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一年前の感情に揺蕩う話

一年前、本多劇場で上演されていた劇団山田ジャパン主催『優秀病棟素通り科』を観るべく、下北沢に足繁く通っておりました。最推しとお呼びしている福田悠太さんが客演だったので、配信も実際劇場で観た回も含めて3回全部観ました。

何回も何回もぶっ刺さって、涙が込み上げて、感情ぐちゃぐちゃになるけど、最後はやっぱり、とりあえずもう少し生きてみようって自ずと前を向けるようなお芝居でした。そして、真摯に向き合う役者の皆々様の前を向く姿勢が、話してくれる言葉の熱さが、どストレートに心臓を撃ち抜いてくるような座組でした。

なんて。今振り返ってまとめようとするとこんなにも陳腐な表現になってしまうのか、と絶望しております。目を閉じれば鮮明に思い出せるのに。記憶を引っ張り出して言葉にしようとすると、チープで陳腐で薄っぺらくなっちゃうんだろうな~くやしい。かと言って、鮮度が高いから果実滴り落ちるような言葉や表現ができているわけでもないんですけれどもね。はい。


なんでこんな回顧録をいまさら?


それは、USBを整理していたら、「yushubyoto」と素っ気無さ丸出しの"観劇後の書きなぐりメモ帳"を見つけて、一気に読んだら一気に本多劇場で浴びたあれやこれやが蘇ってしんどくなってしまって、これはちょっとでも言葉にして吐き出して昇華せねば!という心持に至ったからでございます。

福田さんが演じていた、幸せの絶頂にいるからこそ、自死を選ぼうとした飯塚哲人という食えない男。めちゃくちゃ出来た男なんです。上司としても部下としても、旦那としても。食えない、と評したのはあくまで個人的な印象なので、そうは思えんて方もいらっしゃると思います。はい。あんな上司がほしい!って飯塚部長ファンクラブも発足する勢いだったような空気感でしたね。微笑ましかったな~。

でも自分は、仕事の仕方とかものの考え方とか・・・もっとダイレクトな部分を挙げると、上司の鼻を明かすための根回しの仕方とか結局自分が有利でいられる状態に持っていくところとか、何事も冷めた目で見ているような"イイ気になっている"ところとか、理解できてしまうところが多すぎて、いつしか、俯瞰で自分自身を観ているような気分になってきて、なんて面倒くさくて食えない男なんだろうか、という思考の末路に至っちゃったんですよね。

や、もっとね、純粋に「素敵な人!」って思って観られたらよかったんだけどなあ。たぶん、何度の"初見"を経験しても、同じ思いに至りそうですわ。


さて年は明けて、2022年。
今年は2月から福田悠太さんの芝居を浴びる気満々です。幕は開く。絶対。言霊。まくをあけろ!おなじグループの辰巳雄大さんとダブル主演の演劇です。パルコプロデュース主催『腹黒弁天町』!楽しみにしております。

とにもかくにも、芝居は良いぞ。自分は見る専門ですけれど。
エンターテイメントはいいぞ。心が元気になります

ってお話でした。ちゃんちゃん。


◆ここからは今日のnoteを書くきっかけになった書きなぐり◆
◆とてもジューシーとは言えませんが、せっかくだから遺しておきたい◆
◆これは自分のエゴの塊◆

ある一面だけ切り取って、その人のことを判断するのはどうかと思うけど。

交差点に無数の流通が絡んでる。
信号が赤になるたびに新規で集まってますからね
営みの集合体
交差点すごーい!!

23日ソワレみんな噛んでんなww

交差点が窮屈
日本がしんどかったんですか?それとも、現代?
面白い考えですね

シンプルにならんもんかな
関わる人の数が多すぎて整理がつかない
息苦しかった
毎日楽しい、でも、楽しさの土台が落ち着かない

たぶん、この、有森さんとの会話で、漠然とした不安というか、そういう深層心理が揺らいだんだと思ってる。

自殺した人の、本来はない、その先の話をしているみたいじゃない?
案外本人には、理由がなかったりするんだね。
でもそれじゃあやっぱり、納得できないな。

これは、喜久枝さんの気持ち?それても、手放されていった幾つもの命に対しての、人生に対しての、山田さんの想い?

DOMINOで、あなたはこっち、お前はこっち、って言ってたな。

散々振り返ったけど、何も死ぬ理由は見つからなかった。
どこもかしこも幸せばかりだった。

(死の理由=不幸、じゃない)

発想の逆転

幸せだから死ぬ、そう考えるしかない

(今日、飯塚氏、つよい。気迫?)

幸せのピークだから死ぬんです。息苦しい世界がやってくるから。
幸せの土台が落ち着かないんです。

まるで火災の起こった高層ビルの屋上でビアガーデンをしているみたい。

幸せが大きいほど失うのが怖い。あとは作業になるから。

幸せの頂点を感じた瞬間にみんな死を選ぶ。

生きる気満々なのは、幸せが小さいから?
幸せのバリエーション舐めんな。失うとは限らないじゃない。

漠然と、言葉では表せない

(理由の正体?不安?)

命の見積もり、得意なんです。本職だから。

あんたの命はあんたにかかわる全員のものでしょう。
だから価値が高い。

あなたの知らないあなたの場面がある。
人があなたを感じて考える時間の中に。

人生が2時間の芝居だとして。
本人のシーンと本人以外のシーンがあって、それが全部、あなたの人生。

(自分以外のことばっかり考えているから、そんな風に考えられる喜久枝さん。)

見積もり、作り直してみなよ。

やってみます。

でも…、それでもだめだったら?

笑えばいい。
笑うって、神様が生きるために人に与えたカード。

(喜久枝さんは、だから、つらい時に笑うんだ。そういう人なんだ。)
(きっとこれまでも、)人は、誰かと笑うことで重い腰を上げるんだから。

身近な誰かと笑って、ほんの少し酔っぱらえば、いけるから。

(一気した時の喜久枝さんの顔が見たいよ)


そうして、喜久枝さんとお酒を飲んで、もう一度、ビルの上に登っていくんだ。
飯塚氏は。見積もりを作り直してみる=飛ぼうとしてみる。
ビルから町を見下ろして、見積もりを作り直してみるんだ。
飛んでみようとしてる。
でも…
「どうしましょうか?」
って、有森さん。
決めてきたんだから、いつも。

そう、どんな時も"花の命の見積もり"をしてきた自分に、心のなかで、有森さんを通して、自分に問いかけるんだ。

そして、飛ぼうかどうしようか、そんな飯塚氏に喜久枝さんが名前を訊く。

そこで飯塚氏は食い気味に自分の名前を言う。「よろしくお願いします」って。

それは、生きるための言葉。

やっぱり、まだ、飯塚氏は、まだ、見積もりできない、、
(死ぬのが怖くなる?少なくとも、死にたいという想いはひとまず落ち着いて、生きたいと思ったんだろう。)

「値段、わかんないや。決めたら、言いに来ますわ」

そうして、後ろを向くんだな。生きることにしたんだな。

つまり、屋上の端っこから遠ざかる、飛ぶことは、やめる。
生きるために、喜久枝さんの待つ地上に戻る。

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