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新海誠 『君の名は。』雑感

「僕たちは何かの前日を生きている」
すべての発端、「見知らぬ男女が出逢う物語」を志向する前の核。

東北大震災を経て顕在化された「日本人の諦念」の根源を探る思索の旅を、万葉集を引用して「泳いで川を渡る」2人に託した『言の葉の庭』。
「この変わらぬ日常を肯定したい」という抑え難き欲望を成就するために始めた自主製作によるアニメーション「作家」から、より大きな世界で、これから激動するだろう世界の荒波に揉まれながら、スタッフの集合知を統括するアニメーション「監督」としての自信を深め、覚悟を決めた新海誠はついにメジャーど真ん中の長編アニメーション製作に乗り出す。日本のアニメーション史上、映画史上に残るヒットを記録した『君の名は。』だ。

『悪人』『モテキ』『寄生獣』などでヒットを作を連発、今や監督、脚本家としても名高い日本屈指の映画人、川村元気が全面的に脚本をブラッシュ・アップ。その過程は
「新海誠オールタイムベストにしましょう」
「新海さんの気持ち悪さは無くさずとも抑えましょう」
「泣かせ所が足りません。涙の音は金の音です」
など数々の後世に残る名言とともに、40歳を超えたばかりの当時ピークにあった新海誠本人の成功欲とがっちり手を組んで、作品全体をグルーヴさせている。

互いに初めてだったがゆえの一回性による、RADWIMPSの情感こもった音楽。
神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、そしてあまり言及はされてこなかったけれど、2次元から4次元、5次元の世界を立ち上らせる成田凌ら役者たちによる、声優特有の記号性から何光年も離れた卓越した演技。
原画やキャラクター描写を、製作をクローズしていたジブリのスタッフら熟練者に任せたことで冴え渡る新海誠の編集技術。
片割れ時で素直に重ね、ラストの階段で見事に裏切る『秒速5センチメートル』からのそれをはじめとした、新海誠の過去作からの自己引用。
2011年の東北大震災から5年が経ち、ついに客観を持って、大型公開作で描写された大災害と発電所の崩壊。

それらすべての要素が過剰に、それまでのアニメーションのセオリーに縛られずに語られ、クライマックスの「すきだ」の一点に集約していく。

『天空の城ラピュタ』をなぞることでジュブナイル・アニメーションを現代仕様にアップデートしようとした『星を追う子ども』から、たった5年間で新海誠は、新たな作劇を編み出し、結果として『君の名は。』以前と以降の歴史を作ってしまった。美しく残酷な、あの彗星のような鮮烈さで。

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