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バットを振るには打席に立たなきゃって話

『noteアカウント確認する。今日から書いてみようと思いますの決意表明する。』

朝一でToDoリストに入力していました。
ことばと広告さんのnoteを読んで、もう、ほんとう恥ずかしいくらいに自分のことのようで、あーもう、本当そうだなって、ここ数日悶々としていました。

読んでほしい。伝えたい。書きたい。でも読んでもらえなきゃ意味ないじゃん。の無限ループ。
そんな数日間ちょろっと書いていただけで。烏滸がましいにも程がある。

「とにかく書いてみろやコラァ」

って、ほんとう、その通りですよね。
読んでほしいなら、書かないとなんですよね。

CMでも言ってる。「えいやー、大事ですね」って。

どんなタグ付けたら閲覧数伸びるかなとか、どんな文体が一般受けするのかな、とか、そんな頭でっかちな小手先のしょーもないこと、考えるのはもうやめだ、やめ。やめちゃう。一回やめちゃう。

これまで何度も試みたけれども、続かなかった「書く」ということ。

なんだか、今年は出来そうな気がする。出来ないかもしれないけど、やりたいなと思う。なので、とりあえず。
心の赴くままに、雑多に、思ったことを書いてみようと思う。

自分が生きているという証。自分が何かを好きで居られたという証。
楽しく毎日を生きているという話。割と日々憤ることも有るんだぞって話。
こんな自分ですけど、生きてるんですよっていうことを、誰かに読んでほしい。

そして、読んでもらうんなら書かなきゃ始まらないんです。
打席に立たなきゃ、バットすら振ることはできない。その通りだと思います。

誰かに読んでほしい、って気持ちは、別に恥ずかしいことじゃなくて、思っててもいいんだって思えたので。
ずっとずっと、モヤモヤしていたけど、別に書いてもいいんだって。
読んでほしいって欲求があってもいいんだって、背中を押してもらえたので。

まずは打席に立てるようになりたい。

いや、なろう。立とう。

何を書こうかなぁ。推しのことも書きたいし、自分のことも書きたい。
書きたいことはたくさんあるんだと思う。
変に完璧主義なところも、歳を重ねるにつれてまぁるくなってきた(はず)なので。

特別なことじゃなくて、チョコを食べるとかコーヒーを淹れるとか、そんなことと同じように、「書く」という糸を日々の中に編み込んでいけたらいい。

2022年1月18日
なんてことない今日を、勝手な決意表明の日にしてみました。

ちゃんちゃん。


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