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北の【ヤマドリ】

北海道と本州以南は、生物相特に哺乳類や鳥類の種類に大幅な相違がある事で知られる。例えば日本に於いてヒグマは北海道にしか棲息しない代わりに、ツキノワグマは本州以南(九州で絶滅した為に南限は四国・中国エリアと言う事になろうか)にしか棲息しない…と言う風に。
【ブラキストン線】と言う概念が存在する。北海道の動物相が寧ろ極北アジアのそれと相似する事を根拠に、津軽海峡を境界線として動物相を隔てるラインが存在するとした概念である(ブラキストン線の名称は提唱者の名に由来する)。現在では爬虫類・両棲類・一部の鳥類や淡水魚の分布を鑑みた結果からブラキストン線については以前程重要視されていないと聞くが、今回書きたい記事の主旨とは逸れるので細かい言及は避ける。

先に述べた通り、北海道と本州以南の動物相はかなり異なる部分が多いが、そのひとつとして【北海道には元来大型の鶉鶏類(キジの仲間)が存在しない】と言う事が挙げられる。
本州以南には大型の鶉鶏類としてニホンキジとヤマドリが棲息しているが、いずれも北海道では見られない鳥である。

そんな北海道に(北海道成立の頃から)棲息する唯一の鶉鶏類が、今回紹介するエゾライチョウだ。

エゾライチョウは名前の通り、キジ目キジ科ライチョウ亜科(またはキジ目ライチョウ科)に分類される鳥である。ハトより少し大きめなサイズで、外観に関してはヘッダー画像及び下記に添付した画像を参照いただきたい(いずれもウィキメディア・コモンズより借用)。主に森林地帯の地表に棲み、植物食寄りの雑食性である。

エゾライチョウのオス。
喉が黒く、目の周囲に赤い皮膚の裸出がある。
メスはオスよりやや地味(ヘッダー画像参照)。

【ライチョウ】と名がつくが、本州の高山に局地的に棲息するライチョウとは系統が異なり、冬になっても白い羽毛に生え変わらないのが特徴である。
本州以南に棲むヤマドリが存在しない北海道では、【ヤマドリ】と言えばエゾライチョウを指す。昔の鳥類図鑑にはエゾライチョウの別名として【エゾヤマドリ】の語が併記されていたものだ。
日本では北海道にしか棲息しない鳥だが、世界的にはユーラシア特に極北アジアに広く分布する鳥で、狩猟鳥として珍重されている。

北海道に古くから在住していたアイヌの人々がこの鳥を狩りの獲物にしていたかどうかは、浅学にしてワタクシは知らない。
然し明治時代以降、この鳥は和人(本州以南からの入植者)達によって盛んに狩られる事となった。
食べる為ではない。
ヨーロッパへの輸出品として狩られたのだ。

中米からシチメンチョウがヨーロッパにもたらされ、一般的なクリスマスの晩餐のメインに選ばれるより少し前、ヨーロッパ各地ではクリスマスの晩餐のメインを張っていたのは実はエゾライチョウの肉だった。
それもかなり高額で取り引きされていたらしく、中流階級の人間が財布の底を叩いてエゾライチョウの肉を購入するなんて事もしばしばあったらしい。
維新後、北海道に豊富に存在したエゾライチョウは手っ取り早く外貨を稼ぐ術として目をつけられた。
エゾライチョウはお世辞にも警戒心が強いとは言い難く、時折拓けた場所に呑気に出て来る事がある。そんな按配だったから狩るのは容易だった。エゾライチョウは見つかる片端から撃ち落とされ、塩漬けにされ、船でヨーロッパに輸出されたのである。
大正時代までこの流れは続いていたそうだ。

勿論今ではそんな流れも過去のものとなった。
狩猟圧によりエゾライチョウの個体数が大幅に減ったと言うのもあるし、開発により棲息に適した環境が減ってしまったと言う事情もある。シチメンチョウの普及によりエゾライチョウの肉を食べる習慣が鳴りを潜めたのもあろうが。
悪い事に、昭和時代になると北海道各地に狩猟鳥として中央アジアからコウライキジ(ニホンキジとは属が同じで、ニホンキジとコウライキジを同種とする学説もある)が導入された。コウライキジは北海道の中でも比較的積雪が少ない地域に忽ち定着し、一時期は農家の庭先にのこのこやって来てニワトリの餌をせしめる程に個体数が増えた(その後狩猟が解禁された為、警戒心が強くなったのか、コウライキジが人家の庭先に姿を見せる光景は稀になった)。
コウライキジは主に草原を住環境として好む為、森林に棲むエゾライチョウと競合しないと一般には考えられている。然し、同じ主張からニュージーランドにコウライキジを導入した結果、在来の鶉鶏類ニュージーランドウズラとの間で生態的地位を巡って競合が起こり、結果ニュージーランドウズラが絶滅した例が過去に存在する(一説にはコウライキジが有する病気に対してニュージーランドウズラが免疫を持っていなかったからとも言う)。
アメリカではコウライキジの導入により、元来アメリカに棲息していた在住の鶉鶏類(主に草原に棲息するライチョウ類)が同様の危機に晒されていると言う指摘もある。北海道のコウライキジとエゾライチョウが一部の地域で競合していたり、コウライキジが保有する病気がエゾライチョウにネガティブな影響を与えている可能性は、決して低くないと思う。

コウライキジのオス。
本種は【日本侵略的外来種ワースト100】にも
数えられている。

因みにエゾライチョウは、狩猟法上では未だに狩猟鳥のひとつにラインナップされている。そしてエゾライチョウの近年の個体数減少については「天敵のキタキツネが増えたから」と説明されている。果たして本当にそうだろうか。

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