タクシーを止めるな_のコピー

【一分連載】タクシーを止めるな!第二話「怯える男」

第一話はこちら


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「このまま出して、そしてタクシーを止めないでくれ」

行く当てもなく乗って来た男に振り回されている。
信号待ちで「止まるな」と言われるあたり、会話が成り立つようにも思えない。
警察へ連絡するべきかは迷っているが、メンドクサイ客であることは確か。

全く埒が明かないのが、何に追われているのか分からず、何処に向かえば良いのかも分からないところ。
ひとつひとつ、紐解いていくしかない。

追われていると言っても、どんな存在なのか分からない。
トラブルを起こした仲間なのか、悪いやつらなのか、警察なのか。
今や、公共のモノを利用して遊び、SNSへアップする者もいる。
他者との繋がれるSNSの誕生は、炎上という批判装置のみならず、
現実世界の、そして僕の、厄介な選択肢まで増やしてしまった。

深慮の間にまた信号にかかってしまう、
「止めるなって、、」と弱そうに言うが
「いや、でも信号待ちなので...」と返すと
「追われてんだよ!」と語気を荒げる。

怯えているようにも見えるが、怒っているようにも見える。

扱いがむずかしい。こんな客を乗せているせいで時間を潰している暇はないが、ここで聞いてみるほうが算段もつく。
「お客様~、宜しければどういう人に追われているのか教えて頂けませんか?」
「・・・・。」
「・・・もし車で追いかけてきているのであれば、振り切るように努力しますので」
「・・・・。」
「相手は歩きで...」
「知らねぇよ」

本当に知らないのだろうか、男は運転席の真後ろに座っているため表情も読めない。
「いちおう今は新宿に向かっていますが、宜しいですか?」
「いいから走っててくれ」
「(・・・それじゃあ、こっちも困るんだよ)」

なかなか手が付けられない。絡まった紐はどこを引っ張ってみても綺麗に絡み合っている。
男が求めているのは「タクシーを止めるな」ということだけだ。

ん、待てよ。強盗の可能性もある。最終的に人のいないところまで行きナイフを突きつけてくるかもしれない。
男は真後ろに座っている。安全板があるとはいえ隙間からナイフを首に当てる事だってできる。
新たに出てきた物騒な選択肢は、読めない状況と相まって僕を狼狽させる。

「・・え~っと、・・お客様は今日はお仕事ですか?」
「・・違います」
そりゃそうだ、今日は夏休み真っ只中の日曜。
「・・じゃあ、遊びかなにかのご予定で?」
「・・違います」
「へ、へぇ~、まあいろいろありますもんね」
「・・・、はい」

分からない、ますます分からなくなってくる。とりあえず声を掛けてみたが、強盗をするようには感じない。
一つ一つの質問に、何かを答えるのを躊躇するように返してくれるが、
追われている何かについて聞いた時より落ち着いて、口調もしっかりとしている。
ひとつ不思議なのは、帽子にマスクでほぼ顔が認識できない状態をタクシーの中でも保っていること。
顔をあまり見せたくないプライベートの芸能人であれ、タクシーの車内ではマスクを口元からズラすことはある。
こんなに暑くても、タクシーの車内でも、よっぽど顔が見られたくないのは、有名だからの可能性もあるが、
本当に追われているからということも考えられる。
じゃあ強盗ではないかとも言い切れない。

「あっ!」
赤信号にはかからないようにしていたが、今回は無理をしようとした結果急ブレーキで止まってしまった。
それと同時に男のカバンが座席の上から倒れ、中身が後部座席の足元に落ちてきた。
「はっ!あっ!・・・。」
「お客様すみません!おケガはありませんか?」
「・・・・!」
男は慌てているためこちらの言葉に耳を傾けることもなく、落ちた荷物を拾いあげているが、そこに落ちていたのは透明の容器に入ったクスリ。
白い粉ではないカプセル型。
そして、カバンの中身が少し見え、そこにはトンカチが入っている。
男はその他の荷物も拾いあげているため、こちらが振り向いたことに気付いていないが、僕はしっかりとこの目でクスリとトンカチを確認した。
見ていないことにして前を向く。

「お客様、申し訳ありません。おケガはございませんか?」
「はい、大丈夫です」

相変わらず普通の質問には答えてくれる男は、何かに怯えている。


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