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秘密のカヲきゅん7

ショッピングモールでは何かの催し物が開催されていた。中央の広場には特設のステージのようなものが用意されている。何気なくそれを見たカヲルはハッとした。
(今日はセンター祭りだ)
センター祭りとは自治体と町内会などが共催して行う地域おこしのためのお祭りだ。ステージのすそにはカラオケ部のメンバーが待機していた。
「…」
すっかり忘れていたが、カヲルはこのステージで歌を発表する予定だった。
(…あんなに藤あや子練習したのに…今のこの姿じゃ出て行くことすらできない…)
窓ガラスに映るのはツインテールにパーカーとジーンズの娘だ。若返って体が自由に動かせるのは理想だったのに、なぜか切なかった。
カヲルの視線の先に峰岸不二子の姿をゆかり子は見つけた。不二子はゆかり子が幼いころからよく知っている人物だ。ごはんを作ってもらったこともある。
「もしかして、母さんも出場予定だったの?」
「うん」
「そっか」
ゆかり子は複雑な気持ちになる。あのマウスがもしも本当に原因なのだとしたら…申し訳ない気持ちになる。カヲルの生活を壊してしまったのだから。(早く何とかしなくては…)
ふたりはなんとなく会話が途切れたまま、目的のレストランまでやって来た。店内に入り、窓際の明るい席に座った。中庭のイングリッシュガーデンを眺められるいい場所だ。ここ数日あたたかい日が続いたからか一斉にバラが開花し始めていた。
「キレイな庭だね…」
「そうだね」
窓ガラスに映るのは、パッと見親子に見える二人だ。
「トモヤから聞いたよ。実家の親族ってことにするんだって?」
「そうだよ。それなら自然だからって」
「ふーん。じゃあ…名前もそのままでいっか。苗字だけは旧姓の…石川になっちゃうけど」
「名前同じで大丈夫かな?」
「大丈夫よ。親族とはいえ遠い親戚だもの。かぶることだってありえる」
「石川カヲル…ね」
カヲルはかみしめるように声に出してみた。なんとも慣れない。
そこへ、スーツの男がやってきた。カヲルはその男に見覚えがあった。店のマネージャーと以前名乗っていた人だ。
「お客さま…」
ゆかり子とカヲルにそれぞれ名刺を渡した。
「本日はお越しいただきましてありがとうございます…あの少々お話してもよろしいでしょうか?」
マネージャーは丁寧に話し始めた。
先日、カヲルとトモヤが食事しているところがホームページに1日だけ掲載されたことがあったのだが、カヲルについての問い合わせがけっこうあったという。
「かなり反響がありまして…もしもご迷惑でなければモニターとして常時ホームページに掲載させていただけないでしょうか?もちろん、報酬などはお支払いさせていただきたいと考えております」
話によれば、この騒動から客足がぐんと伸びたという。
カヲルはびっくりした。ただトモヤとごはんをたべていただけなのに。
「…お母さまでいらっしゃいますか?」
マネージャーはゆかり子に声をかけた。
「い、いえ…親戚の子なんですよ」
「そうですか…」
「あの、私いいですよ」
カヲルが急に発言した。
ゆかり子はカヲルを見た。何かを決心したような表情にみえた。
「報酬、いただけるんですよね?」
「もちろんです」
「じゃあ、条件を教えてほしいです」
カヲルはどんどん話を進めていく。ゆかり子は額に汗をかき始めた。
(おいおい…大丈夫なのか??)
マネージャーはカヲルになにやら大きな封筒を渡すと会釈をして去って行った。
「…ねえ大丈夫なの?引き受けちゃって」
「まだ決まったわけじゃないよ。なんていうかさ、社会に参加したくなったんだ。家にひとりぼっちでいてもつまんないし。友達にも普通に会えなくなっちゃったしね」
カヲルはツインテールを揺らして頬杖をついた。もう以前の母の姿ではなかった。ゆかり子はうなづいた。
「そうだね。もうどっからみても若い子だからね。いいんじゃない?あとはトモヤが納得してくれれば…」
「あ、忘れてたよ。トモヤが何ていうかな…」
「あいつ意外と保守的だからね」
「そうなんだよ。心配性だしね」
2人はスパゲティーを食べながら笑った。イングリッシュガーデンのバラが午後のやわらかい陽ざしに照らされている。




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