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マフィア映画のすすめ

シチリアのレモン畑の色彩を知らぬトム・ヘイゲンの憂鬱

 あまりにもその名が広く知れ渡っているためにかえって敬遠してしまう、ということがあって、僕の場合、『ゴッドファーザー』がそうだった。
 マリオ・プーゾの原作小説をフランシス・フォード・コッポラが監督した映画『ゴッドファーザー』(1972年)を初めて観たのは、ようやく大学生になってからのことだった。3時間近い長編を観終えて抱いた所感は、〈非の打ち所がない〉というものだった。まさに、圧倒された。
 
 好きな映画のジャンルを問われれば、(迷いに迷った挙句に)「マフィア映画」と答えるだろう。もともと僕は、『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)で殺し屋を演じたジュード・ロウの演技に魅せられて、洋画を観るようになった。
 名作中の名作というところでは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)ははずせない。3時間半を超える長尺の一大アメリカ叙事詩だが、一瞬たりとも飽きることがない。エンリオ・モリコーネの美しいテーマ音楽も珠玉だが、とりわけ、ビートルズの「イエスタデイ」のあの場面シーンが素晴らしい。駅の壁画を見つめるデ・ニーロのクローズアップ・ショット、からのズームアウト。一瞬にして時代が1933年から1968年へと移ったことを、背景に流れる「イエスタデイ」が鮮やかに語る。映画史における屈指の名場面だと思う。
 コーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』(1990年)も忘れ難い。マフィアの参謀を演じたガブリエル・バーンのあの物憂げな表情。〈ミラーの十字路〉へ向かう森のなかで嘔吐する彼の姿を、何度でも観たくたる。詩的な映像美を堪能できる珠玉のフィルム・ノワールだ。
 少しテイストを変えるなら、デヴィッド・クローネンバーグの『イースタン・プロミス』(2007年)はどうだろう。ロンドンを舞台にロシアンマフィアの人身売買を題材に描く本作。生々しい暴力描写もあるが、クローネンバーグ作品のなかでは、かなり観やすい部類だと思う。ヴィゴ・モーテンセン観賞用映画としてもお薦めだが、特に有名な〈サウナ〉のシーンは一見の価値がある。
 
 と、枚挙にいとまがないマフィア映画だが、そのなかにあって不朽の名作とされるのが『ゴッドファーザー』である。構成プロット、映像美、音楽、役者の演技、どれをとっても非の打ち所がなく、現在におけるマフィア(映画)のステレオタイプを確立した作品である。
 その『ゴッドファーザー』において、個人的に最も魅力を覚えるのは、ロバート・デュヴァル演じるトム・ヘイゲンだ。幼少期に孤児だったところをヴィトーに拾われ、事実上の養子として、コルネオーネ家の実子と同様に育てられる。その恩義からヴィトーに忠誠を示し、相談役コンシリエーレまた顧問弁護士として組織に尽くすトム・ヘイゲン。
 シチリアに出自を持つイタリアン・マフィアのコルレオーネ家において、出自ルーツを異とする彼がときおり見せる憂いを帯びた表情。ヴィトー亡き後を継いだマイケルに忠誠を誓いつつも、彼を組織からは遠ざけたかったヴィトーの思いを知るトム。そんな複雑な内面を抱えた男を演じる若き日のロバート・デュヴァルの姿は実に魅力的だ。
 
 トム・ヘイゲン然り、ヴィトーやマイケル然り、こと『ゴッドファーザー』における登場人物キャラクターは、裏社会での暗躍とは対照的にいずれも人間的魅力に溢れている。そう思うとき、マフィア映画とはつくづく〈ファミリーの物語〉なのだと改めて気づくのであった。

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