「社内初のメディア編集部」が3年目に迎えたサードフェーズ感

こんばんは。子育てメディアコノビー編集部の渡辺です。編集長をしています。

一連のLITALICOアドベントカレンダーも、残すところあと2記事。今日の僕と、明日のYuhei Suzuki(LITALICO発達ナビ編集長)のみとなりました。

前回僕は『「当事者じゃない自分を責めるな」 〜代わりにスキルとしての想像力を〜』という記事を書きました。これは割と僕自身の、内面的な話でした。

今回はもう少し組織というか、チームとしての「編集部」のあり方について、メディアが立ち上がってから現在までの約2年半くらいを振り返ってみたいと思います。(注:エモさは期待しないでください。w)

オウンドメディアをこれから立ち上げるとか、立ち上げたけどもなんかしっくりこない、だって社内にノウハウないし!という方は、いまのメディア乱立時代結構いらっしゃるのではないかと思うので、決して成功事例ばかりではないですが、そういう方にぜひケーススタディとして活用いただけたらと思って書きます。(という建前で自分が振り返りたいだけ。あと、途中の画像は箸休めなので、あまり内容と関係ありません。)

社内にはじめて、インターネット事業部ができた。

事業背景からお伝えします。

弊社LITALICOは、「障害のない社会をつくる」というビジョンに向けて、障害者の就労支援事業や、発達障害の子でも安心して通える幼児教室&学習教室IT&ものづくり教室など、実店舗事業を基軸に成長してきた企業です。

上記3事業合わせて、北海道から沖縄まで全国の拠点数は100を超えており、たくさんの方にサービスをご利用いただいています。

ただ、対面だからこそできるサービスがある一方で、それだけでは社会が変わっていかないのではないか。世間一般の考え方や知識のアップデート。情報の非対称性の解消。ネットが超えられる地域性や新しいコミュニティの可能性、そして進化し続けるIT技術の可能性を活用して、もっとできる事があるんじゃないか。

そんな訳で社内に新規事業開発という位置づけで生まれたのが、インターネット事業部でした。子育てメディアのConobie(以下、コノビー)は、その事業部が生んだ第1号のコラム中心型メディア事業として、2015年の春に産声をあげます。

(正確には当時、いまのLITALICO発達ナビの前身にあたるサイトがすでにありました。ただ、Q&Aなどのコミュニティーなど複合的な機能をもつポータルサイトだったため本格的に記事コンテンツに特化した編集部を組織したのが、社内初。という感じです。)

子育てメディア Conobie誕生

LITALICOが子育てメディアをはじめた背景はこうです。

自社が運営する教室に通ってくる子どもたちは、障害の診断の有無に関わらず、とても個性的な子どもたちばかり。教室での指導は子ども向けのものですが、毎日送り迎えをする親御さんがポロっとこぼす悩みをどうにかサポートしたいという思いがずっとありました。

親御さんが幸せでないと、子どもたちの個性も輝きにくいのではないか。子育てを応援できるようなメッセージを届けたい。そんな感じで、今改めて考えるとかなり射程の広いコンセプトからスタートしています。

集められた編集部メンバーは、元人事のママ。元広報、学生インターン。といったキャリアで、編集長の僕でさえ、学生の頃ZINEを作ったり雑誌の編集部でのバイト経験はあったもののWEBの編集なんてやったことないし、もう不安しかありませんでした。なにせWEBメディアの知識なんて「そもそもPVってなに?」というレベルでしたから。笑

さてここからは、そんな背景で立ち上がったメディアの編集部が、どんな風に変化していったのか、概ね年次ごとに、編集部の組織フェーズとその時やったことをまとめていきます。

1st.フェーズ:打席数重視!あとスマニュー砲来い!w

2015年4月にオープンしたコノビーは、オープン当初、記事数で勝負するしかありませんでした(というかそれしか方法を知らなかった)。地道な声がけで日本中から育児コラムライター約200名を集め、編集部でそれを添削しつつ、自分たちでもひたすら記事を書くしかなかった。サイトの流入チャネルも育っていないので、とにかく打席に立って、記事をつくりづづけました。

この時はまだタイトルにこだわるとか、コンセプトをどうやってコンテンツに込めたらいいのか、誰も技術を持っていなさすぎてよくわからなかった。夜20時くらいにスマニューからドカンと流入が来て一喜一憂するような毎日でした。サイトの成長に必要な数値の計測体制も同時に整えていくプロセスだったので、想いは持っていたけれど、実作業としてはかなり暗中模索な時期だったと思います。

2nd.フェーズ:ヒット率重視!で変わった意識

2年目にさしかかる頃、ライター数は300名に増えていましたがやっぱり添削の限界。ライターさんにちゃんと向き合って質を担保する事が難しくなってしまいました。人気だった漫画コンテンツを中心に、連載していただくライター数を実質的に絞り込む事になりました。それに伴って、公開記事本数も減らしました。

またこの頃からFacebookページが流入チャネルとして育ってきたこともあり、タイトルに改めてこだわり始めた時期でもありました。(編集長VSエンジニアMGの2名で、毎日4時間ほどかけてFacebook投稿クリエイティブのPDCAを回すという鬼運用を2ヶ月ほど続けたら数十パターンのタイトルパターンが生まれて重要な資産になってます。2ヶ月でやめた理由は、体力が持たないからです。w)

打席数重視だった編集部から、ヒット率重視の編集部へと進化したのがこの時期です。結果的にヒットする記事の傾向はだんだん分かってきましたが、突き詰めると「犬猫、エログロ、ラーメン、ゴシップ、料理動画」といったジャンルに辿り着いてしまう。自分たちのコンセプトとジャンルの中で、どのように想いをのせればいいのか、記事の質について試行錯誤が続きます。

■クオリティのベースをつくるためのキーワード

記事の内容の質を高めていくに当たって、当時編集部内で流通し始めた言葉がありました。それが、「発見」です。

当時、メディアコンテンツは「共感」が大切だと叫ばれていました。今でもちょっとその傾向はあるかもしれません。でも、読者に持ち帰ってもらいたいのは、共感を入り口とした「新しい発見」ではないか。そう思った僕たちは、記事の内容を添削しあうとき「その内容で、発見はあると思う?」と問いかけるようになりました。これは今でも記事のクオリティのベースを作ってくれている、最初にして最大の礎になっていると思います。

■「発見」の質を高めるためにした3つのこと

1、ライター通信の定期配信

ライターさんと一丸となって記事のクオリティを磨けるように、月に1度のライター通信にも力を入れ始めました。コンセプトを説明したり、その時の重要指標を伝えたり、編集スタッフから記事の感想を伝える。ライターと編集部の距離を縮め、目線を揃えて普段の制作過程を円滑にするためにいまも活用しています。(詳細は通信担当スタッフの山口が書いてくれたこちらの記事に書いてあるのでぜひ!)

2、ライターマニュアルの拡充

ものすごく当たり前の事ですが、当時、ライター向けのマニュアルがありました。でも内容は管理画面の使い方がメイン。これを大幅に改訂し、冒頭6ページに渡って、「コンセプトの説明」「編集が入る理由」「一緒に乗り越えたい壁」「コンテンツの面白さとは?」「制作ポリシー」といった内容を伝えています。正直、暑苦しくてかなわんと思われているかもしれませんが。w

3、読者理解の接点づくり

あともう一つ、コノビーサロンというリアルな場の運営も始めました。編集者がどれくらいの解像度で読者の事を想像できるかは、記事で提供できる「発見」の質に大きく影響します。「自分に立ちもどれる場所」というコンセプトで、初産・0~1歳児育児中のママを対象に、全3~4回のサロンを提供してきました。現在、第3期生12名が通ってくれています。

これがある事で、「30代前半女性、世田谷区在住〜」みたいなペルソナを飛び越えて、「◯◯さん」という実名ベースで読者像の共有ができる(しかも、個人の超具体的なストーリー満載で)という大きなメリットがあったと思います。数回のサロンに通う中で、読者が"変化していく様子"を伺い知れた事も、大切なインプットになりました。

3rd.フェーズ:ようやく迎えたいまのフェーズ

春先には「子育てに、笑いと発見を」という新しいコンセプトも定まり、編集部メンバーの目線もだいぶ揃ってきた今年の春頃。編集未経験から着実にスキルアップしてきたみんなを見て、僕のメンバーに対する要求はどんどん上がっていきました。

■編集者の自意識が芽生えて生まれた変化

いつまでも「私は編集未経験なんで」「編集者としてのキャリアないんで」みたいなことを言っていられないじゃないか。本気で"編集者"としてのキャリアに向かって行こうぜ!という超一方的な期待感を雰囲気を醸していたら、ポツリポツリと、ツイッターのプロフィールに「コノビー編集者」と書く人が現れたり、外部の勉強会に参加する人が出てきたりして、だんだんと「自意識としての編集者像」がメンバーの中に確立されてきました

これによって一番変化したのは「フルスイングの企画が増えた」ということです。

自分が担当する企画を精一杯やるのは当たり前のことのようですが、終わりのない制作活動の中で、自分で考えきって最大限のエネルギーをぶつけるというのは簡単なようで難しい。ましてや、もともとクリエイションとは縁遠いキャリアだったメンバーがフルスイングの姿勢を持つ事は容易ではなかったはずです。(個人的にはここに一番感動してます)

■今までとは違う「ヒット」を追えるようになった

今年1年を振り返ると、ちょうどその頃から、コノビー編集部は新しいフェーズに入っていた気がします。言うなれば、精神的にも技術的にも「ヒットの"質"」にこだわれるようになった。という事です。

今年、コノビーから出たヒット作には例えばこんなものがあります。(一部です)

連続小説 『夫婦の言い分』

漫画連載 『母、はじまりの7日間』

漫画連載 『本当の「がんばらない育児」』(連載中!)

漫画連載 『俺のライバル』(連載中!)

これらはどれもコンセプトからまっすぐに企画を立ち上げ、ライターさんたちと一緒に練り上げたものばかりです。

どれも多くの読者に読んでいただけた(PVが多い)という点でもヒットしていますが、ツイッターやフェイスブックなどに読者から寄せられたコメントを見ると、企画した編集メンバーの想いがしっかりと伝わっているんですよね。いろんな方面から寄せられる立体的な反響をみて、「今回のヒットは、うれしいヒットだったね」と喜び合うことも増えました。

ようやく、コンセプトとコンテンツが繋がってきた。本当の意味でのスタートラインに立てた気がしています。

(※他にも、たくさんの育児体験談や、ものすごく素敵な(自画自賛)インタビューなどたくさんあるのですが、紹介仕切れず…。)

■広告記事も、進化した

コノビーは、クライアントの商品やサービスを紹介する記事広告が主な収益源となっているサイトです。ですから、記事広告を、毎月相当本数制作しています。ここまでの話は主に記事広告以外の話だったのですが、今年、コンテンツが3rd.フェーズにはいってから、引きずられるようにして広告のクオリティも上がりました。

その理由は、僕が説明するよりも以下の広告ディレクターたちエントリーを読んでいただく方がいいと思いますが、とにかく、同じく魂こめて様々な条件下の中でフルスイングしてくれています。読んで楽しい記事広告、多いです。

<広告ディレクターたちのエントリー>

さあ、次はどうしよっかな?

自分で振り返りながら書いたので長くなってしまった…。汗

細かいところはかなり省いてますが、だいたい編集部としての成長の軌跡は描けたんじゃないかと思います。また、書ききれなかったこととして、「コンセプトの変遷について」「記事タイトルのフレームワーク」などなど、あるのでまた書きますね。

もちろん目下課題もたくさんありますし悩む事も多いですが、今のメンバーとならまた次のフェーズにいけるだろうと信じています。

今後のコノビーを、楽しみにしていてくださいね!それでは良いお年を!

(完)

※コノビーはアプリで読んでもらえると嬉しい!

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tatsufico watanabe

編集者。東京藝大修士課程←LITALICO9年(子育てメディア「コノビー」編集長←発達障害児支援←障害者就労支援)←SFC。これからの時代の遊びと芸術と感受性について考えています。TOKYO PLAY所属。『ことな』(2009)発行人。八朔好き。

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