帝江

近世怪異小説の現代語訳をしています。 たまに他の記事も書きます。

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最近の記事

久しぶりに会った友人の正体(「山居のこと」『曾呂里物語』巻第三)

世を憂きものと悟り澄ました僧がいた。 都は東の鳥辺野に、柴の庵を結んで、年月暮らしていた。 そこへ、彼が俗人であった頃の友人何某が訪れた。 年久しく顔を見ていなかったので、大層懇ろに語り合っているうち、秋の夜も深く更けて、色々な獣の鳴き声が庵のすぐ近くから聞こえてくるので、ぞっとするほど物寂しい。 「このようなところにただ一人で、どうやって耐え忍んでいるのだろうか」 友人がそう思っていたところに、どこぞの遣いの者がやって来た。 「今宵、どこそこの誰それが亡くなったので、日頃

    • 謎の温石(「おんじゃくの事」『曾呂里物語』巻第三)

      信濃国に「すゑきの観音」という山の嶺に建立された観音堂があった。 ある時、若者たちが寄り合って、 「今夜観音堂へ行き、翌朝まで堂内で過ごしてやろう、という者は誰かいないか?」 という話になるや、 「それは容易いことだ。己が行ってこよう」 と一人の蛮勇な男が名乗り出て、話もそこそこに観音堂へと出かけてしまった。 この観音堂は、人里から二十四町離れて山深く、日中でも人の往来が稀で、狐狼や野干の鳴声以外には物音もしないような場所であった。 男は観音堂に到着し、中に入ると、夜が明け

      • 長年飼ってた猫が化けた話(「ねこまたの事」『曾呂里物語』巻第三)

        山仕事のひとつに「ぬたまち」と云って、山から鹿が下ってくるのを庵室で待つというものがある。 ある男が、宵より庵室へ行って待っていたところ、妻が行燈を片手に、杖を突いてやって来て、 「今宵は特に寒く、嵐も烈しいので、急いでお帰りになってください」 と云う。 「どうして我が妻がこんな場所まで来られるだろうか。きっと変化の物に違いない」 男はそう思い、 「汝は何者なれば我が心を誑かそうとするのか。ひとつ矢でもお見舞いしてくれようぞ。受けてみよ」 と云えば、 「そのようなことをおっ

        • その場の勢いで男女の関係を持つとろくなことにならない話(「色好みなる男みぬ恋に手をとる事」『曾呂里物語』巻第三)

          北陸道を目指して京より下る商人の男が、ある宿に泊まったところ、宿の主が親切で、様々にもてなしてくれた上に、奥の間を用意してくれた。 連れあいもいないので、すごすごと床に就いたが、深夜、次の間から、誰かは知らないが、極めて上品な声で小唄が聞こえてくる。 「それにしても、このような趣のある歌声は、都でも今まで聞いたことがない。このような田舎で耳にするとは大層不思議なことだ」 男はますます目が冴えてきたので、次の間に行ってみると、 「お入りになったのはどなたでしょうか? こちらに

        久しぶりに会った友人の正体(「山居のこと」『曾呂里物語』巻第三)

        • 謎の温石(「おんじゃくの事」『曾呂里物語』巻第三)

        • 長年飼ってた猫が化けた話(「ねこまたの事」『曾呂里物語』巻第三)

        • その場の勢いで男女の関係を持つとろくなことにならない話(「色好みなる男みぬ恋に手をとる事」『曾呂里物語』巻第三)

          化物の望みを叶えて褒美をもらった話(「れんだい野にて化物にあふ事」『曾呂里物語』巻第三)

          京の蓮台野には塚が多いが、その中でも不思議な塚が二つあった。 二つの塚の間は二町ほどの距離で、一つの塚は夜な夜な火が燃えて、他方の塚は毎夜、極めて不気味な声で、 「こいや、こいや」 と呼ばわる。 京中の、富貴な人からそうでない人まで戦慄し、夕方になるとこの塚の辺りに立ち寄る者は無かった。 ある時、若者たちが集まって、 「サテ、誰か、今夜、蓮台野に行って、例の塚で呼ばわっている声の正体を明かしてやろう、という者はいないか」 と話していると、中でも力持ちで、大胆不敵な男が進み出

          化物の望みを叶えて褒美をもらった話(「れんだい野にて化物にあふ事」『曾呂里物語』巻第三)

          離魂病の話(「りこんといふ煩の事」『曾呂里物語』巻第三)

          いつの頃のことかは不明だが、出羽国の守護の何某の話である。 ある夜のこと、何某の妻が雪隠に行って、しばらくして戻って来て、戸を立てて、寝た。 その後、しばらくして、女の声がして、戸を開けて内へ入って来た。 何某が不思議に思って、燈火を持ってこさせて、見てみれば、少しも違わぬ姿をした妻が二人いるではないか。 不思議に思い、夜が明けるまで監視することにして、妻を別々の部屋を分けて、色々と詮索したのだが、どちらも妻として疑わしい点がないので、 「どうしたものか」 と何某が苦慮し

          離魂病の話(「りこんといふ煩の事」『曾呂里物語』巻第三)

          座頭vs化物(「いかなる化生の物も名作の物にはおそるる事」『曾呂里物語』巻第三)

          都に住むある座頭が、田舎へ下るために、小さな山里を通りぬけたところで、道に行き暮れたので、身の回りの世話のために同道させていた一人の弟子と共に、とある辻堂に泊まることにした。 夜半ごろ、女の声で、 「これはこれは、いづこからのお客人で、こちらへいらっしゃったのでしょうか。妾の庵は窮屈なところではございますが、この辻堂にお入りなさるよりは、妾の庵で一夜を明かしてくださいませ」 と云われた。 「御志ありがたく存じますが、旅の習いでございますから、この辻堂でも苦しいことはございま

          座頭vs化物(「いかなる化生の物も名作の物にはおそるる事」『曾呂里物語』巻第三)

          かの出家、美僧なるゆへ……(「越前の国白鬼女のゆらいの事」『曾呂里物語』巻第二)

          越前国の平泉寺に住んでいる出家が、若い頃に、京へ上っての見聞を思い立ち、彼方此方を見物した。 その帰りがけに、「かいづのうら」に宿をとったのだが、そこで女旅人と泊まり合わせた。 この出家は、美僧なるゆえ、件の女が彼の閨にやって来て、気がある素振りをする。 僧は、よくないことだとは思いつつ、共に一夜を過ごしたのであった。 夜が明けてみれば、この女は齢六十ばかりの巫女であった。 髪は糟尾(白髪交じりのごましお頭)で、いかにも興醒めする容姿であった。 そして、 「どこまでも、お

          かの出家、美僧なるゆへ……(「越前の国白鬼女のゆらいの事」『曾呂里物語』巻第二)

          お腹を押すと口が開いて、離すと口が閉じる死体の話(「天狗はなつまみの事」『曾呂里物語』巻第二)

          三河国にどうしんという僧侶がいた。 万事において恐ろしいと思うことが露ほどもない、不可解な人物であった。 平岡の奥地に、一つの神社があったが、人跡の絶えた深山幽谷だったので、いつしか管理する人もどこかへいなくなってしまい、原型を留めず荒れていた。 どうしんはここの社僧となって、年月奉職していたが、糧食などが乏しい状態なので、人家までは程遠いが、篤志を頼って斎非時を乞う暮らしであった。 ある時、里に出かけて、暮れに帰る途中、寺の近くに死体があった。 道端なので、仕方なく腹を踏

          お腹を押すと口が開いて、離すと口が閉じる死体の話(「天狗はなつまみの事」『曾呂里物語』巻第二)

          僧侶の大量不審死事件(「しやうぎだふしの事」『曾呂里物語』巻第二)

          関東の話だ。 ある侍が主命に背いて、「とうがん寺」という寺で切腹した。 明日はその葬礼をするということで、庫裏にその用意をして、客殿に侍の死体を入れた棺を置き、十人ほどの僧たちで番をしていた。 夜が更けてくると、僧たちは皆、壁に寄りかかって居眠りし始めたが、下座の二人の僧は、未だ寝入らず、物語りしていた。 ト、棺が震動して、死人が棺を打ち破って立ち上がり、それはそれは凄まじい様子で、燈火の元へ行くと、紙燭に火を点け、土器の油を舐めた。 その後、上座の僧の鼻の穴に紙燭を入れて

          僧侶の大量不審死事件(「しやうぎだふしの事」『曾呂里物語』巻第二)

          僧と笛好きの若者の話(「行のたつしたる僧には必ずしるし有事」『曾呂里物語』巻第二)

          一所不在の旅の僧、武蔵国にて修行していた折、道に行き暮れた。 泊まれる宿もなく、野原の露に、片袖を敷いて夜を明かそうとしたが、秋の半ば、月の夜もすがら、眠れずにいたところに、笛の音が幽かに聞こえてきた。 僧は不思議なことだ、と思った。 「この辺りには人里もないはずで、いかなるものが笛を吹いているのであろうか」 笛の音は次第に近づき、程なく僧の近くまで来たのを見てみれば、十六歳ぐらいの、優雅な装いの若者であった。 高貴な姿を見るにつけても、疑いなく変化の物であろう、と僧は思っ

          僧と笛好きの若者の話(「行のたつしたる僧には必ずしるし有事」『曾呂里物語』巻第二)

          蜘蛛の化物の話(「あしたか蜘の変化の事」『曾呂里物語』巻第二)

          ある山里に住んでいる者が、大いに静かな夕月夜に、慰みに出歩いていた。 すると通りがかった大きな栗の木の股に、六十歳ぐらいの女がいて、歯に鉄漿をつけて、糟尾(白髪まじり)の髪を四方に乱しながら、男の方を見て、にたっと奇怪に笑いかけてきた。 男は肝を潰して、急いで家に帰った。 少し微睡んでいると、宵に見た女が、現のように眼前に浮かんでくるので、気味が悪く、起きもしないが眠れもしないまま過ごしていた。 ト、月の光に照らされて、明かり障子に人影が映っている。 それは先刻見た時と少し

          蜘蛛の化物の話(「あしたか蜘の変化の事」『曾呂里物語』巻第二)

          家に出る女の話(「おんねんふかき物の魂まよひありく事」『曾呂里物語』巻第二)

          会津若松という所に、いよ、という者がいた。 彼の家に色々と不思議なことが多数起こった。 一日目。 酉の刻(午後六時ごろ)、彼の大きな家だけ地震のように揺れた。 二日目。 昨日と同じ時刻、何かは不明だが、敷地内に入り込み、裏口の戸を叩いて、 「はつはな、はつはな」 と呼ぶ声がする。 主人の女房が聞きつけて、 「汝、何者なれば、夜中に来て、このように呼ばわるのか!」 と叱った。 叱られた何者かは、右の方あるもう一つの出入口が、たまたま開けたままになっているのを見つけて、そこか

          家に出る女の話(「おんねんふかき物の魂まよひありく事」『曾呂里物語』巻第二)

          猟師が老女を射たら実は古狸だったという話(「老女を猟師が射たる事」『曾呂里物語』巻第二)

          伊賀国の名張という所より巽(南東)の方角に山里があった。 そこでは夜な夜な住人が一人ずつ姿を消すという事件が起こっていた。 どういうことなのかと、住民たちは不審がって暮らしていた。 その村に住む猟師が、ある時、夜になったので山に入ろうとしたところ、山の奥から、齢百歳にもなろうかと思しき老女が、雪のような白髪を頭に戴き、眼は周囲をも照らすほどに輝く、物凄い姿で飛び出してきた。 猟師は、 「何者であろうが、矢壺は違えまい」 と大雁股で以て、胴中を射抜いた。 射られた老婆はどこへ

          猟師が老女を射たら実は古狸だったという話(「老女を猟師が射たる事」『曾呂里物語』巻第二)

          出逢った稚児といい感じになるんだけどいろいろ大変なことになる話(「信心ふかければかならず利生ある事」『曾呂里物語』巻第二)

          南都興福寺の宗徒に、何某という律師がいた。 春日山の麓に、しのやの地蔵堂という、霊験灼な地蔵が坐す地蔵堂があった。 律師は長年この地蔵堂に通っていたが、ある日、少し他事でごたごたしてしまい、日は既に暮れ、酉の刻の終わりごろ(午後七時ごろ)から参詣した。 道の柴の露を払う人もなく、心もとなく、物寂しく思っているところに、どこから来たのかわからないが、一人の稚児が忽然と佇んでいた。 「こんなところにどんなわけがあってお入りになったのですか?」 律師が尋ねると、稚児曰く、 「そな

          出逢った稚児といい感じになるんだけどいろいろ大変なことになる話(「信心ふかければかならず利生ある事」『曾呂里物語』巻第二)

          狐を驚かせたら仕返しに遭った話(「狐をおどしてやがてあたをなす事」『曾呂里物語』巻第一)

          ある山伏が、大峰より駆け出して、ある野原を通りかかると昼寝している狐を見つけた。 近寄って耳元でほら貝を思いっきり強く吹くと、狐は肝を潰して、どこかへ逃げていった。 その後、さらに進んだ山伏だが、まだ未の刻(午後2時ごろ)には早いかという頃になると、急に空がかき曇り、日が暮れてしまった。 不思議に思って道を急ぐのだが、野原は広大で、泊まれそうな宿もない。 そこで、目についた三昧堂に入り、火屋の天井に上がって寝ることにした。 そこへ、どこからともなく、幽かな火の明かりが数多

          狐を驚かせたら仕返しに遭った話(「狐をおどしてやがてあたをなす事」『曾呂里物語』巻第一)