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移動式茶室「二心庵(にしんあん)」

日本の茶室文化を現代版に進化させた建築

コンセプト設計から10分の1の模型を作成するまでに半年。そこから原寸となる茶室の骨組み、大枠制作に半年。障子や扉といった建具など、技術的に難しい細部の仕上げとしてさらに2年を費やし、着工から3年目に移動式茶室「二心庵(にしんあん)」は完成しました。

制作を手掛けたのは、デザイナーの片山勝彦さん。

移動式茶室はもともと、東京芸術大学大学院の修了制作でもありました。この制作をきっかけに、ライフワークとして、もっと多くの移動式茶室を作ることに意欲を燃やしています。

コミュニケーションツールとして

当時を振り返り、片山さんは、こう言います。

「さまざまな人が関わる場として制作しました。科学ばかりが発展して文明は進化しましたが、その国の文化や人の心の豊かさが犠牲になっているように感じています。このプロジェクトは、日本の文化をもう一度見直すことを目的としているので、茶室の作りや形としては目新しいものではありません。この茶室を現代のコミュニケーションツールとして、人と人との距離を近づける場になればと思っています」

移動も分解もできるポータブル茶室

茶室の実物は、高さ2メートル70センチメートル、1メートル48センチメートル、内部は1.25畳となっています。幅と全長は軽自動車のサイズと変わりません。

車輪が付いているので移動できるのはもちろんのこと、分解できる点も作者のこだわりです。

「日本には分解することのできる木造建築文化があります。先人の築いた建築文化を研究し、制作にも活かしました」と片山さん。

現在は片山さんのお住まいの車庫に保管されていますが、全国どこへでも持って行くことも可能です。

天井には3種類の網代と障子も

「二心庵(にしんあん)」という名前の通り、当初は2人用スペースとして開発されましたが、実際には5人まで入ることが可能です。この茶室でお茶会も催したことがありますが、内部は想像よりも空間に余裕を感じることができます。

ご覧のように、障子や小窓が至るところに配置されており、陽の光が正面・横・天井部分から射し込むようになっています。

天井にも注目です。
最も制作に時間を費やしたという3種類の「網代」が施されています。

突き板を短冊状に切った美しい網代。ちょうど客の頭上に配置された網代は、ウォールナット(胡桃から採られる木材)で作られています。

集落で助け合う「結」に影響

茶室の軸となる木材には、日光杉が使われています。倒木しない限り伐採できない木材のため、大変貴重な材料です。

「昔から木造建築を見るが大好きだった」(片山さん)

片山さんの母親の実家である青森県八戸市の集落は、かつて木造建築の家屋がたくさんあったそうです。

集落の中の誰かの家を修復、建築するときは、皆で助け合う「結(ゆい)」の制度により、集落の皆が集落の家の構造を知っていました。

少年時代、そうした文化を身近に体験する機会があったことから、大工仕事に影響されたと言います。

移動式茶室を制作する際には、芸大の「こびけん(古美術研修)」という授業を受け、普段はなかなか入ることのできない日本各地の茶室を見学。利休の待庵(たいあん)など有名な茶室は一通り足を運び、研究を重ねたそうです。

ところが実は片山さん、専攻・研究科目は木工ではなくグラフィックデザインでした。
大学1年生のときに木工のクラスを受けたことで、本来好きだった木造建築への想いが徐々に湧き上がってきたのかもしれません。

やがて木工制作に掛ける執念は、移動式茶室の設計図50枚に込められていったのです。

広がる茶室の用途と楽しみ方

移動式茶室の使用例と楽しみ方について、聞いてみました。

1. 茶室は車の駐車場スペースに入るサイズなので、都心の外でもお茶が楽しめます。
2. 茶室の壁は取り外し可能なので、使い方に合わせて壁を作り替えて入れ替えることもできます。
3. たとえば、外壁をモニターに入れ替えてミニ映画館として
4. 地域単位のコミュニケーションツールとして人と人との交流機会を創出します。
5. たとえば、保育スペースとして
6. たとえば、会議スペースとして
7. 演奏などの舞台装置として

このように、お茶を点てるだけではなく、茶室という空間を利用して、多くの用途を考えています。

「売って欲しい」と言われることもあるようですが、もっと大きな構想の実現に向けて必要なため、手元に置いています。
「移動式茶室を10個作って、それらを庭や広場に設置し、訪れる皆が利用できるカフェやイベントスペースとして活用したいです」

日本の木の文化を新しい形としてアレンジし、世界に発信する日を夢見て、片山さんの想いは膨らみます。

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