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インド映画『マガディーラ 勇者転生』気づいたところまとめ。(ネタバレあり)

インド映画『マガディーラ 勇者転生』をみて、インド神様が大好きなインドオタクが気づいたところをまとめてみた記事です。
昔マガディーラのマサラ上映イベントにお呼ばれしたときがあって、そこで話をした内容とちょっとかぶるところも入ってるけど、写真とか絵とかいろいろ入れてインド初心者むけに解説しなおしてあるので中身はちがうです。
ちなみにこの記事は有料ですが途中までは無料で読めます。
いろいろ詰め込んで全部で12000字以上あるので、楽しんでもらえるとうれしいです。

『マガディーラ』について

この記事に辿り着いた人はすでに知ってる人が多いと思うので簡単に説明すると、『マガディーラ』は400年前の悲劇で別れた恋人たちが、現世で出会ってさあたいへん両思いめざしてがんばれ!というみんなだいすき転生モノのロマンス&冒険映画だ。
字幕なしなら無料で配信もしてるけど、日本語字幕ありの動画配信サイトも円盤も完全版もいろいろあるので、興味がある人はどうぞなのだ。
ちなみに主人公は『RRR』のラーム・チャランさんだ。美しいまつ毛がすごいうつくしい。ぜひりんごを齧りながら鑑賞してほしい。

シヴァ神とマガディーラの世界

『マガディーラ』は、RRRよりもインドの地方みが強くて、インドの神様、とくにシヴァ神をイメージさせる要素がいろんなところに登場する。
ここでは要所要所に登場する、シヴァ神と主人公の関係からみていこう。

まず、シヴァ神というのは、ヒンドゥー教の主神のおひとりで、現在のインドではとても信仰されている。
日本ではヒンドゥー教は『ブラフマー神が創造、ヴィシュヌ神が維持、シヴァ神が破壊という三位一体』とかだいたいどの解説書にも載ってて、まあそれも正しいっちゃ正しいんだけども、今ではシヴァ教、ヴィシュヌ教みたいに分かれてて、それぞれの教義が違うというか、そんなかんじだ。

シヴァ神というと破壊神というイメージが強いのだけども、修行者の神でもあり、死を遠ざけたり病を治す優しい面もある。
なので、シヴァ神は二面性がある神様と言われている。
この絵はしろいこぶうしのナンディさんに乗ってる。
普段は穏やかなやさしいお顔で、瞑想していたりする場合もある。

ヒンドゥー教の主神であるシヴァ神。圧が強い。

インダス文明の遺跡からはシヴァに似た姿が刻まれた印章もみつかっているので、大昔からインドで信仰されてきた存在らしい。
アーリア人のバラモン教がインドに入ってきてからは土着の神々は下火になっていたけど、その後バラモン教がヒンドゥー教となる過程でシヴァが重視されるようになる。

ちなみに下の絵はナタラージャ(踊るシヴァ神)とよばれている。片足をあげ、4本の腕があり、足元には悪魔をふみつけている。
映画に登場したシヴァ神の大きな像に似ているんだけど、ナタラージャのお顔はおだやかだ。映画のシヴァ神のお顔は少々険しい。

シヴァのダンスは世界のリズムを刻む。世界を滅ぼし再生するのはシヴァのダンスだ。南インドで特に人気がある図像。片足でダンスを踊るのはなんとなくナートゥを彷彿とさせる。

舞踊王としてのシヴァ。ナタラージャ。
チョーラ朝時代のナタラージャ。
1000年くらい前に栄えた南インドで作られた像

では、荒ぶるときのシヴァ神はどういう姿かというと、こんなかんじである。三叉戟をもって敵を殲滅する。シヴァの三叉戟(トリシューラ)は世界を滅ぼすめちゃつよパワーがある。

生首を首から吊るし、毒蛇を巻いている。

墓場や死を連想させる犬を(死肉を喰らう犬はインドではあまり縁起が良い動物ではない)を連れて、髑髏の盃を持つ。
このような、世界を滅ぼそうとするほどの荒ぶるシヴァ神の姿は、バイラヴァ、あるいはカーラ・バイラヴァと呼ばれる。

こちらも荒ぶるシヴァだが、象の魔物の生皮をはいで踊る姿で
ガジャースラサンハーラとよばれる図像。めちゃでかい彫刻。

バイラヴァは敵を滅ぼすまで闘い続けるバーサーカー的な恐ろしさをイメージしてもらうといいかもしれない。手には三叉戟以外にも、剣やアンクシャ(象使いの杖)などの武器を持つ。バイラヴァとなったシヴァは、ブラフマーの頭を一つ切り落としたという物語もある。

バイラヴァが持つ物はシヴァのときとはちょっと違う。
多くの武器を持つがドクロのついた杖(ダンダ)は確実に相手に死を与えることを意味する。
実はヤマ(閻魔天)も同じダンダを持っている。ラストに骸骨を突き刺した剣が出てきたが、これはバイラヴァのドクロの杖とかぶる。
おまえを地獄に送ってやる的な意味かなあという妄想

また、カーラとは時間、暗黒。死を意味する。
時間はコントロールできない神そのものでもあり、すべてのものを必ず老化させ死に至らしめる。時間とは滅びを意味する。
つまりカーラ・バイラヴァとは、死を司る神とも言える。

シヴァは破壊神でもあり恩恵を与える優しい神でもある。
優しいシヴァは病気を治し命を助ける神様。
戦神のバイラヴァは悪魔や神々を倒す。
しかしどちらもシヴァ神の本来の姿である。

というところで。マガディーラの主人公のお名前を思い出してみよう。
主人公の名前がカーラ・バイラヴァ
そりゃあもうめちゃつよつよ戦士でしょう、名前だけで優勝!!!
ていうかカーラ・バイラヴァなんて荒ぶる神の名前そのままもらってる戦士がいたら、敵は名前聞いただけで逃げ出すでしょうな…
シェール・カーンや部下のマン・シンが名前にこだわっていたのはそういう意味もあるとおもう。

ちなみに、主人公の現代名のハルシャ(हर्ष)というのは、サンスリットで幸福とか光とか幸せとかキラキラしてるとかそういう意味の明るいハッピーな意味の言葉だ。
もうね、ハルシャって名前だけで陽キャ確定。ってくらいの明るいイメージがある。そりゃあめんどりダンスも踊るしお目当ての女の子を馬にのって追いかける。

ハルシャといえば、インドの歴史オタ的にはハルシャ・ヴァルダナ王を思い浮かべる。古代インドにはグプタ朝のあとに混乱した北インドをたった一代で統一してヴァルダナ朝を興したハルシャ・ヴァルダナっていう有名な王様がいて、めちゃつよつよだった。玄奘三蔵がインドにいった時代に王様だった人だ。

インドには、名前には特別な力があると信じている人たちがいる。
言葉には呪術的な力があるという思想だ。だから神様の名前を唱えるだけのマントラとかが重視される。名前は人生まで支配すると考える人もいる。

過去の世界を生きたバイラヴァは、バイラヴァとして散った。
だから今生のハルシャは、ハルシャとして名前の通り幸せになってほしい。
そう思うのだ。

(ちなみにカーラ・バイラヴァという名前は縁起が悪いというわけではない。むしろシヴァ神の名前だからすごいつよいお名前なのでどうか誤解なきように。現在のインドにはカーラ・バイラヴァさんというお名前の人もいる。映画の中の名前の使われ方に意味があるなあ、あの壮絶な戦いがまさに荒ぶるシヴァ神、バイラヴァだったな、と思ったという話)

有翼の獅子とシヴァ神

ウダイガル王国の象徴は有翼の獅子だ。なんかすごいかっこいい。
翼のあるライオンさん、なんとなく西洋をイメージする人もいるかもしれない。
しかし、有翼の獅子の図像は古代インドから続く由緒正しき図像であり、紀元前の仏教遺跡にもある。おそらくペルシャあたりから伝来したのだろうと考えられているが、それでもかっこいいのは正義である。

サーンチーの仏教遺跡にある有翼の獅子たち
ペルシャの影響をうけたと考えられている。

しかし、ウダイガル王国の有翼の獅子は、ただかっこいいから有翼の獅子なのではなく、シヴァ神との関係が強いんじゃないかなあとおもってる。

有翼の獅子シャラバは、シヴァの化身とされている。
こんな話がある。
あるときシヴァは、人獅子の姿をしたヴィシュヌの化身ナラシンハを有翼の獅子シャラバ(シャルベーシャ)となって倒した。という物語がある。
ちなみにナラシンハはヤバい魔王を倒した話が有名なのだが、そのあとなんか荒ぶってしまい大変だったので、シヴァがシャラバの姿になって倒した、ということになっている。このシャラバは南インドで人気がある。

物語自体は、もともとあったヴィシュヌ派の物語を、シヴァ派で上書きしたようなそんなかんじぽいなあとおもう。
下の絵は、まあ、とても伝統的な南インドの図像なので、有翼の獅子といってもちょっとイメージ違うとかもだとはおもうけど…
手に鹿さんと蛇と頭に月があるので、確実にこれはシヴァ神。

そんなこんなで、有翼のライオンさんが国の象徴なのは、やっぱり国がシヴァ神を信仰しているというイメージなのかなあとおもった。

有翼の獅子シャラバ。シヴァのすがた。
荒ぶる獅子ナラシンハ(ヴィシュヌの化身)を倒す。
圧がつよい。

パッタダカルにあるシヴァ寺院

映画の後半に登場する寺院は、パッタダカルの寺院群という世界遺産である。インド南西部のカルナータカ州にあるめちゃ有名なところだ。
パッタダカル寺院群には、大小たくさんの寺院があるが、ほぼ全部シヴァ寺院である。シヴァの聖地。
ちなみに私は寺院をみた途端に撮影場所がパッタダカルだとすぐにわかったのでヒャッハー!!ってなった。屋根の形から寺院を特定できるという日本では全く役に立たない能力が役に立った稀有な瞬間である。

こぢんまりとした大きさの寺院がたくさんある。
石を積んで作られた寺院だ。

パッタダカルの寺院について説明しだすとそれだけで何日もかかってしまうので割愛すると、パッタダカルは6〜8世紀にチャールキヤ朝の都市として栄えた場所だ。インドの寺院には北インド式と南インド式の2種類の形が発展したが、このパッタダカルには両方の形が混在する。とても貴重な遺跡。
ああー!北インド様式のあのとんがった屋根さいこう〜!

パッタダカルの寺院群。いいかんじの寺院がたくさんある。

映画の後半で、ハルシャが戦ったあとに僧侶たちの集団が「オーム ナマ シヴァーヤ」と言いながら押し寄せてきたシーン。あれはシヴァのマントラ「オーム ナマ(ハ) シヴァーヤ」で、超強力なマントラとされる。誰が唱えてもご利益あるらしい。

このマントラは、1008回繰り返せばなんかいいことあるらしくて、流しておくだけでOKなマントラがようつべにたくさんある。マントラがようつべて聴ける時代すごい。「om namah shivaya」で検索するとざくざく出てくる。

まあ今は世界遺産になってるので撮影用に特別に場所を借りただけというのはわかるんだけども、映画の設定としてはシヴァ神の聖地でハルシャが戦うってことだ。これはもうハルシャの勝利しかみえない。

過去にシヴァ神の名前を持った男が、シヴァ神の聖地で敵と戦うということだから。そりゃあ最強だよなあ!ってブチあがるところ。ブチあがって!

撮影があったゴールコンダ城

ハルシャとインドゥが両思いになってどこかの遺跡みたいなところで愛を歌うシーンがある。この歌の撮影場所になったのは、ハイデラバードのゴールコンダ城だ。ちなみにハイデラバードは映画の舞台である。ほかにも撮影地がたくさんある。

ゴールコンダ王国は、上質のダイヤモンドがとれる鉱山があり、東西の交易で富を蓄えたイスラーム系王国だった。しかしムガル帝国のアウラングゼーブ帝に目をつけられ戦争になる。
しかし堅固な要塞だったゴールコンダ城、何度攻めても落とせない。
最終的に内通者を使って内側から落とされた。

ゴールコンダ城の陥落は歴史的にはバイラヴァたちの時代よりもっと後のことだし、ゴールコンダはイスラム系の王国だけど、もしかしたらウダイガル王国のモデルというかイメージのもとになったのかもしれないね。
数年前にゴールコンダ城に行ったときの写真があるのでどうぞ。

見晴らし最高。のぼるの大変だった・・・
足元にみえる昔の街並みは廃墟となっている

ゴールコンダ城は最高に贅を尽くした美しさを誇っていたらしい。今でも一部残る細かな壁の装飾には宝石が埋め込まれている。
近い時代のタージマハルの美しさを想像してほしい。あんな感じだったはず。でもアウラングゼーブ帝はこの城を徹底的に破壊した。
廃墟となった城は何百年も放置された。

壁は白く塗られていた。さぞ美しい街だったろう。

ちなみにゴールコンダ王国は、その後英国統治下ではニザーム藩王国となる。みんな大好きあのRRRのニザーム藩王国だよ。

1600年ごろのインド、どんな世界だったか。

『マガディーラ』の舞台は1609年とのことだが、この時代にはインドには何があったのだろうか。
史実にあてはめると、当時は南インドのヒンドゥー教王国に、ムガル帝国のジャハーンギールが攻めてきたころである。

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