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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.6

「……あの、なんていうか、乳首がね、こう、はっきり見えちゃうんだよね。ブラ着けなければやっぱりそれが目立って恥ずかしい。でもスポーツブラでも、わたしには大きいくらいなんだよね。それで、さらしを巻いていたこともあるんだけれど、陸上やってて汗をかくから、その時、それが透けて見えたことがあって、だいぶ冷やかされたんだよね。だからやっぱりブラが欲しいな、と思って……」
 彼女は、細い声になって、はにかんではいるけれど、恥ずかしそうにうつむいている。
「まどかちゃん、思い切って相談をしてくれてありがとう。あなたの期待に添うブラをぜひ作りたいと思います。ちなみに、ショーツの方も用意できるんだけれど、それはどうかな?」
 そう冬夕が答えると、顔をあげ、ぱっと明るい表情を見せてくれる。
「あ、それ嬉しいかも。ちぐはぐな下着つけているとなんだか走るフォームが乱れる気がするんだよね」
「あ、それ分かる」
 陸上って、少ない道具で勝負ができる反面、靴はもちろん、身につけるものひとつで大きく結果も変わってしまう。下着を揃えたい気持ち、すごくよく分かる。
「あと、ブルーデー、生理用のも一緒に作れるけど、そっちはどうかな?」
「あー、それは大丈夫。大丈夫っていうか、わたし、まだ生理来ていないんだよね」
 えっ、と思い、わたしたちは顔を見合わせる。
「高校生で生理ないのってやばいかなーと思っているんだけれど、練習きついせいかもしれないし、ま、コンディション崩れにくいだろうから、ラッキー、くらいに思っているんだけれど」
 彼女は、またはにかんでうつむく。
「そう、なんだ。まどかちゃん、教えてくれてありがとう。でも、ちょっと気になるから婦人科には行った方がいいと思うよ」
「うん、来年、引退したら、というかそれまで生理が来なかったら行くつもり」
 あくまで陸上優先なんだな。
「ブラとショーツは夏休み中に作ることができると思うよ。次の部活はいつ?」
「来週です」
「じゃあ、その時に採寸させてもらっていいかな? 来週のこの時間にここに来てもらえる?」
「了解です。ありがと!」
 小笠原まどかは、そう言って、小走りに練習に戻っていった。彼女は、髪も短いし、ボーイッシュな感じではあるけれど、それは生理が来ていないせいでもあるのかな。
 冬夕は、あごに指を当てて、何やら思案中だ。
「ちょっと、気になるよね」
「そうだね」
 でも、と言いながら今度は鼻先に指を当てて話をする冬夕。
「わたしたちが体の不思議をわかるはずはないので、まずは上下揃いのデザインを考えようか」
 わたしは、黙ってうなずく。
 今回は胸のない子のデザインか。それなら、医療用のブラの型紙を活かせるかもしれない。パットを入れる部分を平たくして、水着に近い感覚で作るのがいいかもしれない。
 わたしは、デザインを考えながら、ふと思ったことを口にする。
「今回は、なしになったけれど、サニタリー用のショーツもセットにするとしたら、価格、かなり高くなっちゃうよね」
 うーん、そうなんだよね、と冬夕は困った表情になる。
「そこが一番の問題なんだよね。わたしたちのような高校生でも気軽に買えるブランドを目指したいのだけれど、そうすると手づくりで全部を揃えるのは、だんだん難しくなってくると思うんだよね。
 ショップを開設するのにあたって、少し調べてみているんだけれど、あんまり安くしちゃうのは、よくないみたい。自転車操業になってしまって結局続けられなくなっちゃう。
 わたしね、雪綺とずっといっしょにスプスプを続けたいんだ」
 冬夕は、指を組んで、どうしよう、と言いながら伸びをする。制服のおなかがあいて、キャミソールの布地が見える。
「あ! 雪綺のエッチ!」
「なんだよ。冬夕が勝手に露出したんじゃんか!」
 すると、冬夕は伏し目がちになり、つぶやく。
「……。だって、これウォーマーなんだもん」
「そっか。やっぱ、冷えるとおなか痛むよね。それにキャミだと思った」
「うん。キャミソールの上に巻いてるの。下にするとごわごわしておなかがふくれてみえるから」
「腹巻きだもんね」
「だから、腹巻きって言うなー!」
 その時、いきなりドアが開けられる。わたしたちはとっさにドアの方を向く。
「うお、なんだよ、睨むなよ」
「なんでノックしないんですか? 先生」
 スプスプのペナントの下には、ノックノックの貼り紙もしている。
 わたしの言葉にお構いなしで、教室をぐるっと見回してから、しゃべり出す。
「校内の見回り。なんか、お前たちは好き勝手にやってるらしいな。成績がいいからって、あんまり調子に乗るなよ。ん? 今日は何にも作っていないのか?」
「ミーティングをしています。文化祭に向けて準備をしないといけないので」
 冬夕の声が冷たい。
「あんまり学校に泥を塗るようなことは避けてくれよ。リベラルな校風を、なんでも自由にしていいことだと履き違えてもらっては困るからな」
「はい。もちろん承知しています。リベラルアーツのスローガンから外れるようなことはしていないつもりです。ですのでジェンダー・フリーの思想を体現できるような展示も目指したいと思っています」
 先生は、露骨に嫌そうな表情をする。
「あんまり、まぜっ返すなよ。高校生らしくしていればいいんだ。それと閉門は4時です。きちんと守るように」
「はい」
 ドアを閉めることもしないで、学年主任は去ってゆく。スリッパの大きな音が響いている。
「あの先生、苦手」
 わたしは、開け放しのドアを閉める。
「学校の統廃合で、よそからやってきた人だからね。ウチの学校にはめずらしいタイプかな。ま、そういうのいちいち気にしていたら文化祭どころか、そのあとの学校外での展示なんて、怖くて何もできなくなっちゃう。
 とっさにジェンダー・フリーとか言ったけれど、うん、それも考えた方がいいかもしれない。イラッとしたけれど、よい方向に転がしちゃおう」
「冬夕のそういう切り替えのよさ、なんかすごいなあ、と思うよ。わたしなんて、ファック! とかしか出てこないもんな」
「こら、雪綺。そんな言葉遣いはいけません。でも怒りはとても大事なことだと、わたし思うよ。社会を変えなくちゃいけないと思ったら、その動機に、怒りが必ずある。金持ち喧嘩せず、みたいな文化人なんて嫌い。そういう人は口を噤むか、自分の仕事に専念してほしい」
「冬夕もなかなか辛辣じゃん」
「だって、わたし、怒っているもの。もっともらしいことを言うくせに選挙に行かない大人とか、全然信用しないもの。大人の自覚がない人たちだよね。行くのがめんどくさいとか、一票を投じる意味が分からないとか、どれだけ子どもなんだよって思っちゃう。いつかわたしのこの怒りが笑い話になればいいと思うけれど。
 それに……」
 冬夕はさらに表情を険しくして続ける。
「日本の世の中がこのまま進んでゆくと、逆に投票率100パーセントの世界になっちゃう怖さがあるんだよね」
「それは怖いね」
 わたしが答え、少し考えていたことを付け加える。
「そんな世の中になる前に、わたしたちのショップに選挙割とかつけようか。投票済証明書の写真を送ってくれたら割引しますとか」
 冬夕は、うーん、と首をひねって答える。
「それはしないかな。そんなに大人を甘やかさなくていいと思うんだよね。歴史に学べ、とかは言わないけれど、投票しないことがどれだけ自分の首を絞めているかってことを確認した方がいいと思うよね。わたしたちも、来年になったら選挙権を得るわけじゃん。それをどう行使するか、もう少し、みんな学んだ方がいいと思うんだよね」
 大人を甘やかす。そんなこと考えてもいなかったわたしはびっくりした。軽い発言をした自分をごまかすために、冬夕自身に話の矛先を変える。
「そこを変える社会活動をしたらノーベル賞にも近づくんじゃない?」
 またも冬夕は首を傾げて話しはじめる。
「先進国で、先進国って言い方もどうかと思うけれど、こういう国では投票率が高いのは大前提だと思うんだよね。その上で、平和に貢献する確かなことをしなくちゃならないと思うんだ。でも、それはもうじっくり時間をかけることにした。最年少受賞は逃しちゃっているしさあ。
 だからまず、わたしたちは、ランジェリーやサニタリーで女性がもっと快適に過ごしてもらえるように環境を整えることを目的にします」

( Ⅱ. Sparkle! 続く)

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