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メガラニアの記憶

随分昔の話になるが、アボリジニ(オーストラリアの先住民の総称)の神話伝承の本を読む機会に恵まれた事がある。
カモノハシの由来譚とか、コトドリが何故様々な動物や鳥の鳴き声を巧みに真似る事が出来るのかの理由とか…大変面白い話がたくさん収録されていた。

その収録された伝承の中に、ゴアンナ(オーストラリアでオオトカゲの仲間を指す語)に関する興味深い内容のものがあった。ざっと紹介しよう。

太古、ゴアンナは山のような巨体と、ひと噛みで獲物の命を奪う猛毒を持つ凶暴な人喰いの魔物だった。ゴアンナの跳梁跋扈に頭を悩ませた獣達はゴアンナ退治を思い立つが、良い知恵が浮かばない。
ところが一匹のヘビが、自らがゴアンナを無力化してみせると豪語し、獣達の嘲笑にも耳を貸さず出かけた。そして言葉巧みにゴアンナを騙して、ゴアンナの力の根元であった猛毒を盗んで逃走した。
以後、力の根元を奪われたゴアンナは弱体化し、体も小さくなって、遂には人間にやすやすと狩られる程になってしまった。一方、ゴアンナの猛毒を盗んだヘビは獣達に賞讃されたが、ヘビは自らが嘲笑の的にされた事を根に持って忘れず、近づく獣達に噛みつこうとするようにまでなった為、獣達は恐れて誰も近寄らなくなり、以来、ヘビはひっそりと孤独に暮らすようになった。

細部は違うかも知れないが、だいたいこんな内容だったかと思う。

ところで生物に興味がおありの皆様は【オーストラリア】【巨大なオオトカゲ】と聞いて別のキーワードを思い浮かべはしないだろうか。

嘗てオーストラリアには、現在のコモドドラゴンよりも更に巨大なオオトカゲが棲息していた。全長5〜7メートル、体重1トン弱と言うから現存のイリエワニに匹敵するサイズである。この巨大なオオトカゲには【巨大な流離さすらい人】を意味する【メガラニア】と言う学名がつけられた(現在では、コモドドラゴンと同じヴァラヌス属に分類される事が多い。然し通称としての【メガラニア】の語は今も生きている)。

メガラニアが絶滅した時期ははっきりしていない。一説には歴史時代まで生き残っていた可能性もあると言う。日本兵が太平洋戦争時にニューギニアで遭遇したなんて話もあるが、流石にこれは都市伝説だろう。

ここでワタクシは、アボリジニの伝承に登場する巨大ゴアンナが【嘗て猛毒を持っていた】とされる事に注視したい。

メガラニアと近縁であるコモドドラゴンが、トカゲの中でも指折りの猛毒を持ち、それにより獲物を無力化させ捕食する事が明らかになったのは、確か2000年代初頭の頃では無かったかと思う。
コモドドラゴンは強肉食性の動物であるが、その戦闘能力については近年まで大多数の生物学者により過小評価され続けていた。あの有名な動物番組【わくわく動物ランド】でさえ、コモドドラゴンは死んだ魚やニワトリ等の小さい獲物しか食べられない動物だと紹介していた程である(著名な学者各位の監修を受けておいて何たる有り様だ…と言いたい)。
特に酷かったのは哺乳類至上主義の学者達の態度で、碌に調べもせずに【コモドドラゴンは死んだ動物を専門に食べるスカベンジャーであり、もしも分布域に大型肉食哺乳類が進出したら忽ち絶滅しただろう】等と堂々と述べていたのである。

然し、実際のコモドドラゴンが体重差1トンのスイギュウを死に至らしめ、貪る姿は現地の人々には周知の事実だった。そもそもコモドドラゴンの棲息域に人間が住むようになった切っ掛けは、周辺の大国がコモドドラゴンの棲息域を【流刑地】として用いていた事に由来するとさえ言われているのだ。勿論、島流しにされた罪人は殆どがコモドドラゴンの胃袋に収まる末路を辿った。周辺の国々にしてみれば、これ以上に処刑の手間を省く良策も無かったのだろう。

コモドドラゴンの【戦闘能力】については海外でも注目を集め、遂には幾人もの爬虫類研究家によりコモドドラゴンの唾液を採取して詳しく精査する運びと相成った。結果は…ヒトすら殺傷する猛毒が発見されたと言う次第である(この咬毒はコブラや、世界最強の毒蛇として知られるタイパンと言う蛇の毒に匹敵する威力があると言う)。
これには、哺乳類至上主義の学者諸兄も白旗を振るしか無かったのではあるまいか。

メガラニアがコモドドラゴン同様有毒だったかどうかは、確かめようがない。また、アボリジニの伝承に登場する巨大ゴアンナがメガラニアだった可能性についても未知数としか言えないだろう。
但し、近年の研究ではオオトカゲ類はアメリカに棲息するドクトカゲ類と系統的に近く、オオトカゲ類の全てが唾液に微弱ながら有毒な物質を含み、獲物の弱体化に役立てているのではないかと言う説が提唱されている。
こうした科学的な事実はともかく、文化的な側面から注目した際に、伝承の巨大ゴアンナとメガラニアとコモドドラゴンが奇妙な縁で繋がっているように感じるのは、多分ワタクシだけでは無いと思う。

附記

概ね上記の内容を嘗てTwitterで呟いたら、当時相互フォローの間柄だった生物クラスタの人物に鼻で笑われた挙句「テクパンの能書きは逐一非科学的でイカン」と留めを刺された。あの男と縁を切って長いが、この件に関しては未だに根に持っている。


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