見出し画像

【感想】2024.01.13 朗読劇「美幸」

朗読劇「美幸」

出演者 :酒井若菜+男性芸人
    (男性芸人は日替り出演。日程は下記参照)

開催場所:シアターマーキュリー新宿(東京都)

開催日時:2024年1月12日(金)19:00
              男性芸人:空気階段 水川かたまり
     2024年1月13日(土)14:00/17:00
              男性芸人:男性ブランコ 浦井のりひろ
     2024年1月14日(日)14:00
              男性芸人:かもめんたる 岩崎う大

配信期間:2024年1月25日(木)10:00~
     2024年2月8日(木)23:59

料金  :前売 4,500円/配信 2,000円

張り詰めた空気。
半生を語る一人の女。
かたわらに居る一人の男。
淡々と述べられる呪詛めいた独白。
時折混じるどこか恍惚とした声音。
耳をつんざく怒号と悲鳴。
諦念の言葉。
微かに灯る一筋のひかり。

朗読劇はおろか演劇を自主的に見に行くことが自分にとっては初めてだった。動機はもちろん浦井さんが出演する舞台だからに他ならない。
浦井さんの演技が大好きな私は、今回コント師ではなく舞台役者としての浦井さんを初めて拝見することに期待と興味が膨らんでいた。
結果、この舞台を生で体験できた自分の幸運に心の底から感謝している。


薄暗いステージ。壁のど真ん中に巨大な縦長のスクリーン。それを挟むように両側に置かれた二脚の椅子と袖机。袖机の上には水の入ったストロー付きペットボトルが1本。
舞台の上にはそれだけ。
暗転していた舞台に明かりが差すと、椅子に座る主役二人の姿が浮かび上がった。

開口一番、硬くなげやりで少々乱暴な口調。シンプルな白シャツ姿の浦井さん演じる男が気だるげに誰かの質問に答えている。
聞くうちに浦井さん演じる人物”雄星”が読モあがりという設定を知り元の為人とのギャップにほんの少し可笑しみを感じたが、そんな浅はかな印象は早々に薄れた。
浦井さんの口から普段なら到底聞くことのできないワードが飛び出してきたからだ。のっけから心臓がギュッと縮むような感覚を味わった。


朗読劇は”静”の舞台なんだなと思った。美幸役の酒井さんは身体的な動きはほぼ無いに等しく、椅子に腰を掛けたまま台本を開きぽつぽつと台詞を綴る。
浦井さんも同様なのだろうと、初めのうちは思っていた。


美幸が雄星に宛てた手紙を読み進める。美幸の思い出に呼応して大きな行書体の文字が背後のスクリーンに浮かぶ。
ほどなくして舞台が暗転。暗闇の中、衣擦れの音が僅かに響く。

そして明転。

舞台の上で、黒のジャケットを羽織った浦井さんが立ち上がっていた。
浦井さんの口から出たのは弁護士”矢島”の台詞。

極めてシンプル。だけどインパクト抜群。その姿に目が釘付けになりグッと舞台に引き込まれた。
この後、浦井さんは役に合わせて幾度もこの変身を繰り返す。

浦井さんが演じるのは矢島のみならず"美幸"以外のパート全てだった。基本的には矢島が語り部を担っていた。時には立ちあがり、時には椅子に掛けたまま法廷にて弁護を述べるかのように朗読する。

前半パートでは、矢島が弁護人として美幸の学生時代の陰惨な出来事を第三者的に語っていく。時折美幸の独白と交錯し掛け合いのようになる。
浦井さんが発する矢島の声は聞き馴染んだ声で耳にするりと入ってくる。低音で落ち着いた、明瞭で張りのあるよく通る声。その美声故に、美幸が被った下劣な描写も度々出てくるどぎつい言葉も気を落ち着けて聴いていられたように思う。

しかしその安心感は中盤から後半にかけてひっくり返され、大きな驚きへと変わった。


前半のクライマックス。美幸の一生を左右する悲惨な出来事。絶望に打ちひしがれる美幸の傍で、矢島であった筈の浦井さんが美幸の内なる声を代弁する。
その時の浦井さんが凄かった。

一綴りの台詞を発する度に、徐々に浦井さんのボルテージが上がっていく。美幸は聞きたくない、認めたくない言葉を次々と浴びせられ、絶叫をもってそれをかき消そうとするも、そこに覆いかぶさるように更に上がる声量。
浦井さんの台本を持たない左手に力が籠り、今にも自身の顔を、髪を掻きむしらんとするかのようだった。身体をかがめ腹の底から声を張る浦井さんとその熱を帯びた左手からひと時も目を離せなかった。


もう一つ印象深いシーンがある。
物語のキーマンである雄星と、その元マネージャーで現上司である村上の対立シーン。ある雄星の一言を切っ掛けに村上の長年の鬱屈が噴出し、雄星に怒声を浴びせ屈辱的な行為を強いる。そのどちらも演じるのは浦井さんただ一人。

凄まじかった。スイッチの切替え方が尋常じゃなかった。

責め立てる側と耐える側。容赦なく罵声を浴びせる男と、弱みを突かれ屈辱に塗れながら足元に這いつくばる男。真逆の二人の会話劇。しかもその応酬による切替えが間髪入れずなのだ。

村上が発する怒鳴り声は恐ろしかった。優越に酔った男がここぞとばかりにヒステリックに喚き散らし、人を見下し屈服させる。浦井さんの声が甲高くなり相手をあざ笑うように変化する。醜悪極まりない台詞と怒声の激しさに、芝居だというのに思わず委縮し身体がぐっと固くなった。
普段の柔和な雰囲気との落差が激しすぎる。見たことのない表情。

そんな浦井さんはそこに存在するもう一人の男、相対する負け犬の男にも瞬時に憑依するのだ。
床にひれ伏し恥辱に耐え肩を震わせる姿を近距離で目にし胸が詰まると同時に、目の前にいる無様な男と先ほどの下衆な男が同じ演者だということにひたすら感動した。
目を背けたくなるような嫌な情景であるにも関わらず、この一連の場面は自分の心の内に強烈なインパクトを残した。

更に雄星のその様を見て美幸がある決意を口にするのだが、それがまるで天啓を受けたかのような晴れ晴れしく明るい口調でとても愛らしかった。
が、それまでの道筋からその決意の意味するものがその表情に見合うような明るいものであるはずが無く。故に美幸のその様子が非常に空々しく不気味でグロテスクなものに映った。

最後にもう一つ。
序盤から矢島と美幸は同じフィールドにおり、矢島は弁護士として美幸に心を砕くも、美幸はその間じっと押し黙り一切の反応を見せなかった。
が、終盤矢島が初めて感情を露わにし、美幸にある確信に近い疑念をぶつけた時、やっと美幸が矢島に対して反応を見せた。
何故かその瞬間、えもいわれぬ感動が心の中に広がったのを覚えている。


最初にこの舞台は静だと思った。だが実際は、他者の悪意に曝され、自身の情念に突き動かされ、人の想いに翻弄される様を全身で演じる動の舞台だった。二人しかいない舞台上に、煮えたぎるような熱と底冷えするかのような昏く淀んだ闇が共存していた。
その熱と闇を二人の声を通して全身で浴びた結果、言葉にならない感情が胸の中に重く深くのしかかり、閉幕後しばらくの間放心し何も考えられなかった。

役者二人の真に迫る演技を身体全体で堪能した。長いようで短い、とても濃密で貴重な105分だった。
もちろん配信も買い、期限ぎりぎりまで何度も見返した。悪趣味なのは百も承知で、永遠にあの叫び声を聴いていたいと思った。
叶うなら再演を望むところだけれど可能性はほぼ無いだろう。

2024年前半、浦井さんには演劇の仕事が他にも数本控えている。これから先、浦井さんが役者として活動する場がどんどん増えてくるのかもしれない。
もし今後、演技で様々に活躍する姿を幾度となく観ることができるようになったとしても、この舞台のことは事あるごとに思い返してしまう、そんな気がする。


【余談】

配信終了後、原作本を購入。原作は舞台より更に胸が悪くなるような描写がそこかしこにあり、朗読劇はだいぶスリム化されていたことが分かって心底ほっとした。そのまま上演したら聞くに堪えない部分が多々あったろう。
雄星に関連する描写も所々カットされていたが、そこは少々もったいなかったかもとも感じた。もう少し原作通りの書かれ方をすれば、雄星に対する印象がだいぶ変わっていたのではと思う。
まあその辺は枝葉にしても、美幸の最後の独白のあたりはもう少しだけ尺が長ければ、美幸の心情に対してもっと深く感情移入できたかもしれない。正直舞台では最後の美幸の懺悔が唐突に感じて、いまいちその思いを図りきれなかった。
とはいえ全ては後出しじゃんけんみたいなもので、結局は観劇したあの時あの瞬間に感じた衝撃が全てだ。自分にとってはあの舞台が唯一無二であり、今でも胸に大事に大事に抱えている。

終わり

この記事が参加している募集

推しの芸人

舞台感想

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?