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生きた跡

数ヶ月前、近所の一人暮らしのおじいさんが亡くなった。

両親から聞いたところによると、私が小さい頃、そのおじいさんから野菜をおすそ分けしてもらうなど、ときどき交流があったらしい。
私自身、犬の散歩で通りかかるたび、毎日丁寧に楽しそうに、生垣や畑の手入れなどをおこなっており、とても几帳面で優しそうな方だったな、と記憶している。

奥さんも子供も早くに亡くしているため、おじいさんが亡くなった後、自宅はたまに親戚の方が様子を見に来るくらいで、元あるまま放置されていた。そんなおじいさんの自宅が最近、親族の方の意向により取り壊されることになった。

入り口から玄関までまっすぐきれいに続いていた生垣の道、多くの見事な野菜がなっていた畑、たくさんの実をつけていた果樹の木々たち。そして、おじいさんとその家族の人生が詰まった、黒々と光る立派な瓦屋根の自宅。その瓦屋根は、おじいさんが亡くなる直前に張り替えたばかりだったそうだ。

それらが、作業開始から4日後、散歩の際通りかかった時には、跡形もなく綺麗さっぱり消え去っていた。まるで、元々そこに人など住んでいなかったかのように。

50年以上もの歳月をかけて築いてきたもの。

それらがたった数日で、跡形もなく、あっという間に消え去ってしまった。

人間が生きていた跡は、こんなにも簡単に消えてしまうものなのだろうか。

更地になった敷地の隅っこ、そこに残された柿の木だけが、現在、唯一、そこに人が生きていたことを思い起こさせてくれている。

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