地元

地元の北海道には物心がついた時から、高校までを過ごした。つまらない町で退屈だと思った。つまらない町に住んでいると、自分が損をしている気分になった。そんな町を抜け出したくて、東京の大学に進学した。

上京して早5年。東京では刺激的なことばかりで、お金や時間を使って様々な世界を見た。一生つづきそうな趣味や習慣にも出会えた。むかしはコーヒーに500円も出すなんて本当にもったいない、と思っていたが、純喫茶めぐりが趣味になった今、1杯1000円のコーヒーも自ら嗜むようになった。むかしは庭に咲くコスモスを愛でるだけで満足だったのに、今は月に一度は花屋に寄り、カサブランカを買って部屋に飾るようになった。


先日地元に帰省した時に、喫茶店に行った。Bookカフェ、なんて、東京にあっても足を運んじゃうな。予想通りの素敵な内装と、上品なオーナーがそこにはいた。常連と思しき男ひとりがお店の真ん中の席でオーナーと話をしている。

「クーラーがないと、もう厳しいね。僕の家にはもうあるけど、お店にはいつつけるの?」

今年の夏は北海道らしからぬ猛暑が続いたため、クーラーの設置を町の住民全員が考えていた。ただ、北海道の猛暑は2週間で終わるため、その2週間のために何十万もかけてクーラーを設置するかどうかで皆悩んでいた。おまけに、クーラーの設置を考えずに建設された戸建て住宅は、クーラーの空気孔が家に開いていないため、クーラーを設置するとなったら家に穴を開ける必要があるらしい。

「家に穴を開けるなんて今更....建築士さんも家に穴を開けるとそこから脆くなるって言ってたし....」

私が実家に帰った頃はまだ猛暑が続いていて、クーラーのない実家のしんどさに耐えられず、(クーラーを付けない限り)もう二度と夏に帰省しないと誓った。強烈な猛暑の東京から避げるため、北海道の実家があるのに、実家が東京の家より暑いのでは意味がない。実家が暑すぎるから避暑として喫茶店に入ったのに、その喫茶店にもクーラーがなかった。

500円のアイスコーヒーを頼んだ。それが結構美味しくて、感動した。爽やかで酸味がすっきりしていて、まるで柑橘系のジュースを飲んでいる感覚になれるアイスコーヒー。心の中の彦麿がそう言っていた。実家でもコーヒーは飲めたが酸味が強すぎて私の口には合わなかったため、その時飲んだアイスコーヒーの美味しさには余計に感動した。


店内は暑かった。こんな暑いなかで店を切り盛りしているオーナーはすごい。私だったら倒れてしまいそうだ。

「今日はのんびりしているね。〇〇さん(常連と思しき男)が最初のお客さん。みんな暑いから外でないんだね〜。」

午後4時、喫茶店が閉まるのは午後6時。いくら何でも客が来なさすぎる。

「あ、ちょっとまってて、トマトとってくるから。」

常連と思しき男が車から大量のトマトを持ってきた。

「これ、育てたんだけどもういらないから、もらって。」

スーパーのレジ袋3つ分のトマトを車から持ってきた。譲るにしても多すぎる。オーナーも困っていた。ちゃっかりその場に居合わせた私は、トマト3袋のうち2袋を持って帰ることになる。そしてお鍋2つ分のトマトスープを錬成し、2週間に渡ってそのダイエットスープを飲んだ。


私の実家でもトマトを育てている。実家の庭には少しだけ家庭菜園のスペースがあり、トマト、なす、きゅうり、ピーマンなど、約10種類の野菜が育てられている。

母は毎朝、暑い、暑いといいながら野菜の世話をしていた。

うちには猫が3匹いる。母親は猫が大好きだ。だがどの猫も母に懐いていない。母は、こんなに愛しているのに、ひどい、ひどいといいながら猫のトイレを掃除している。

私はたまに奇行をする。突然お尻を出したり、中指を立てながらダンスしたりするのだが、その姿を見るたびに母は目を隠しながら「生んでない、生んでない。違う。違う。」と言う。違うってなんだ?

先日、母が「畑の茄子がなりすぎている。近所に配る。」と言って、なっていた茄子を一つ残らず近所に配っていた。


みんな変だ。気持ちが悪い。長く退屈な町に住んでいるから、変になってしまったのか。


私は地元から東京に戻った。朝起きたらお気に入りのコーヒーを入れて、2.3杯飲む。それ以外の水分をとっていないから、お昼にトイレをする時に、トイレからほんのりいい香りがする(汚い話をごめんなさい)。

東京から帰ってすぐお花屋さんで買ったカサブランカがもう枯れてしまったため、捨てた。花の命は短いな、と思っていたらインターホンが鳴り、ご近所さんがバラをプレゼントしてくれた。ご近所さんはバラを10種類以上育てていて、花が咲くと一つ残らず切花にして近所にプレゼントしていた。


私はいただいたバラを生けたが、1週間後に枯れてしまったので燃えるゴミとして捨てた。


CB

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