見出し画像

シャルル 第3話【創作大賞2023・イラストストーリー部門応募作品】

第3話「玲奈。一番大切な事は何かしら」


  
 その中学校は本当に都心のど真ん中にあった。
 
 私は比較的田舎育ちで、広い学校に通っていた、だから都心の狭い学校を見ると窮屈なんだろうといつも思う。
 
「私と玲奈れいなは別の中学校だったから、2人で中学校に来るのは初めてだね」愛菜あいながはしゃぎながら言った。
 
 勿論私は無視する。
 
 学校の正門前で、メフィストの構成員が立っていた。
 
「死神だな。よろしく頼む。本部は空き教室を借りて中に作っている。これを首に掛けてくれ」そう言って、メフィストの構成員は私に名札を手渡す。

「さすがメフィストさん」私は素直にそう言った。
 
 空き教室に敷かれた本部には5名のメフィスト構成員がいた。そのうち2名は見覚えがあった。おそらくどこかの案件でバッティングしたんだろう。
 
 お互いに、普段は殺し合い、しのぎを削る仲だ。それでも私達プロは眉一つ動かさない。
 
「えええええ!?こいつ死神ですよ!岩崎いわさきさん!殺しましょうよ!」見覚えのない若い男が言った。
 
「えぇ…」私はドン引きしてしまった。
 
 岩崎と呼ばれたメフィストのメンバーはその男を軽く殴って言った。
「すまない。死神。こいつは八頭司やとうじと言うんだが、新入りなんだ。まだ業界のルールに疎くて…気を悪くしたなら許して欲しい」
「別に構わないけど…。結構ヤバそうな案件だけど新入りとかいて大丈夫なの?」私が言った。
「ああ。こいつはほとんど見学だ」岩崎が肩を竦めていった。
  
「あはははは。こいつ面白いね。せっかく玲奈が『私達プロは眉一つ動かさない』ってドヤ顔決めてたのに」愛菜が笑いながら言った。
 
 うるせぇな。
 
 私はそう思ったが、メフィスト達がいるから何も言えない。
 
「それより情報ちょうだい」私が言った。
「ああ。護衛対象者は3年2組に所属している。名前は花村はなむら瑠璃るりだ。身長は148cm。体重は43キロだ。これが顔写真だ」岩崎はそう言うと私にスマホの画面を見せる。
 
 可愛らしい女の子だな、と私は思った。
 
「誰が命を狙っているのか、どこの殺し屋に依頼しているのか、何も分かっていない。依頼主は彼女の祖父だ。中々の権力者で、仕事で恨みを買うこともあるそうだ。まだ断定できていいながい、その辺りから脅迫文が届いたのだろうと言っている」岩崎が言った。

「なんで学校来てんの?どっかに匿ったほうがよくない?」私が尋ねた。
 
「依頼主からの強い希望だ。それに学校関係者は洗ってある。こちらの方が都合がいい」岩崎が言った。
 
 なるほど。
 
 相手がプロの殺し屋ならターゲットや業界の者以外は無闇に殺さないだろう。そう考えたら大量の中学生がいる学校での護衛はデメリットばかりではない。
 
「一応様々な護衛プランを携えている。情報共有が必要なら説明するが」岩崎が言った。
 
「いや。私はプランに入ってないんだろ?だったら好きにさせてもらう。拙い連携よりそっちの方がいいでしょ」私が言った。
 
「そうだな。そうして貰えると助かる。必要なものがあったら何でも言ってくれ。こちらで用意する。君の視点から穴があったら教えて欲しい」岩崎が言う。
 
「あーい。じゃあ校舎見てくるわ」私はそう言って立ち去ろうとする。
 
「ああ。待ってくれ」岩崎が言った。
 
「君は臨時の養護教諭ということになっている。これを着てくれ」岩崎はそう言って白衣を取り出した。
 
 私は肩を竦めてそれを羽織る。
 
「似合うね〜かわいい。お医者さんみたい」愛菜がはしゃいで言った。本当に私の深層意識なのか?と疑問に思う。
 
 今度こそ私は教室を出た。
 
 

 私の持論だが、学校はどちらかと言うと殺しに適している。
 確かに余計な人間が多いのは殺する上ではデメリットだ。ターゲット以外を巻き込まないように注意しなければならないし、目撃されるリスクも高くなる。
 
 だが、人が多いということは紛れ込みやすいとも言える。比較的閉塞的とはいえ、学校には一日何名も様々な人間が往来する。それに紛れれば殺しは容易い。
 
 今回はその辺りはメフィストに任せれば大丈夫だろう。プロの護衛だから、そういった対策は私なんかよりよっぽど得意なはずだ。 
 
 次に気をつけるべきなのは、学校は侵入経路が多いというところだ。
 
 塀に囲まれてはいるが、そんなものどこからでも突破できる。それに万が一の避難の為に校舎にはいろんな所に出入り口がある。それがそのまま侵入口になる。
 
 どちらかと言うと私はこっちを洗うのがいいだろう。
 
 既に、周辺や学校の間取りの二次元の地図はメカオタに送ってもらっているので、頭に入っている。私はいつも、現場を歩きながら脳内でそれを三次元の空間マップに置き換える。

 これには様々な利点がある。例えば射線が通っているか、もしもの時の脱出をどうするか、どこで叩けば有利か、それらがまとめて頭に入る。組み立ても容易だ。 
 
 校舎内をウロウロ歩きながら私は思考する。物珍しそうに授業を受けている中学生が私を見るが無視する。
 
「さてと。まずは最優先事項からだね。玲奈」幻覚の愛菜が言った。
 
「ああ」今度は私は素直に返事をする。愛菜が出てくるのは最悪だが、メリットがないわけではない。愛菜は私の深層意識で感じてる違和感等を言葉に出して教えてくれる。私が心の奥底で思っていることにも関わらず、毎回驚く様な視点で話してくれる。
 
「優先事項は何かな」廊下をぴょこぴょこ歩きながら愛菜が私に言う。高校時代、授業を全く聞かなかった私が落第するのを防ぐ為に愛菜はよく私に勉強を教えてくれた。今の私の知識や思考の礎を築いたのは愛菜だ。
 
 殺しの師匠も、先生としてあれこれ教えてくれたわけではない。
 
 そう考えたら、人生で先生と言えるようなやつは愛菜だけだ。
 
 だから、私の深層意識は愛菜を幻覚として出現させ、深層意識では感じ取っているが、気づけていないことをを教えてくれるのかもしれない。愛菜に教わるのが一番しっくりくる気がする。
 
「護衛対象である花村瑠璃を狙う殺し屋を先に殺すこと、かな」私が階段を登りながら言う。校舎は4階建てで、その上には屋上があった。
 
「違うよ。それがベストだけど最優先ではない。敵が複数で同時に攻めてきたら玲奈でも厳しい。最優先は瑠璃ちゃんの逃走経路の確保だよ」踊り場の手すりに座った愛菜が両足をパタパタと振りながら言った。
 
 確かにそうだ、と私は思う。勿論メフィスト達が様々な状況に対応した脱出手段を用意しているはずだ。それでも何らかの理由で私が瑠璃を逃す時があるかもしれない。
 
 頭のマップをぐるぐる回して逃走経路を組み立てる。
 
 花村瑠璃がいる3年生の教室は2階にある。3年は3組まであるようで、真ん中に位置する。廊下の両脇に階段がある。それらが使えなくても、渡り廊下を抜けると実習棟と言われる別の校舎にでれる。
 
「上階での逃走だから下に降りるのが定石だよね?でも階段はいくつもあるけど、待ち伏せのリスクを考えたらあまり使いたくないかな」愛菜が言った。
 
「だからって、上に逃げても屋上に出てもただの袋小路でしょ?花村瑠璃の体重を考えたら抱き抱えて飛び降りるのは得策じゃない」私が考えながら言う。

「屋上じゃなくて、3階の窓から渡り廊下の上に出ればいいのよ」愛菜が笑顔で諭すように言う。 
 
「そこからなら、校舎裏の倉庫に着地できる。あとは塀を伝えば中学校は脱出できる」
 
 私は脳内のマップをぐるぐる回して思考する。愛菜の言う通りだった。
 
 いつもどうして、私が辿り着かない考えに、私が作り出した幻影が答えるのか分からないが、そのおかげで私は難しい案件をいくつもこなしてきた。結果、死神なんて大層なあだ名をつけられるまでになった。
 
 利用できるのものは全部使う。
 
 勿論、高校の時の親友が幻覚になって出てくるのは不服だけど。
 
 その後も私は校舎を歩き回りながら、作戦の細部を詰めて言った。メフィスト達の言う通り、立地や条件はそれほど悪くない様に感じた。
 


 丁度昼休みの時間になったので、私は本部に戻った。
 
 本部には岩崎と八頭司が居た。
 
「どうだ、死神?奇譚ない意見を聞かせてくれ」岩崎が言った。
 
 私はタバコに火をつける。
「悪くないね。うちレベルの組織が集団で襲ってくるとかでない限りは守れるんじゃない?」私が言った。
 
 岩崎は頷く。
「我々も護衛対象が学内にいる場合は安全だと見ている。一番危険なのは自宅等への移動の時だ。先にそちらを確認するか?希望するならうちのものが案内するが?」岩崎が言う。
 
「そうだな…。経路と簡単な護衛シフトは送ってくれると助かるが、私は何かあった時にすぐに護衛対象の元にいけるようにしておきたい。だから案内はいらないかな。それにこの後は学校の回りを確認したい」私がタバコをふかしながら言った。
 
「承知した」岩崎が言った。
 
「あー。それと、死神」岩崎は言いずらそうに口を開いた。
 
「うちのボスの希望なんだが、うちの人員と行動を共にしてくれないか?何かあった時に意思疎通がスムーズになるし、連携を取らざる終えない状況も考えられる。その時うちの考えが分かるものが側に居た方がいい」岩崎が言った。
 
 ふむ。と私は思考を巡らせる。
 
 本当は1人の方が動きやすいけど…。
 
「別に構わないよ」私が言った。
 
 今は仲間同士だし、チョロチョロ私が動くのをよく思っていないやつもメフィストにはいるのだろう。同じ案件の護衛同士、対等な仲とはいえ、場を仕切っているのはメフィストだ。実質的に私はサポートにすぎない。
 
 気は進まないが受け入れよう。
 
 岩崎は感謝を述べると八頭司に言った。
「お前が死神につけ」
 
 うん?と私は顔を顰める。
  
 それは、ちょっときな臭くなってきたな。
 
 さっきも言った通り、ここで私に実質的な見張りをつけるのはしょうがないと言える。
 
 だけど…。
 
「ちょっと怪しいね。八頭司はプロに成り立ての半人前。この業界のプロは例え普段は殺し合う仲でも、同じ仕事を受けている時は互いに信頼しあって事にあたる。八頭司にそれができるか分からない」愛菜が言った。
 
 私の深層意識も警告を出しているらしい。
 
 それに、八頭司を警戒する理由はもう一つある。
 
 なぜ私達プロが敵対関係者と互いを信頼し合えるかと言うと、業界の鉄の掟があるからだ。
 
 案件で味方になったものの命を奪ってはならない。
 
 もし破れば、ルールを犯した人間が所属する組織の関係者全員が、全ての殺し屋、護衛に命を狙われることとなる。
 
 殺し屋の世界なんて、なんでもありと思われがちだが、このルールが抑止力となっているおかげで、表の世界よりよっぽど厳正な世界となっている。
 
 今回、私がメフィストのメンバーを殺した場合、私の会社のメンバーは全員殺し屋に狙われることになる。

 逆も然り。
 
 だから、メフィストの中にはひょっとしたら私に恨みを持っているやつがいるかもしれないが、私を傷つけることはできない。
 
 うっかり私を殺してしまうと組織が滅びるわけだから、私以上にメフィストの幹部や構成員はお互いを見張り合う。
 
 業界の常識だ。
 
 因みに鉄の掟はいくつもある。必要以上に一般人を殺めたり、白旗を降ったものを殺したり、逆に白旗を降ったのに騙し討ちをしたり、など。
 
 全て、所属する組織と業界全体の全面戦争に発展する。

 だが、今回の八頭司に関してはその限りではない。
 
 理由は八頭司が半人前で、正式なメフィストのメンバーではないからだ。
 
 新入りに対してもそのルールを適応すると、業界が成り立たない。新人の時に誤ってルールに抵触して、そのペナルティーで組織を滅ぼす、なんてことになったら今頃全ての組織が滅んでいる。
 
 だから、半人前がルールを犯した時は、その組織がそいつの命を奪うことでノーカンにすることができる。
 
 つまり、今回八頭司が私を殺しても、メフィストは八頭司を始末すれば、全面戦争を回避することができるのだ。
 
「普通はそんなやつと組ませないよねぇ。勿論半人前と組ませてはいけない、なんてルールはないけど」愛菜が机に座りながら言った。
 
 ふー。と私はタバコの煙を吐く。
 
「構わないよ」結局私はそう言った。
 
 メフィストが何かを企んでいるのは明らかだ。
 
 だけどそれがどうした。
 
 半人前の八頭司が私を殺しても、メフィストは罪に問われない。
 
 だが、それは逆も然りだ。
 
 私が八頭司を殺しても、八頭司はまだ業界の人間ではないから許される。
 
 だったらコソコソ何かされるよりも、視界に入れておく方が安心だ。
 
 何かあったら殺せばいい。
 
 私はそう結論づけた。
 
「死神さん!よろしくお願いします!」八頭司が笑顔で言った。

「ああ」私はタバコを吸いながらそう言った。 


第4話に続く。



第4話



第1話


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?