きでそればかり聴くのともうあんまり時代的な差異もなくて、個人個人好きな音楽、カルチャーを掘り下げていくのがいいみたいな。でも繋がらなきゃいけないその面倒くささは相変わらずこの時代のフラットランドを覆いつくしてもいるし。まあだからそんな21世紀のグランドラインを描き切ったレディオヘッドの「キッドA」が心の奥底のモヤモヤを上手いこと聴き浸っていると浄化してくれたりするから今でも定期的に聴いたりします。ああまたミスチルの解説やのにレディオヘッドを持ち上げてしまった、ごめんなさい。世代的なものもあるかもな解説、選曲でしたしミスチル以外にも言及してしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。ではまた何かの10選で。

この記事が参加している募集

スキしてみて

思い出の曲

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?