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対テロ外傷救護基礎講習エレメンタリーコース「包帯法」

照井資規 一般社団法人TACMEDA 協議会理事長、元陸上自衛隊富士学校研究員、元陸上自衛隊衛生学校研究員、災害・事態対処・軍事医療ジャーナリスト

現在、雑誌連載を4つ持つ有事医療ジャーナリストである、照井資規氏が理事長を勤める一般社団法人TACMEDA(タックメダ) 協議会。そこで開催されているテロ対策外傷救護基礎講習「エレメンタリーコース」では、あらゆる状況に対応できる総合的な救急処置、応急処置、応急治療に関する知識、技術を学ぶことができる。その講習の一部である、緊急圧迫止血包帯法について紹介する。

この緊急圧迫止血包帯法を習得したならば、2016年7月26日(火)午前2時に発生した「相模原障害者施設殺傷事件」で19人が死亡、重傷の20人を含む負傷者26人が発生する原因となった、鋭利な刃物による首の負傷に対応することができるようになる。この事件の被害者の致命傷となった頸部の穿通性外傷では、頸動脈の大出血そのものも致命的であるが、2~3分以内に著名な血腫が気道を圧迫し気道閉塞を生じることがある。この負傷は大出血に呼吸困難を伴うおそれがある致命的外傷であるため一刻を争う。負傷者に最も近いところに居るバイスタンダーによる救急処置が救命には最も効果的であるが、それには、専用の資材と専門の訓練が必須である。その資材と訓練こそが緊急圧迫止血包帯法である。

平和な日本国ではほとんど知られていない、テロによる銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷を原因とした防ぎ得る外傷死のうち60%を占める手足からの大出血による死亡を止血帯との併用で、より確実に回避できるようになる。テロによるこれらの特殊な致命的外傷のうち、救命可能なものの60%を達成できるようになるのだから、止血帯の使用法に加えて、緊急圧迫止血包帯法について知っておけば大変心強い。

軍隊における戦傷医学の研究で、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷のような代表的な戦闘外傷のうち、適切な処置を施したならば救命できる症例のうち約60%が四肢からの大出血、約30%が緊張性気胸、約6%が気道閉塞という統計がある。

防弾ベスト等の防護具を適切に着用していることが前提であるが、四肢からの大出血に対応する方法に習熟すれば、先ほどの防ぎ得る外傷死のうち過半数を占める60%を回避できるようになる。助けられたのに死んでしまう確率を半分以下にすることができる。そのための重要な救命器具であり止血器具でもあるのが「止血帯」である。

しかし止血帯が有効に機能する部位は、上腕部や大腿部の長管骨が1本で構成されている部位のしかも、末梢側半分程度の4箇所でしかない。銃創であればその長管骨がさらに縦に割けるように骨折するため、止血帯が有効に機能する部位はさらに限られたものになる。

例えば、着弾速度 約700m/sec以上の高速ライフル弾が大腿部に被弾した場合、弾丸直径の20~30倍の範囲が破壊されることがある。軍隊でよく使用される5.56mm弾を例にすれば、弾丸の通り道を中心として180mmの範囲が破壊され、射出創付近は広範囲の組織の欠損となることがあり、長管骨である大腿骨は縦に割けるようなは特徴的な骨折となる。

骨折片もまた二次破片となり、血管や神経を破壊しつくすので「まるで体内で爆発が起きたようだ」と表現されるような凄惨な外傷となる。止血帯は長管骨が健在しており、手足の外側から緊縛を行うことで血管が長管骨に押し付けられて潰れることで、出血を制御するしくみである。銃弾によって砕かれた骨の上に使用しても緊縛止血効果は得られない。

止血と合わせて行うべき処置
止血帯では出血を制御できない場合、頼りになるものこそが緊急圧迫止血包帯法に用いられる厚手のガーゼに弾性包帯や包帯固定具、沈子(ちんし)などが組み合された「モジュール型包帯」と血液凝固促進剤が含浸または血液凝固促進剤そのもので作られた「血液凝固促進剤製材包帯」との併用である。このモジュール型包帯は軍隊や警察において、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷に、迅速に救急処置を提供するために発展を遂げてきたものであり、日本国内では在日米軍や自衛隊が採用している「イスラエルバンテージ」商品名「エマージェンシーバンテージ」が多く流通している。

銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷を手足に受けた場合、2分とたたずに死亡してしまうことがあるので、受傷後30秒以内に対応しなければならない。救急処置として止血帯を使用し、大出血を制御できたのであれば生命の危機を90%回避することができる。しかし、生命の危機を脱したのも束の間、止血帯のみでは、四肢からの大出血を制御できたとしても、血流が制限されることによる阻血痛が発生し、その痛みは外傷そのものよりも痛く感じられるほどである。その激痛には20分程度しか耐えられないもので、その間に圧迫包帯による止血法等に切り替えることができれば、その20分を最大6~7時間にまで伸ばすことが可能になる。この6時間というのは創部からの感染の影響が全身に及び始める時間である。
なお、止血に関しての詳細は同協会記事の「止血法」を先に参照頂きたい。

より多くの身体部位を残すため

止血帯による緊縛止血法でなければ出血を制御できない場合であっても、創傷部を露出させたままにしておいて、感染や創傷部位の更なる損傷に曝されるので、包帯による創傷部の被覆と保護を行わなければならない。救命できたのであれば、身体の機能の維持、身体の形状の維持を努めて追求しなければならない。
止血帯装着後、次に使用されるべきはモジュール型包帯だ。厚手のガーゼに弾性包帯や包帯固定具、沈子(ちんし)、アイシールド、ガーゼ包帯、密閉フィルムなどが組み合され、一次包帯、一次圧迫、二次包帯、包帯の固定等の処置を全て担うことが出来るため非常に重宝する。

【止血帯とエマージェンシーバンテージの併用例】

伸縮包帯自体に直接付属しているプラスチック製フック「コンプレッションバー」は包帯を巻きつける方向を転換する際にさらに強固に固定することに貢献する。
殺菌消毒済みの非粘着パッドと伸縮包帯が一体化している形状は体のどの部位にも密着するため、複数箇所の負傷部位の処置を素早く誰にでも簡単に行うことが出来る。 衣服の上からでも片手で緩まずにしっかり巻き付けることができ、同時に三角巾の役割も果たす、救急処置の必需品である。日常的な外傷においてもその真価を満遍なく発揮することは言うまでもないであろう。

しかしその卓越した機能を持ってしても、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷のような、広範囲の組織の欠損や深さのある創傷部を全て覆い隠す事は非常に難しい。

そしてその大きな創傷部を全て覆い隠せる程広い幅の緊急圧迫止血包帯を常時持ち歩く事は現実的ではない。最小限の個人携行装備を、知識と技術を用いて最大限に活用することが何より重要なのだ。

予後を考えた状況確認を怠るな
止血帯「CAT」の装着完了から緊急圧迫止血包帯を使用する前に、本当に止血が完了しているか、創傷部からの出血を確認する必要がある。

受傷した四肢において少しでも多くの部分を残すため、2本目のCATを遠位に装着する。ADL(日常生活動作。Activities of Daily Living)やQOL(生活の質。Quality Of Life)の質を保つためには必須の作業となる。特に脚についてはどれだけの長さを残すことができるかで、車いす生活になるか、自立歩行をできるかで、その後の人生が大きく変わるため、重要である。

これらは自衛官や警察官、消防士、海上保安官等、危険かつ過酷な環境に身を置く機会がある職業の者に限ったものではない。海外旅行や出張、国内においては無差別テロや事故、自然災害等、自分自身が今まで幸いにも遭遇していないだけであり、明日にも、今日にも充分に起こりえるものなのだ。普段当たり前のように見過ごされている、「知らなかった」では、二度と取り戻す事ができないものがあるという事を今一度改めて考え直して欲しい。

では、この生死を分かつ、予後に多大な影響を及ぼす重大な問題をどう解決するか。

それは意外なことに、たった100円で買うことができるものと併用することで活路が見出される。

最速最良の救急処置のために知るべきこと
さらに、自衛隊や警察等の救護関係者の間でもあまり知られていないが、伸縮包帯に付属しているフック「コンプレッションバー」は、単に包帯を巻く方向を変えるためだけのものではない。これの活用なくして理想的な救急処置は成し得ないほどの重要な働きがあるのだ。

これらの問題の解決策を紹介していくと共に、眼部外傷に対するアイシールド固定、頚部及び上肢からの出血に対する止血法及び包帯固定、下肢からの出血に対する圧迫止血に続く包帯固定と、最近、銃創を受けやすくなった骨盤部の止血法となるズボンのベルトを通す部分を利用して圧迫力をかける止血法を紹介していく。ぜひ各々の環境でお役立て頂ければ幸いである。

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