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米中激突の行方-概説-

米中激突は一時休戦状態だが、継続中である。軍事衝突に至るか、米ソ冷戦のように直接的な戦闘は起こらずに終息するか、は双方の指導者の力量や軍事コントロールの状況による。いずれにしても、最終的には米中双方とも覇権国にはならないシナリオが最も実現性が高いと考える。日本の立ち回りがその後の世界に大きく影響する。


米中覇権戦争は継続中

(1)他地域の紛争激化等により一時休戦

2018年10月のペンス副大統領(当時)の「反中演説」から「米中覇権戦争」は明示的な形となった。2023年11月に米中首脳会談が開かれるなど、本稿執筆時点では表面上の対立は緩和的に見えている側面もあるが、米中覇権戦争は継続中である。多正面作戦を避けたい米国側の思惑に、米国との正面衝突を避けたい中華人民共和国(以下、共産中国)側が乗ったと思われる。
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻から間もなく満2年となる。ロシアの思惑に反して、ウクライナが短期間で全土を席巻される事態にはならなかった。一方、ロシアに対する米欧日などの経済制裁はボディブローのようなダメージを与えていると見られるが、食料・エネルギーなどを自給できるロシアにとっては致命的ではない。
2023年10月7日にはガザ地区を実効支配しているハマスによるイスラエルへの大規模攻撃を契機として、実質的な戦争状態が続いている。呼応する形でレバノンに拠点を置くヒズボラもイスラエルを攻撃している。イエメンに拠点を置くフーシ派が紅海を航行する船舶に攻撃を行っており、イスラエル・ハマス戦争と呼応した動きと見られている。ハマス、ヒズボラ、フーシ派はイランに支援を受けていると考えられている一方で、イスラエルはイランが核武装する兆しがあれば先制攻撃するとしており、イスラエルとイランは敵対関係にある。
米国はイスラエルを支援しているため、現時点で東欧、中東の二正面作戦を展開せざるを得ない状況に陥っている。一対一での戦闘であれば、引き続き米国は世界最強であると見なされているが、多正面作戦を勝ち抜くほどに軍事上の圧倒的優位性を維持しているわけではない。中露が軍事面で本格的に組むことになれば、米国一国で相対するには万全とは言えないであろう。
 
図1:地政学的に見た世界地図のイメージと世界大戦の契機となり得る紛争地域

出所:地政学に関する各種の書籍の記述及び各種報道をもとに筆者作成

なお、戦後から近年に至るまでの米中関係については、マイケル・ピルズベリー(著)、野中 香方子(訳)『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(2015年9月、日経BP社)、米ソ冷戦終結から現代、そして近未来における中露vs.日米などの民主主義勢力の動向については、北野 幸伯『黒化する世界──民主主義は生き残れるのか?』(2022年9月、育鵬社)などが詳しいので、ご関心ある方は手に取って頂きたい。また、本稿で出てくるランドパワー、シーパワーなどの地政学の用語については、「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)の「地政学の用語解説」を参照願いたい。

(2)当面の焦点は台湾

米ソ冷戦同様に、米中覇権戦争が直接軍事対決なしに終了するに越したことは無いが、軍事対決の可能性も否めないのが現状と考える。軍事衝突に至るか、米ソ冷戦のように直接的な戦闘は起こらずに終息するか、は双方の指導者の力量や軍事コントロールの状況による。
差し当たっては、台湾(中華民国)が焦点となることは衆目が一致するであろう。現在の共産中国の最高権力者である習近平国家主席は、台湾を統一することを機会あるごとに表明し、武力行使の可能性も排除しないとしている。
一方、2024年1月13日に投開票された台湾の総統選により、民進党の頼清徳氏が今後4年間の台湾の政権を担うことになった。独立宣言こそ出さないと推測されているが、台湾は共産中国とは別の国家であると頼清徳氏は認識していると見られている。習近平氏にとっては、共産中国主体での台湾統一の障害であろう。
米国では、インド太平洋軍司令官だったデービッドソン氏が2027年までに共産中国が台湾を侵攻する可能性があると2021年に議会で発言して、台湾有事が具体的な時期を伴って語られるようになった。しかし、その数か月後に米軍軍人トップのミリー統合参謀本部議長が、共産中国が台湾全体を掌握する軍事能力を持つには至ってないと発言している。一方、米軍内の台湾有事に備えた通達書なる文章がSNSに流出したという報道もある。
確実に言えそうなことは、共産中国が台湾周辺地域での軍事作戦能力を増強し続けている一方で、米軍の当該地域での軍事優位は相対的に下がっているということである。共産中国は明らかに格下と見ている相手の場合を除けば、間隙を突きつつ、いわゆる「サラミ戦術」を常套手段としている。「サラミ戦術」とは、サラミを薄く切るように少しずつ相手側に入り込んでいく手法である。現在進行形で尖閣諸島周辺にて実施している戦術であり、南シナ海では米国の間隙を突きつつ実質的な内海化を進めている。
2024年11月には米国の大統領選挙があるが、共和党、民主党のどちらが勝利しても米国内の分断は深刻になるとの見方がある。もしそうであるならば、共産中国にとっては米国の間隙を突くチャンスである。前述の米軍による共産中国の軍備増強の見方と併せ考えると、今年(2024年)後半から来年にかけては、第三次世界大戦勃発の大きな分岐点になる可能性を否定し得ないのではないか。
ロシア・ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争が継続し、台湾有事となれば、直接的には国連常任理事国の中露が当事者となる。イスラエル・ハマス戦争においては、ハマス側としてイランが関与し、イランは中露と同様のランドパワー勢力であり、中露イランは準軍事同盟のような関係になりつつある。実際、中露が主導する「上海協力機構(SCO)」にイランが2023年7月に正式加盟している(日本貿易振興機構(JETRO)「ビジネス短信」2023年7月5日より)。
いずれの戦争・有事も同じく国連常任理事国の米国が中露イランの相手側を支援する形となり、同様に国連常任理事国の英仏はロシア・ウクライナ戦争においてウクライナ側を支援している。現状で台湾有事が勃発すれば、前述した戦争と併せて、全ての国連常任理事国が各戦争・有事のほぼ当事者となる事態の発生を意味する。
邪推になるかもしれないが、共産中国が台湾侵攻を実行する事態に至ってしまう場合は、北朝鮮に韓国侵攻を促す可能性もゼロではない。このような事態になれば、大国同士が直接戦火を交えなくても実質的な第三次世界大戦と言って良いであろう。
台湾有事が現実化した場合、共産中国、米国それぞれが軍事的にどの程度関与するかで様相は大きく異なるであろう。共産中国が破れかぶれになるような国際環境にならない限り全面核戦争は生じないと思うが、限定的核使用は否定し得ない。仮に共産中国が米軍による介入の徹底排除を志向する場合、純粋に軍事戦略的に見れば横須賀が核攻撃目標の最有力候補である。横須賀の米軍基地は西太平洋の米軍プレゼンスの要(カナメ)である。

「デリスキング」ではなく「デカップリング」


軍事衝突に至る最悪の事態を前述したが、軍事衝突に至らなくても米中覇権戦争が継続する限り、日本及び世界の政治経済への影響は長期に亘ることになろう。
各種報道で既知かと思うが、米国の要請などもあり、日本とオランダで半導体製造装置が輸出管理対象とされた。経済産業省「安全保障貿易管理を巡る最近の動向」(第9回営業秘密官民フォーラム(2023年6月28日)資料)によると、「国際的な安全保障環境が厳しさを増すなか、軍事転用の防止を目的として、ワッセナー・アレンジメントを補完するとともに、半導体製造装置に関する関係国の最新の輸出管理動向なども総合的に勘案し、高性能な半導体製造装置(23品目)を輸出管理の対象に追加」(太字は出所資料では下線)したとのことである。なお、ワッセナー・アレンジメントとは、ココム(対共産圏輸出統制委員会:旧共産圏諸国に対する戦略物資統制のための枠組み)に代わるものとして、1996年7月に正式に発足した通常兵器等に関する輸出管理体制である。米国では先端的な半導体そのものの輸出規制も広がりつつある。
また、我が国で2022年に成立した「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(経済安全保障推進法)は、「重要物資の安定的な供給の確保」、「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保」、「先端的な重要技術の開発支援」、「特許出願の非公開」に関する制度を創設するものである。2023年度の補正予算では、経済安全保障上重要な先端・次世代半導体の供給網の強靱化のための予算が盛り込まれた。内外の主要な半導体メーカーが日本国内での投資を積極化しているという報道も見られる。
米中覇権戦争が激化する中、トランプ政権時代には米中による関税引き上げの応酬があり、経済的分離を意味する「デカップリング(decoupling)」が取沙汰された。それに対し、共産中国との経済関係を重視する欧州を中心にリスク低減を図りつつ関係を維持していく「デリスキング(de-risking)」という方向性が示され、2023年5月の広島サミットでも「デカップリングではなく、多様化、パートナーシップの深化及びデリスキングに基づく経済的強靱性及び経済安全保障への我々のアプローチにおいて協調する」との文言が入った(外務省ウエブサイト「G7広島サミット」「G7広島首脳コミュニケ(2023年5月20日)(仮訳)」)。
確かに、現代の世界レベルに広がったサプライチェーン、経済の相互依存の状況を踏まえれば、ある地域の完全な断絶などは現実的ではないように思われる。データを見れば、「経済安全保障、サプライチェーン再編について歴史から探る」(2023年5月2日)で示した「中間製品の輸出入依存度は高くなっている」点にも相互依存の動きは深まっている。しかし、足元の動きを見ていると、「デリスキング」ではなく「デカップリング」に歩みを進めているように見える。第二次世界大戦の契機の一つとなったブロック経済化は、現代世界程ではないにせよ相互依存関係が構築されていた世界経済を分断化した。
実物投資はもちろん、金融投資も上述してきた激化する世界情勢を踏まえて実施することがますます重要になってくるであろう。

米中激突の行方


米中覇権戦争は、ハートランドとも重なる中露を中心としたランドパワーvs.米欧日などのシーパワーの激突と見ることもできる。現在、焦点となっている激突地点は欧州の地中海と「広義のアジアの地中海」周辺地域である(図1)。
第二次世界大戦のように大国同士の軍事衝突にまで至るか、米ソ冷戦のように大国同士の直接軍事衝突は生じずに、敵対する大国の支援を受けた小国と大国の軍事衝突にとどまるかは、予言者ではない筆者には断言できない。ロシア・ウクライナ戦争、台湾有事は後者に該当するが、大国同士の軍事衝突に拡大する可能性を秘めている。
ただし、現時点でのランドパワーの核である共産中国の人口動向を考えると、21世紀中頃までにはある程度の決着が見えてくるのではないかと推測される。共産中国は既に人口減少局面に入りつつある一方で、次の人口大国1位のインドは人口増加が続くと予測されている。軍事面や経済面での盛衰に影響を及ぼす大きな要素の一つが人口である。
 
図2:主要国・地域の総人口(7月1日時点、予測値は中位推計)

出所:国際連合‘World Population Prospects 2022’より筆者作成

21世紀後半の世界の姿は様々なパターンがあり得る。共産中国がシーパワー勢力を可能な限り遠方に追いやり、現状の一党独裁のまま周辺国を支配するシナリオもゼロとは言えない。我が日本も共産中国の勢力下に入るとするならば、マンガやアニメをはじめとするポップカルチャーに恵まれた自由で豊かな社会は終焉するであろう。このシナリオを信じるなら、中長期的には日本株は買わない方が良い。
米中激突の行方という観点では、どちらも覇権国にはならないというシナリオが最も実現性が高いと考える。共産中国は現状を維持できずに、数か国に分裂するであろう。現在の共産中国は満州、内モンゴル、ウイグル、チベット、などの別文化圏を無理矢理に版図に組み入れている。これらを除いた地域ですら欧州大陸に匹敵する広さであり、様々な勢力がひしめき合ってきたのが中国大陸の歴史の事実であり、大帝国による統一が常態であったわけではない。
米国は国内の分断があまりにも大きい一方で、エネルギーの自給を維持できる見通しが立っていることから、政治資源を内向きに集中する方向となり、コストのかかる覇権維持にこだわらなくなると見込まれる。
米中激突が終焉した世界では、自由な交易を基本としたシーパワー国家群を中心に、お互いを尊重しつつ平和と繁栄を享受する世界の現出が期待できる。その際、人口減少・少子高齢化などの課題先進国かつソフト・パワーの潜在力が高い日本が、世界に対して多くの示唆を提示できると考える。このシナリオを信じるなら、中長期的に日本株は買いであろう。楽観的過ぎるであろうか。この点について論じるには、更なる紙幅が必要となるので、機会があれば別途論じたいと考えている。
なお、日本のソフト・パワーなどについては、「日本の「遊び心」再考-ソフト・パワーの積極活用-」(2023年4月12日)も参照願いたい。


20240208 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
税収と景気(2)-消費税導入、税率引上げ-」(2024年1月19日)

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