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「家族に頼れない私」自治体が支えるエンディング

(*この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年5月10日の記事です)

一人暮らしなどで家族に頼れない高齢者が増え、入院する際の身元保証や葬儀、納骨や死後事務などをサポートする事業が広がっていることを前回「最期まで安心できる『おひとりさま』の身支度とは」で紹介した。今回は、市民の「終活」を自治体が支援する、新たなサポートの形を紹介する。神奈川県横須賀市が2018年5月に始めた「終活情報登録伝達事業」(通称「わたしの終活登録」)だ。墓の所在地や遺言書の保管場所、緊急時の連絡先などの情報を希望者に登録してもらい、市が管理する事業だ。事業をスタートさせた背景には、身元は分かっているにもかかわらず、「無縁仏」として扱われるケースの増加がある。同じ課題に直面する自治体は多く、全国から注目を集めている。

倉庫に眠る引き取り手のない遺骨

横須賀市役所分館6階フロアの一角に、鍵のかかった倉庫がある。引き取り手のない、または、引き取り手を市が探している遺骨が150柱ほど一時保管されている。最終的には、無縁仏として合葬墓にまとめられる。政教分離の観点から、宗教的な供養は一切行われない。

実は、遺骨のほとんどには、名前が記された名札がついている。つまり、身元は分かっている。それでも引き取り手がないのだという。緊急時の連絡先が分からなかったり、親族と連絡がついても遺骨の引き取りを拒否されたりするというのだ。

役所内に保管している遺骨について説明する北見万幸さん=神奈川県横須賀市、筆者撮影(名前部分を画像処理してあります)

「こちらのご遺骨の女性は、お子さんのいない夫婦だったことは戸籍から分かっています。先立った夫の遺骨はどこかの墓に納骨されているはずなのですが、それを知る妻が亡くなり、妻の遺骨だけがここにある。なんとかご一緒にしてあげたいのですが」と、市福祉部主査の北見万幸さん(60)は涙声になる。北見さんは「わたしの終活登録」の生みの親だ。

身元不明遺体は、事件性がなければ市区町村が法律に基づいて「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」として火葬し、遺骨の引き取り手を探す。引き取り手がない無縁遺骨とは、以前はほぼこのケースだった。だが、今は状況が大きく変わった。身元が分かっていても火葬や埋葬をする人がいない場合、市区町村が火葬、埋葬すると法律で定められている。このケースがほとんどなのだ。横須賀市の場合、年間死亡者数約4700人(17年)のうち51人が無縁遺骨になっているが、そのうち身元が分からなかったのは1人だけだ。

全市民が緊急連絡先など11項目を登録できる

こうした事態に備え、たとえ生前に民間のサポート事業と契約していたとしても、またいろいろな地域活動などのコミュニティーに属していたとしても、そのこと自体が死後、周囲の人に伝わらなければ、連絡しようがなく、生かしようもない。どのコミュニティーにつなげばいいのか。それさえ分かれば、無縁遺骨になる危険性は減るのではないか。そこから発想したのが「わたしの終活登録」だ。

横須賀市役所=筆者撮影

この制度では、希望する市民なら誰でも終活に関係する情報を市に登録できる。身寄りが分からない市民が亡くなれば、警察や病院などから市に照会が入る。その人の登録情報があれば、市が本人に代わって病院、警察、消防、福祉事務所の4機関と、本人が指定した人からの問い合わせに対して内容を開示する。

登録できる項目は「緊急連絡先」「支援事業所や終活サークル等の地域コミュニティー」「葬儀・納骨・遺品整理・献体の登録先」など11項目。登録したい情報だけを記載し、何度でも変更や追加が可能だ。子どもや認知症の人でも、親や後見人らが代理で登録できる項目もある。18年度末現在、120人が登録する。

ベッド下にあった遺書を無事に発見

18年11月には、登録者が初めて亡くなり、遺族に登録情報が伝えられた。亡くなったのは、妻に先立たれた一人暮らしの80代男性。子どもはいなかった。男性は、友人や埼玉にいるめいの電話番号を緊急連絡先として登録していた。めいに連絡がつく。そのめいからの「親しかった人たちを葬儀に招きたいが連絡先が分からない」という問い合わせに対し、友人の連絡先を伝えることができた。さらに、遺言書の場所として「寝室のベッド下の奥にある黒いカバンの中」と登録があったことで、無事に発見できた。「家の中には金庫やタンスもあって、あらかじめ場所を知らなければ見つけられなかったかもしれない」と北見さんは言う。制度が有効に活用できることが実証された。

北見さんはこの事業に先立つ15年7月から「エンディングプラン・サポート事業」(通称ES事業)も設立している。その原点になっているのが、自宅で亡くなった79歳の一人暮らし男性が鉛筆で書いた「遺言」だ。

北見万幸さんが大切に保管する、鉛筆で書かれた「遺書」=神奈川県横須賀市、筆者撮影

<私、死亡の時、15万円しかありません。火葬、無縁“仏”にしてもらえませんか>

15万円は銀行口座に入っていて市は引き出せず、何の供養もできずに市の予算で火葬し、合祀(ごうし)墓に納めた。もしも市が本人の思いを生前に聞けていれば、望む形で葬送を実現できたのではないか――。男性はES事業開始直後に発見されたのだが、この男性のような「無念」を二度と目にしたくない。その思いが北見さんを突き動かす。

ES事業は月収18万円以下などの条件を満たす、一人暮らしの低所得高齢者を対象にした。利用者は市内の協力葬儀社と死後事務委任契約を結び、25万円(生活保護受給者は5万円)を葬儀社にあらかじめ預ける。市と業者は利用者が亡くなるまで訪問などで安否確認をし、死後は納骨まで市と業者が責任をもつ。

延命治療方針を示したリビングウイルなどの情報も市と業者の双方が保管し、必要に応じて対応する。19年4月には医療機関からリビングウイルに関する問い合わせが初めてあり、有効に機能した。18年度末現在39人が登録し、そのうち9人が亡くなった。

このES事業開始直後から、条件にあてはまらない市民からの問い合わせが相次いだこともあり、全市民を対象とした事業として何ができるかを考え、「わたしの終活登録」へと展開した。

火葬予算削減分を貧困中学生支援に振り向け

ちなみに二つの事業を合わせても、市の年間予算は約17万円(18年度)。一方、ES事業が始まったことで、引き取り手のない遺体の火葬予算を年間100万円ほど減らせた。その額を基に市福祉部は、貧困のために塾に通えない中学生を対象にした学習支援事業を16年度から始めた。思わぬ効果もあったのだ。だが、北見さんは「事業はお金のためではありません。市民が亡くなった後も尊厳を守る。それこそが目的です」と断言する。

一人暮らし高齢者の増加などを背景に、無縁遺骨は全国的な課題になっている。毎日新聞の調査では、全国の政令市で15年度に亡くなった人の約30人に1人が無縁遺骨だった。その数は全政令市で計約7400柱に上り、10年でほぼ倍増。大阪市では9人に1人が無縁遺骨だった。横須賀市の試みは注目され、多くの自治体が視察に訪れる。実際に神奈川県大和市や千葉市、三重県松阪市、愛知県北名古屋市、兵庫県高砂市などが類似の事業を始めたり、検討したりしている。

死後のことを当然のように託していた家族の機能は、いまや大きく変容している。社会でどうエンディングを支えるのか。横須賀市の取り組みは大きな一石を投じている。終活に関心を抱いたら、自分が暮らす自治体にこうした制度がないかどうか、調べてみてはいかがだろうか。

(*この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年5月10日の記事です 無断転載を禁じます)


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