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樹堂骨董店へようこそ⑱

那胡はほうづき屋の「もののけタクシー」を呼ぶつもりで、夕暮れに沈みかけた桜杜神社の前の大通りにでてきた。
大通りとは言うけれど、ここを通るのは登山口に行くか神社に用のある者だけだ。だからこんな時間にはもう誰も通らない。ところどころ切り立った斜面などが混在していて、民家もほとんどない。

神社の境内のすぐ横には、樹堂骨董店がある。
ここは、那胡の父であるイツキが店主だ。表向きは骨董と土産物屋がメインだが他にもこまごました仕事をしている。店先は格子のガラス戸になっており、その前に赤い布を敷いた長椅子が置かれ、その傍らにまだ若い桜の木が植えられていた。すっかり葉の落ちた枝にいくつも小さいランプがぶらさがっていておしゃれになっている。淡い灯りが暗闇を切り取って幻想的だ。

那胡は桜の木の前でスマホをとりだした。その時、誰かの気配がした。
足音もしてないのに、誰かがこちらに向かって歩いてくる。
背が高いスーツ姿の男性だった。いくらか赤みがかった瞳をしている。那胡はびっくりして思わず凝視してしまった。
男性は那胡に軽く会釈をすると店の中へ入って行った。
(…あたし、この人知ってる。誰…だっけ?)
もののけタクシーを呼ぶことも忘れて、ガラス戸から店内をのぞいた。レジのところにいる女性と会話をしている。
(あれって…りんさん?…りんさんだ!)
幼いころにたくさんお世話をしてもらったことのある女性であり、イツキの部屋に飾られた肖像画の人でもあった。話が終わったらしく、りんはカウンターに座り、男性は店の奥へと消えて行った。

那胡は気が付くと、神社の社務所へと走っていた。
門は閉まっていたが、生け垣がちょっとだけスカスカになっている場所があってそこから入れるのだ。
「七緒ちゃん!」
戸締りを終え、母屋へ帰ろうとしていた七緒に運よく遭遇した。
「那胡…?どうしたの?」
さきほど那胡の気配がしていたのは間違ってなかったなぁ…と七緒は納得した。
「りんさんが樹堂で働いてる!あと、知らないんだけど知っている男の人もいた!」
「???…何言ってんの?」
意味不明の説明だ。あわてていることだけは理解できた。
「明日さ、めんどくさい出張があるからちょっとだけだよ?」
「あっ、ごめん…」
「いいよ、おいで」
七緒に手を引かれて那胡は母屋へとむかった。幼い頃もよくこうして手をつないで七緒の家に遊びに行ったことをふいに思い出した。



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