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不死鳥料理

(ヘッダー画像及び文中の画像は全てウィキメディア・コモンズより拝借しました)

古代ローマ帝国の第23代皇帝で、セウェルス朝の第3代当主であったヘリオガバルス帝は、異常な程奔放な性生活と様々な内容の過激な逸話で有名な人物である。
本名はウァリウス・アウィトゥス・バッシアヌス。

ヘリオガバルス帝は、ローマ史上は愚か世界史の全てに置いても稀に見る程の、特異で破天荒な為政者であったと言われている。
14歳と言う若さで即位後、その生涯の大半を色欲に費やし、更に臣民の前に女神官の服装で現れる、宴席に集まった客の上に天井に隠していた大量の薔薇の花を落として圧死させて楽しむ(所謂【ヘリオガバルスの薔薇】)、男性の配偶者を作り自らを女性として扱わせる、宮殿に男娼宿を作って自らも男娼として立つ、そして意にそぐわぬ者が居れば殺害して猛獣に食べさせる等の行動で大衆を驚かせたと言われる。また、宗教面でもそれまでの慣習や制度を廃し、シリアで信仰されていた太陽神エル・ガバルを主神とするなどの政策を行っている(この政策が後にヘリオガバルス帝の失墜に繋がる事になる)。
一方で経済政策では合理的なスタンスを取り、当時としては珍しく【貧富に関わりなく無償で料理を振る舞う】【貧困層の市民や女性に装飾品や生活用品を分け与える】【男性社会であるローマで女性を登用する】と言った現代の男女平等施策にも通じる善行で、一部の女性や貧困層の市民から高く支持されていた事が近年では判明している。

また前述の【自身を女性として扱わせる】と言った事から自身の性別に違和感を抱えていた可能性があり(性転換手術が出来る医師を探していたと言う記録が残されている)、ヘリオガバルス帝を【世界最古のトランスジェンダー】とする見方もある。

ヘリオガバルス帝は最終的にその政策に不満を抱いたローマ軍のクーデターに巻き込まれ、暴徒に惨殺された末、遺体を切り刻まれ、川に捨てられると言う悲惨な末路を辿る事となった。享年18歳、即位してから4年後の事だった。
然し、彼の異色の経歴については、政敵によって誇張された部分がある事に加え、後のキリスト教関係者に忌み嫌われて相当なデバフが掛かっているとする説もある。にも関わらず、現代も彼に対する誤った逸話が拡散され、継続して恥辱を受けている事から、ヘリオガバルス帝には【凍てついた永遠の恥辱を受ける者】なる異名がつけられている。

このヘリオガバルス帝、性について奔放だっただけでは無く、食についてもかなり貪欲な人物だったらしい。
長谷川泰一郎先生の著書【幻鳥博物誌】に依ると、真珠を砕いたものを米飯に混ぜて食べたり、豆と黄金を混ぜ合わせた副菜(当時【キケル】と呼ばれるヒヨコ豆を炒めた料理が存在していたが、それだろうか)を好んだと言う。
またクジャクの舌、フラミンゴの脳、ラクダの腱と言った"珍味"も良く食べ、更に魚料理には「海で採れた素材だから」と言う理由だけで真っ青なソースを添えたりもしたそうだ(ローマ帝国の喰い倒れは世界的に有名だが、もしかしたらその中でもヘリオガバルス帝のそれは頭ひとつ抜きん出ているかも知れない)。

そんなヘリオガバルス帝、ある時臣下にとんでもない命令を降した。

「不死鳥が食べたい」


不死鳥(フェニックス)は遍く知られている通り、紀元前5世紀にギリシアの歴史家ヘロドトスが残した記録を皮切りにヨーロッパで伝承された幻の鳥である。時代により姿も伝承も様々だが、概ねワシ程の大きさで金色と赤の羽毛を持つ絢爛豪華な外観の鳥であり、500年周期で自らの身を炎で焼き、残された灰の中から再び復活すると言うのが一般的なイメージだろうか。

不死鳥の血肉を食べた者は、同様に不死になると言う伝承がある。ヘリオガバルス帝がその伝承を知って不死鳥の肉を料理するよう臣下に命じたのかどうかは判らない。或いは単に変わった料理が食べたかっただけなのかも知れない。
だが、命令を受けた臣下達は困ってしまった。そもそも不死鳥はローマ帝国時代でさえ実在が疑わしいとされた空想上の存在である。それを捕えて食べる等、それこそ仙人が霞を食べるより不確かな話だ。

臣下達はそれでもヘリオガバルス帝の願いを叶えるべく、不死鳥を探して東奔西走した。その結果、アジアにあるローマ帝国植民地の提督のひとりが絢爛豪華な鳥を一羽献上し「これこそ不死鳥で御座います」と恭しく宣った。大喜びのヘリオガバルス帝は早速料理人に命じて"不死鳥"を料理させ、食べてしまった。…然し、その後ヘリオガバルス帝は前述の通り、無惨な最後を迎える事になる。彼が食べた鳥は少なくとも不死鳥では無かったのである。

では、ヘリオガバルス帝が食べた"不死鳥"の正体は何だったのだろうか。
長谷川泰一郎先生は、その正体をカリマンタンやインドネシアに棲息するフウチョウ(ゴクラクチョウ)だったのではないかと推測しておられる。

【ゴクラクチョウ】の一種、オオフウチョウ。
飾り羽を除いた体の大きさはハシボソガラスと同程度。
メスはもっと地味な外見をしている

成る程、確かにフウチョウの中には不死鳥を思わしむる美しい姿の種類が少なくない。
ただ、フウチョウの仲間は殆どがカラスよりも体が小さな種類が多く、その点では伝承の不死鳥の【ワシほどの大きさ】と言う説とは合致しない。
そしてフウチョウは、血縁的にもカラスに比較的近縁な鳥である。もしヘリオガバルス帝が食べた"不死鳥"がフウチョウだったとしたら、その肉はカラス同様に臭くて硬いものだったかも知れない(現代ではフウチョウの仲間は全て保護鳥とされており狩猟が禁じられているので、確かめようがないのだが)。

因みにローマ時代の料理書【アピキウス】には、その名もずばり【鶏肉のヘリオガバルス風】と言う料理のレシピが記載されている。鶏肉をポロネギと共に白ワインで煮込み、煮汁の一部を取り分けて濃く煮詰めた後に牛乳、摺り下ろしたナッツ、魚醤、卵白を混ぜたソースで和えると言う料理で、再現された方に依ると「魚醤の味が強過ぎて、鶏肉を食べているのか魚を食べているのか判らなくなる」らしい。
ヘリオガバルス帝が食べた【不死鳥】も、もしかしたら同様の調理法で食べられたのだろうか。


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