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秘密のカヲきゅん8

食事のあと、カヲルは携帯ショップで新しい機種を購入した。
今まで文字が大きくて簡単に操作できるものを使っていたが、この頃は物足りなくなっていたからだ。
「いつの間にそんなにいろんなことわかるようになったの?」
ゆかり子が驚いている。
「昼間、誰にも会えないしつまらないからスマホしかやることないのよ。…とにかく目がよくなったし、書いてあることの意味がよくわかるようになったし、こういうことはすごくラクになったんだよ」
「ふうん」
するとふいにゆかり子の携帯が鳴った。
「…あ」
画面を見て、めんどくさいなぁという表情をした。
「仕事かい?」
「そうよ。海外企業のお客がいるんだけど、通訳がおかしな日本語話してて困るから帰って来いってさ」
「英語かい?」
「ちがう。デンマーク語」
「ゆかり子…わかるの?」
「少しだけね。ほら3年間出向で飛ばされてたじゃない?デンマーク行ってたからさ」
カヲルはそんなことすっかり忘れている。ゆかり子の出張の多さはずっとなので、元気でいてくれればそんなに気にしていないのだ。
「デンマークねぇ…どこにあるのかすらわからないよ」
「すんごく遠くて寒いとこだね…じゃあ母さん、帰り道わかるね?あたし、仕事行くからさ」
「わかったよ。いってらっしゃい」
「行ってきます」
ゆかり子は颯爽と立ち去った。歩くのが早くてあっという間に見えなくなった。
カヲル子はモニター申し込みの書類の入ったトートバックを肩に掛けなおすとショッピングモールをフラフラすることにした。遠くからセンター祭りのカラオケ大会の歌声が聞こえてくる。
(ちょっと行ってみようか)
なんとなく仲間たちの様子が気になってそちらにむかって歩き出した。この頃は服や聞きたい曲の好みがだいぶ変化していた。体が若返ったせいだろうか。今までほとんど興味のなかった「アニメ」や「マンガ」にも反応するようになり、見ると面白いと感じるようになっていた。ちょうど本屋の前を通りかかった。店頭には今月発売のコミックや雑誌が並んでいた。
(…続き見たかったやつだ)
カヲルがとある雑誌を手に取ろうとすると
「あああああっ!」
とすぐ横から大きな声がした。びっくりして手が止まる。
「?」
すぐ横に女の子が立っていた。ポニーテールにトートバック、大きなメガネをかけている。
「あのっ、そっそれ…」
「?」
カヲルは何がなんだかわからない。
「何?…??」
「それっ、買いますか?」
カヲルが手にとろうとしていた雑誌は最後の一冊だった。カヲルはすぐに状況を把握した。
「あなたもこれ欲しいの?」
確認のためにカヲルが聞くと女の子はゆっくりうなづいた。
「なーんだ。いいよ。どうぞ。あたしはこれスマホでも見れるから」
すると女の子はバッとカヲルの手を両手で握りしめた。
「ありがとおおお!限定の付録がどおおしても欲しくて…あなたは恩人です…」


確かに今月は何とかというアニメのデザインのTシャツが付録になっていて値段もいつもより高くなっている。
話を聞けば彼女はこの付録目当てで、いろんな本屋でこの雑誌を探していたらしい。人気が高いらしく売り切ればかりで、この本屋でもう10件目だったという。
「ずいぶんがんばって探したんだねぇ」
「そりゃあもう。予約するの忘れたことを忘れてて、発売日おとといなのに…今日気づいたものだから…」
彼女は購入した雑誌の入った袋をぎゅっと抱きしめた。
「ねね、お礼にお茶ごちそうさせてよ。時間ある?」
彼女はメガネの奥の瞳をきゅるきゅるさせて言った。なんとなく親しみを感じたカヲルは
「いいの?」
と言ってついて行くことにした。




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