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#3-4 プロダクト力がもたらす売上への影響を定量的に理解する | マーケティングアナトミー™

マーケティングアナトミー™は、組織での運用を前提としたBOX流「経営とマーケティングの統合解剖学」です。幅広い層の方にお読みいただけるよう、実務よりも敢えてかなり細かく書かれています。予めご了承ください。
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こんにちは。BOXの阿部です。

マーケティングアナトミー™連載、前回まででマーケティング計画の説明を終わるつもりでしたが、もう少しだけ増補して、定量的プロダクト指標について掘り下げておきたいと思います。

元々前回#3-3の記事にあったバスモデルを使った推奨率のシミュレーションをこの記事に引っ越しつつ、追加で次回購入意向率=裏返すと既存顧客の離脱率がどのように浸透率に影響を及ぼすか、もう少しみておきたいと思います。

1. 定量的プロダクト指標のおさらい

この記事から読み始める方のためにも、簡単に前回#3-3の記事内容をおさらいしておきます。

まず、マーケティングアナトミー™流のマーケティング計画では①プロダクト②メンタル③フィジカルの3指標を循環してチェックすることを推奨しています。そのうち、メンタル指標やフィジカル指標については#3-1や#3-2で詳説しました。

プロダクト指標は、定性的プロダクト指標定量的プロダクト指標にわけて考えられます。定性的プロダクト指標は①エクスペリエンス②パフォーマンス③プライスの3要素によって構成され、それらが総合力として定量的プロダクト指標にあらわれます。定量的プロダクト指標の代表的なものとしては、推奨率次回購入意向率が挙げられます。ここまでが前回#3-3の内容です。

今回の#3-4では、推奨率や次回購入意向率が定量的にどう売上や客数(浸透率)と結びついているのかについて説明していきます。前半の推奨率についての説明は、この記事が上がるまで#3-3に掲載していた内容ですので、すでにお読みになった方は次回購入意向率のブロックからお読みいただければ幸いです。

2. 推奨率:バスモデルを用いて実際の推奨率を求める方法

まず、既存顧客から新規顧客への伝播を表す推奨率について深堀りしてみます。

図1 定量的プロダクト指標の理解① 推奨率

数理的にも、推奨率は感染率と同じ

#3-3でもご説明したとおり、顧客が顧客を呼ぶ力である推奨率の役割をイメージしやすいのは、感染症の感染率です。マーケティングの普及予測モデル(バスモデル)と感染症の感染拡大予測モデル(SIRモデル)で、人から人への伝播を表す項の式が全く同じであることは前回触れました。

今回はバスモデルを用いて、自分がやっているB2C事業(BOXではありません)を題材にして、擬似的に推奨率を実際の売上データから解析的に求めてみました。

用いたのは、そのB2C事業の3期分(期間は年でも月でも良いですが、季節要因のある商材ですので3年分を用いました)の顧客数データです。それを入力として、バスモデルを用いて推奨率(正確にはバスモデルのイミテーター係数)を推定してみました。推奨率の推定には顧客数のほかに推定対象人口(対象マーケットサイズ)の入力が必要ですが、推定対象人口は同カテゴリで一番有名なブランドのインスタフォロワー数を擬似的に用いました。係数の推定には、3期分であれば連立方程式で良いのですが、もっとデータがある場合はより高度なフィッティングが必要です。

バスモデルの詳しい解説はネットにもたくさんありますので、ここでは割愛します。3期分のデータを用いた2つの連立方程式を解いて推奨率を求め、毎年の顧客数、1年ごとの顧客増加数とそのうち既存顧客からの推奨による新規顧客増加数をグラフにプロットしたものが下記の図2です。

図2 バスモデルを使った推奨率のシミュレーション

バスモデルを用いて、未来の客数を予測

図2の(xviiii)式が、既存顧客による推奨がもたらす新規顧客増加数を求めるバスモデルの項です。ここにおける推奨率(イミテーター係数)の定義は、「既存顧客が推奨で生み出せる理論上の新規顧客数基準値(対象人口*浸透率*未浸透率)に対して、実際に生み出される新規顧客数の割合」です。基準値と書くとややこしいですが、近いイメージとしては理論上の最大値と考えていただいておおむね良いと思います(厳密には異なります)。

たとえば今、対象人口100万人、浸透率が30%(=未浸透率が70%)、推奨率が100%の場合、(xviiii)式に代入すると100*0.3*0.7*1=21万人の新規顧客が生み出されます。推奨率が50%の場合はその半分です。バスモデルにおける推奨率は観測上は1以上を取りうることもあるようですが、多くの場合は1未満の値を取るようです(間違っていたらぜひご指摘いただけると嬉しいです)。また、文献にはあまり書かれていませんが、既存顧客の推奨による新規顧客の増加ペースは凸型の二次関数で表されており、浸透率=未浸透率=50%になるところでピークを迎える、という点もバスモデルの特徴です。

さて、図2で実際に求めた推奨率(イミテーター係数)は0.492だったので、ぼくの事業は推奨による新規顧客獲得ポテンシャルのおおよそ半分くらいを獲得するプロダクト力を持っている、とざっくり考えることが出来そうです(厳密には正しくありませんが)。もうちょっとものづくりを頑張りたいものですね…。

バスモデルはこの既存顧客の影響を受けて生まれる新規顧客とは別に、既存顧客の影響を受けずに生まれる新規顧客も合わせて算出が可能です。図2のグレーの線は、それも含めた1年あたりの新規顧客増加数を示しています。

図2を読み込むと、ぼくの事業の1年あたりの新規顧客増加数(グレー)は、おおむね2024年頃にピークを迎えそうです。しかし、時が経つにつれてそのうち既存顧客からの推奨によって増加する新規顧客数(オレンジ)の割合は増え、2024年頃からは既存顧客からの口コミでお客様になってくれる人の割合が新規顧客のほとんどを占めそうです。合計の顧客数(黒)は2030年頃に横ばいとなり、対象人口を拡大したり、より推奨率の高い商品を投入したり、フィジカル指標メンタル指標の底上げをしないとそれ以上伸びなさそうです。

バスモデルはシンプルなモデルなので、対象人口(マーケット)自体の成長やプロモーション効果などは考慮できない点が欠点です(それらを考慮できる拡張バスモデルも存在します)。しかしプロダクト指標の観点からは、純粋にプロダクトが持つ力を推定できるモデルとしてなかなか面白いのではないかと思います。図2のグラフが未来の真実を示しているかといえばもちろんNOですし、実際のビジネスで実績がモデルに沿うことなどあり得ませんが、推奨率の原理的なイメージはつかめるのではないでしょうか。

ちなみに、バスモデルについてぼくは独学ですし、実務でバスモデルを使ったことはありません!(笑)。

3. 次回購入意向率:離脱率が浸透率に与えるインパクト

推奨率に続いて、次回購入意向率について考察します。次回購入意向率は既存顧客がそのブランドを次も買いたいか、という認識の指標ですが、これは裏返すと「次はこのブランドを買いたくない」というブランド離脱意向を表している指標とも言えます。

したがって今回の記事では次回購入意向率を離脱率の観点から深堀り、それがどれだけ浸透率(購入客数)に影響を及ぼすのか、見ていきたいと思います。

図3 定量的プロダクト指標の理解② 次回購入意向率(裏返すと離脱率)

離脱率と浸透率(シェア)の最もシンプルな関係

離脱率と浸透率の関係については、非常にシンプルな仮定をおくとわかりやすく、下記の図4にそれを示します。

図4 離脱率と浸透率の最もシンプルな関係

市場環境が一定で、ブランドAとブランドBのみが市場に存在していると仮定すると、単位期間におけるブランドAの浸透率の変化(増減分)は式(xx)で表現できます。シンプルに、競合であるブランドBから移ってくる顧客は増分になり、逆にブランドBに移っていく顧客が減分となる、という2つの項から成り立ちます。

ブランドB→ブランドAへ離脱は、ブランドAにとっては増分。逆に、ブランドA→ブランドBへの離脱は、ブランドAにとっては減分となります。ここまではあっさりとイメージ出来ると思います。

さて、この前提にたって、浸透率の初期値とブランドA、ブランドBの離脱率を色々と仮定したとき、ブランドAとブランドBの浸透率はどのように増えていく(減っていく)でしょうか。浸透率の初期値=いまのシェアは、未来のシェアにどれだけ影響するでしょうか。また、離脱率はどのような影響をそれぞれのシェアに与えるでしょうか。

さっそく、シミュレーションしてみましょう。

図5 原理的に、浸透率(シェア)は初期値によらず、離脱率のみで決まる

未来の浸透率は離脱率によってのみ決まる

結論は図5のタイトルにあるとおり、ブランドAとブランドBの浸透率はいずれ一定の値に収束し、その値は離脱率によってのみ決まります。つまり、いまの浸透率(シェア)に関係なく、プロダクトによる離脱率のみが最終シェアを決定するのです。

図5の場合、ブランドA→ブランドBへの離脱率は6%、ブランドB→ブランドAへの離脱率は5%で仮定してあります。わずか1%の差です。また、実線と点線で、初期浸透率(シェアの初期値)を変えています。ブランドAの初期浸透率は実線で90%、点線で40%の仮定をおきました。実線の場合、現在のシェアはブランドAがダントツで、ほぼ独占状態です。点線の場合、ブランドAは20ポイント差でブランドBに負けています。

しかし、実線の場合も点線の場合も、収束する浸透率は同じ値(ブランドAが45%、ブランドBが55%)です。初期値の設定は全く異なっていても、わずか1%の離脱率の差によって、最終的に行き着くブランドシェアが決定される様子がおわかりいただけると思います。

これが、ぼくが定量的プロダクト指標として推奨率とともに次回購入意向率をおいている理由です。次回購入意向率、裏返すと離脱率は、現在のブランドシェアに関わらず、最終的なブランドシェアを決定する原理的な因子である。極端な仮定のもとではあるものの、この事実は、プロモーションに重きを置きがちなマーケティングの現場にとっては、プロダクトの力を今一度見直すきっかけになってよいメカニズムではないでしょうか。

4. まとめ

以上、今回は前回の#3-3に引き続きプロダクト指標を、とくにその定量的な売上に対する意味合いについてご紹介しました。

前回も申し上げたとおり、実務ではこれらの数字がいかに正しいかはあまり論点にはなりえません。どんなデータも調査も誤差があるためです。それよりは、「推奨率は感染なんだ」とか、「離脱はシェアを決定づけるんだ」というシンプルな原理を頭に入れながらデータを見たりプロダクトの磨き込みをしていくほうが、よっぽど実入りにつながるでしょう(偉そうにすみません)。

何事も、原理原則とメカニズムの理解。そして、スタンダードの磨き込み。これが、ぼくたちBOXが掲げる一番大切な経営姿勢の一つです。


次回予告:

#4-1 OSEPで行うIMC(統合マーケティングコミュニケーション)計画の実務


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