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樹堂骨董店へようこそ22

七緒は毎月開かれる東海支部定例会議というローカルな会議が好きではない。
同県内の代表が集まり連絡、相談、応援要請などしその内容を上層部へさらに報告するものだ。会議の内容は六割がご機嫌伺いや挨拶などだ。この会議は神主などの役職を持つものが行くのだが、七緒の兄は
「ごますりは得意じゃないんだ」
と言って行きたがらない。実際に兄の仕事も割と多いこともあって七緒が仕方なく参加している。
本来の代表者である七緒の父は全国の管理人のいないところや規模が小さくて手の回らないところへ一年中出かけていてほぼ不在だ。
でもちゃんと土日祝日にはどこからか帰ってくるというナゾのライフスタイルだった。

竹林に玉砂利の敷かれた日本庭園が見える座敷には穏やかな空気が流れていた。殆ど会議は終わり、懐石弁当が配膳されて、食事をしながらの歓談の時間になっていた。
「七緒さん、お兄さんは元気ですか?」
四十代半ばくらいの白髪交じりの男が話しかけた。この男はかなり遠方から来ている。七緒が会議に参加し始めた時からよく声をかけてくれている。名前は林という。
「はい、元気にしています」
「もう…一年くらい見かけていないね」
「兄は会議が苦手で、たいていは出ません」
七緒は苦笑した。林は外に視線を向けた後いくらか目を細めた。
「そういえば…あなたの叔父さんにあたる方で、イツキさんという方がいらっしゃるでしょう?」
林はお茶をゆっくり置いた。神社に全く関連のないイツキの名前が出てきて七緒は少し驚いた。
「ええ…ご存じなんですか?」
「ずいぶん前から知っているよ…彼は元気にしているかい?」
「最近はしばらく会っていませんが、おそらく元気だと思います」
七緒はそれとなく濁した。
「そうですか…」
「お知合いですか?」
「いや、知り合いではないんだが、見かけたことがあってね」
七緒はイヤな空気を感じた。
「私が彼を初めて見たのは子供の頃、初めて桜杜に行った時なんですよ。先日、あなたの神社に久しぶりに書類を届けた時に、彼にそっくりな人を見かけましてね、その時もやはりイツキさんと呼ばれていたので、すぐに彼だとわかりました。でもおかしいんですよ…」
林は七緒の顔を見た。
「年取っていないんですよ。同一人物ならもう七十才くらいのはずなんだが、私が子供の頃に見た時のままの若さだったんですよ」
林の言葉を聞きつつも、七緒は表情一つ変えなかった。
「そんなこと…あるんですか?」
「あなたなら、会うことも多いと思うからどうなのかと思ってね」
林は優し気な表情で七緒を見ている。でも目の奥は機敏に七緒の様子を観察しているのがよくわかった。
「さぁ、私にはよくわかりません。イツキさんは神社とは関係ない仕事をされていますからほとんど会いません」
「そうですか…」
林はそれ以上詮索してはこなかった。

林との会話以外はいつもどおりで会議は解散となった。
「だからこういうのって好きじゃないのよ…」
誰にも聞こえない声でつぶやくと伝票をレジの店員へ渡した。七緒は東海支部の会計担当なのだ。

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