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2019/08/17 風をよむ「戦後74年の終戦の日」

木曜日、令和最初の「終戦の日」を迎えました。

天皇陛下「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省の上に立って再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り、戦禍に倒れた人々に対し、全国民とともに、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

天皇陛下はお言葉で、これまで上皇様が使った「深い反省」との表現を踏襲しました。

そして終戦から74年の夏、折しも一つの映画が公開されています。

『東京裁判』より 東條英機「私は無罪を主張します」

ドキュメンタリー映画「東京裁判」。1983年に初公開、今回、デジタル処理され、鮮明な画像となって再上映されています。日本の戦争責任を改めて考えさせる、貴重な証言がつづられています。

『東京裁判』より 東條英機「命令に従うということは、軍人の性となっていると。それが作用したんでしょうな」

アメリカやソ連、さらに中国といった第二次大戦の戦勝国の判事らが、戦争指導者28人を起訴。東条英機元首相ら7人が絞首刑となったのです。

映画の脚本を務めた小笠原清さん(83)は…

小笠原清さん「東京裁判によって、初めてその時代の実態というのは見えてきた。あの戦争の延長線上に今がある。ですから現在の方にこそ見てもらえれば、非常に参考になる内容が沢山ある」

そして今、日本の歴史認識を改めて問う動きが強まっています。

15日、日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節」を迎えた韓国では…

デモに参加したソウル市民「父が70年以上前に徴用に引きずられていって、恨めしい」

また前日の14日は、「慰安婦をたたえる日」とされ、ソウル中心部に、新たな慰安婦像が設置されました。

デモに参加したソウル市民「日本は早く、おばあさんたちに真の謝罪をすべき」

こうした慰安婦像は、韓国メディアによると、この2年で倍増し、既に韓国内で124か所に。輸出管理を巡る問題も絡んで、日韓関係は悪化の一途をたどりました。なぜこんなことになってしまったのでしょうか…

1910年、朝鮮半島に進出した日本は「韓国併合条約」を締結し、朝鮮半島を日本の植民地とします。当初、日本による統治は、全国に武装した憲兵を配置するなど強権的な形で行われました。

その後、一定の融和は図られたものの、1937年に日中戦争が始まると、人々の名前を日本風に変えさせる創氏改名など、徹底した「皇民化政策」を実施。また1944年からは、「国民徴用令」が適用されたのです。そして…

日本は太平洋戦争に敗北。

韓国に対しては1965年、日韓請求権・経済協力協定を結びます。戦後賠償を経済協力という形で行い、戦時中の請求権問題については「完全かつ最終的に解決された」と協定に明記されたのです。

ところが、1990年代以降、戦争被害者個人から不満の声が強く上がるようになったのです…

元慰安婦女性(91年の映像から)「たとえ何億円くれると言ったって過去の不満を晴らすことはできない!」

1990年代になると、韓国では、戦争被害者個人から不満の声が強く上がるようになります。その背景を専門家は…

山田朗・明治大学教授(日本近現代史)「『政府間で解決しましたよ』と言っても、植民地支配の被害を受けた人たちには実感の伴うものではなかった。まさに恨み・怨讐というものを強く抱いているという問題がある」

そうした状況を踏まえ、2015年、慰安婦問題の最終決着に向けて「日韓合意」を行い、被害者救済のための新たな財団の設立などが取り決められたのです。

ところが…、

韓国 文在寅大統領(去年、慰安婦の日の演説より)「深く反省し、二度と繰り返さないという決意をもって教訓としたとき、初めて解決する問題だ」

文在寅政権は去年8月に「慰安婦をたたえる日」を定めるなど、2015年の合意を事実上破棄。さらに去年10月の徴用工訴訟での最高裁判決を機に、日韓両政府の立場の違いが鮮明化しています。

山田朗・明治大学教授(日本近現代史)「文在寅さんが国民の支持を得るために、そういうスタンスをとる、もちろんこれは『歴史問題を政治的に利用している』といえると思うんですが、日韓ともに“ナショナリズム”を利用して支持基盤を固めようとする訳ですよね。ナショナリズムという問題をなるべく抑制して判断していかないと、対立が煽られてしまうっていうことになる」

戦後74年。歴史認識を巡る対立が今、むしろ強まっています…。

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