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新海誠『言の葉の庭』雑感

個人製作から集団製作への過渡期だった『星を追う子ども』公開以降、大成建設に野村不動産と巨大スポンサーとの仕事で着実に結果を残し、満を期して東宝と合流。お手並み拝見、とばかりに与えられた枠に満点解答してみせた46分間の中編。

ファースト・カットから観客の心に清新な波紋を立てる雨の描写は、それまで星や雲、夕闇の空景描写、あるいは『秒速5センチメートル』の白く波打つ海や『雲のむこう、約束の場所』の跨線橋を浸す湖の水面にこそ作家的アイデンティを置いていた新海誠にとって、大いなる挑戦だろう。それが6年後の『天気の子』へと繋がることになる。

『秒速5センチメートル』で「風景と人物を等しく描く」ために、輪郭を手作業で淡く滲ませたテクニックをトレース。「世界の不思議そのものみたいに見える」美しく謎めいた女性を、新宿御苑の雨に濡れた緑で包みこんだ。

中央大学で専攻していた国文学を前傾化したモチーフに溢れた美しい朗読を、同じく職人を志す少年の物語である名作『耳をすませば』の聖蹟桜ヶ丘を想起させるアパート屋内の親密な空間、新宿近辺の街並みに響かせる。そのために声優には入野自由、花澤香菜のプロフェッショナルを起用。信濃町近くの路地でふと「夏なんて来てほしくなかった」とオフで続いていたモノローグをオンで声にする瞬間の、時間も距離もゼロになるかのような感覚は今作の最高であり、新海誠のキャリアでも指折りの到達点だ。発する花澤香菜の、本人の佇まいともリンクするような演技も素晴らしく哀しい。

東宝系の巨大映画館で上映されることを意識した音響設計、ドローンカメラを意識したような視点移動など、様々なチャレンジで新海誠は自身のロマン主義を抑制し、適度な距離感を得ている。それにはシューマンばりに情感たっぷりに鳴らされる盟友天門のピアノとの別離も大きい。多大なインスピレーション元になった大江千里『Rain』をエンディングでカヴァーした秦基博の歌唱含め、音楽がよりプロフェッショナルにトリートメントされた結果、より大衆に届けるための中和作用が生じたからだ。それにより初期作の濃密な情感は後退したが、実に上手く調律されたことで核は残り、作品全体に宿っている。

この成功で自信を深めた新海誠は、遂に川村元気と合流。「より大きな世界へ飛び出す」ため、『君の名は。』へと向かって行く。

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