青臭いことを、真顔で言うために


最近、あるシンプルな問いについて考えることがあった。

「ベンチャー企業と中小企業の違いって何なんだろう。」


一般的な認識での共通点は、組織規模が小さいこと。では相違点は?

というのも最近ありがたいことに、経営者の方やボードメンバーとお話をする機会をいただくことがあった。身分不相応な話かもしれないが、正直ものすごくスリリングで楽しい。気を抜くと気迫で持って行かれるし、本気で臨まないと相手にすらされない。

中でも、delyのCEO堀江さん、執行役員の柴田さんとの出会いは非常に刺激的で印象的だった。5月上旬頃、二人の雰囲気、気迫、コミュニケーション全てに圧倒された。そこからこの問いはずっと頭に残っていたのだが。

少し考えが整理されたので、感じたこと、考えたことについて書こうと思う。

この問いについては「ベンチャーで働いてます」と言ってる人、「ベンチャーで働きたい」と言ってる人は是非一度一緒に考えてみてほしいと思う。例えば「少数精鋭」「設立間もない成長企業です」という求人広告はよく見るが、果たして人が少なければベンチャーなのか?新しくて直近の事業数字が伸びていればベンチャーなのか?


そもそも「ベンチャー」の意味ってなんだろう


ベンチャーという言葉の意味を調べてみた


「ベンチャービジネス」という言葉は、元法政大学総長で日本ベンチャー学会特別顧問の清成忠男らによって概念が創りだされた和製英語である。新聞などではVBと表記される事が多い。英語では"startup company","startup"と呼ばれ、近年では日本でも「スタートアップ」という言葉が主にIT業界で使用されるようになっている。ベンチャーとスタートアップを区別する場合もあるが、日本ではその差は明確にされないことが多い。ベンチャーは新規の起業が想起されることが多いが、起業だけでなく既存の大企業が新たな取り組みに挑戦することも含む。企業によるベンチャーには次のような期待がある。1. 新たな市場分野の開拓、2. 新規の雇用の創出、3. 新たな技術やビジネスモデル(イノベーション)の創出。特に、ビジネスモデル(イノベーション)の創出に関しては、森正弥は、規制や業界の常識を覆すことが必要であり、ベンチャー(スタートアップ)の企画力・実行力が重要になってきていると指摘している。

、、、

と、Wikipediaは言っている。

よくわからないので、自分で考えてみたいと思う。

自分の中では以下のようなキーワードが浮かんだ。

哲学、モデル、覚悟、変革、狂気、生き方

みなさんはどうだろうか。それぞれについて、堀江さん、柴田さんとの出会いと彼らの言葉をを振り返りながら書こうと思う。


▼哲学について

僕がお話していて惹き込まれる経営者は、ある共通点を持っている。それは、「オリジナルの哲学」だ。事業や組織は、その強烈な哲学を具現化したものであり、たまたま資本市場のルールの中でその哲学の正当性を実験、証明するために「株式会社」という形態をとっているだけなのだろうと思う。哲学が文化に落ちている組織は、ともすれば「宗教っぽい」とかと敬遠されるが、そもそも理念(哲学に近い)があって、ビジョン(実現したい世界)がある時点でそれは宗教とさほど変わらず、布教の方法が会社法人のルールか、宗教法人のルールかというくらいでしかないのかなと思っている。

「ベンチャー企業なんて、新興宗教みたいなものだ」と誰かが言ってたが、それは自然なことで、僕はそれをポジティブに捉えている。

▼ビジネスモデルについて

現時点で社会に存在している合意形成は多様な形で具現化している。それは法であったり、言葉であったり、いろんな「当たり前」というかたちで存在している。が、その過去になされた合意形成は時代と共にアップデートされる必要がある。例えば「目には目を歯には歯を」で有名なハンムラビ法典は、今実行すると法に触れるし、男性/女性という2択の性の分け方でさえ今は変わろうとしている。

新しく事業を起こすことの目的のひとつに、古くなった「当たり前」を変えるということがある。それは既に生活をより便利にしたり、今の社会の仕組みで困っている人を助けたり、プラスを更にプラスにすることもあれば、マイナスをまずゼロにしようというものがある。

強い哲学を持っていても、強いモデルを持っていなければ、「当たり前」は変えられない。例えば今僕がワンキャリアにいるのも採用マーケットを変革できるかもしれない「モデル」を有しているからだし、今までと同じモデルで小規模な事業を行うこと自体には、個人的にはあまり魅力を感じることはできない。

以下のnoteで言及したが、崇高な理念を掲げていてもモデルが弱ければ、世界平和を唄いながら一生ドブの一円を拾い続けることになる可能性もある。

https://note.mu/telinekd/n/nc9476874ef49

「御社の理念に共感しました」というのと同時に「御社のビジネスモデルによるビジョンの実現可能性に人生の時間と自分の才能を投資したい」くらいは欲しいところだ。共感だけでは仕事はできない。

▼覚悟について

覚悟というものは、よく精神論で片付けられることが多いが、経営にとっては、極めて重要な生存戦略だと考えることが増えた。ビジネスモデルに新規性と競争力がなくなったとき、建てたブランドは差別化要素となるが、そのブランドによる差別化戦略さえ凌駕するのが、覚悟というなんともサイエンスしにくいものだったりする。覚悟の強さは継続的な期待値を得るための極めて合理的な生存戦略。金も才能も合理を極めてそこに集まるという話。

堀江さんと柴田さんのインタビューの日は覚悟について再度考える機会となった。

堀江さんはこう言った。

端的に言えば「ぶっ込まない意味が分からなかった」からです。普通に考えてみてください、未上場のベンチャーって、紙切れになるか札束になるかどちらかじゃないですか。例えばCMやマーケティング費用に中途半端に投資して、クックパッドの10分の1のユーザー規模のサービスができあがろうとも、クックパッドの10分の1の株価はつかない可能性もある。中途半端なことをしても、資金調達がうまくいかなかったり、採用に苦戦したりで、結局大成しないケースが大半。
つまり、ベンチャーなんていうのは0か、1か、勝つか負けるかなんです。だから勝つしかない。勝つしかないという選択肢の中でビビって、「10億だけ投資して何とか黒字にしよう」みたいな発想をする理由がないわけです。極めて合理的に考えて「ぶっこまない理由がない」んですよ。
ベンチャーは、到達地点をここと決めたら行くしかない。半分の成功はもう成功じゃない、失敗になる。そして、普通と僕らは違う。だから、その高さに行かないともう死亡なんです。
「私の人生背負ってくれるか?」という類の質問をすることですよ。「僕が仮に本気でこの会社にコミットした場合に、あなたは私の人生を背負ってくれますか」と聞いてみてください。多分、うっとなると思います。例えば大企業の人事担当とかに聞いてみてください。あなたの会社は、私の人生に責任を持てますか、と。

小さい会社の価値というのは、目の前の一人の学生の人生を、本気で良くするために責任を持てること。仮に優秀な学生が全力でコミットしてくれた場合、僕はその学生の人生を誰よりも高いところまで持っていくってことに責任を持ちたい。なぜかというと、その学生が成長して日本一にならないと、採用した僕も日本一になれないわけだから。それくらいの覚悟を経営者が持っているか、見極めた方がいい。僕が学生だったら、「この会社死ぬまでやる覚悟ありますか?」って経営者に聞くと思います。


柴田さんは、自身のnote「学生に、嘘はつくな」でこう語った。

僕は学生に本当に思っていることを伝える人にならなければ、という使命感に駆られました。このミッションを全うするために、そして事業面でも計り知れないポテンシャルを秘めた仲間を増やすために、金銭的コストも労働力としてのコストも、どちらもかけて本気で挑もうという大きな決定を、代表の堀江と下しました。
ちゃんとリアルを話してあげないとその子がしんどくなる。そういう子は、難易度の高いところに飛び込みたいなら他と違う方法でぶっ刺しにいかないといけないはずなのに。キレイゴト言うなと。

過去、一緒に仕事をしている北野も以下でゴリラを例に「覚悟」について書いている。言葉は違えど、主張の内容には共通するものを感じる。

山田孝之さんも以下のインタビューで、「死なないなら、やってみる」と言っている。はたから見ると狂ってるように見えるものは、覚悟が決まっている人からすると至極当然で合理的な言動だったりするのだ。

覚悟を持てるとでかい。簡単に持てるものではないが、持てるとめちゃくちゃ強くなれると思う。しょーもないことでいちいちビビらなくなる。

▼夢から覚めない生き方

2人は、めちゃくちゃ青臭いことを、めちゃくちゃ真っ直ぐな目で言い続けた。

やはり、大人になってから人生つまらなくなる人が多すぎますよね。小さい頃は、誰もが漫画みたいな人生を期待する。でも、その夢は覚める。僕たちはそんな夢をまだ見続けている、という話です。
もちろん、みんな心の底では夢を見続けていたいって思っているはずですが、現実には夢から覚めてしまっている。社会人になって子供の頃よりワクワクしている人が何人いるでしょうか。
若い頃は夢がまだ夢であるのでいいんですが、大人になったときに夢から覚めてしまうわけです。プロ野球選手になれなかった瞬間「人生詰んだ」みたいになるわけです。でも、僕たちはまだ夢から覚めていない。

シンプルに羨ましいと思った。

昔は誰もがヒーローになりかったし、漫画のような生き方に憧れた。僕ら世代ではウルトラマンやセーラームーンは希望だった。だが、大抵の人は、夢を口にすることをだんだん恥じるようになる。夢を語ると、現実を見ろと言われる、夢を語ると意識高いねと言われる。そして夢を忘れる。ウルトラマンとセーラームーン以来更新されないのだ。

普通に生活していると、夢から覚める機会は異常なほどたくさんある。その中で、青臭いことをあれほど真剣な顔で言い続けられる状態はある種、狂気だと思うし、これは僕の大事な仲間からの受け売りだが「狂気」は「本気」の先にある。「本気」だけだしていてもそのゾーンには到底行けないのだ。


▼今の大企業はみんなベンチャーだったし、今もそうかもしれない


これはおまけだが

よく、大企業かベンチャーかみたいな話があがるが、基本的にこの「or」の議論は全く意味がないように感じている。そもそもベンチャーという概念は従業員人数だけでは語ることができないし、この手のたぐいの話は表面的な二項対立で反応量を稼ぐポピュリズムというか、メディアのいたずらでしかない。

キャリア論では、自分の次の時間をどこに投資すべきかというところに関して、アサインメントの確率論や、事業サイクルのどのフェーズによって才能開花しやすいか、今の時代のキャリアチェンジの不可逆性など、いろいろ因子がある。結果として事業ドメインがあって、組織規模がある。全て結果論だ。

その点では、柴田さんの人軸の確率論の話は、とても合理的な投資判断だと思う。

▼いろいろ書いたけれども

やはり、この仕事をしていて、意味があるなぁと思うのは、なんとなく不安が渦巻く衰退の一途をたどり始めているのこの国で

自分の人生の主人公を降りていない人たち

に出会えることだと思う。

この人種は希望でしかないし、かつて中学生の時に満員電車の中で疲れ切った大人たちを見て「サラリーマンにだけはなりたくない」と早めに、ビジネスとの距離をおいてしまった自分のような子供に、こういう「狂った大人たち」がいっぱいいるってことをこれからも届けていきたいと思う。

当然僕も、自分の人生の主人公はまだ降りたくない。そう思った。

柴田さん、有難う。




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感謝。しかし、吾輩は糞である。
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Kodai Teraguchi

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