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ホステス時代の事件簿

1年半、東京の下町でクラブホステスをしていた。当時19歳。お店のお姉さま方はだいたい28~40代くらいだったので私はダントツで若く、未熟で浅かった。加えてお酒が飲めない&業界未経験だったためお店では戦力外で、新規のお客様の相手はさせてもらえず、いつも常連さんの相手をしていた。

正直なところ、お客さんをナメていた。リアクションは大きめ、どんな話も共感してあげて、笑顔を死守すれば失敗しないだろう…そう高を括った私に声を荒げて指摘してくれたお客様がいた。

工業系の会社の社長をしていた、浅川さん(仮名)だ。浅川さんはお店ができる前からママと親交があり、その付き合いは30年以上になるらしい。週に4日以上お店に顔を出してくれる、いわば超常連さんだった。

その日も私は浅川さんの席につき、いつものように
「辛いですね、わかります~。浅川さんはすごいですね~。」
と薄い相槌を打つと、突然浅川さんが啖呵を切った
「なあ、お前に何がわかるの?俺の何がすごいの?言ってみろよ。何も知らねえくせにそんな口きいてんじゃねえよ。腹立つんだよ。」

間違いなく場が凍ったし、血の気がさーっと引いて背中に変な汗をかいた。
「あっ、すみません私未熟で、単純に浅川さん頑張っててすごいと思っただけです。不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
と丸めると、それ以上は何も言われなかった。

” そういう時はただ「へえ~そうなんですね。」でいいんだよ。”と後からママに教えられた。何か気の利いたことを、気持ちの良いことを言ってあげよう、どれも悪いことではないが、受け取り手によっては不快にさせてしまうことを学んだ。


そんなことがあった浅川さんだが、その後も席についてたのしくお話させていただいていた。そう、あの事件が起こるまでは…


ある日私が早番(19時半)で出勤すると、一人のお客様がすごい剣幕でお店に入ってきた。店に入るや否や、ママのそばに小走りで行き
” ママ、逃げられた ”
と言った。偶然お客様がおらず店内は静かだったので、私は食器を洗いながら聞き耳を立てていた。

どうやら、浅川さんには多額の借金があり、その保証人になっていた二人(ママとそのお客さん)にすべてを託し蒸発してしまったらしい。家族は?会社は?今どこで何をしているの?など気になることは山ほどあったが、私が口を挟めるような雰囲気ではなく、推測の余地も全くなかった。ドラマでしか見たことのない、大裏切りである。もしこれが本当のドラマならその後すぐヤク〇につかまって土下座させられているか、もう死んでるかのどちらかだろう。

ママお金どうするんだろう…、正直お店はそこまで繁盛しているわけではなかった。もやもやしているとママが
「最初からそういう奴だったんだよ!もう飲むしかない!」
とビールを注ぎ始めた。

え、それだけ?30年来の友達だったんだよね?当時19歳の私には衝撃かつ訳が分からなかったが、今になって考えてみるとちょっと理解できるかもしれない。

” 30年来の友達を信頼し借金の保証人になった ” ということが事の顛末なのだ。最初からこういう縁だった。絆はなかった、それだけのこと。
ママはきっと、こんな辛酸を山ほど経験してきたのかもしれない。

今この話をカフェで書いている。アイスコーヒーの入ったグラスが水滴まみれだ。私はそれをおしぼりで回し拭き、そっとコースターの上に戻して、ちょっと切なくなった。


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