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アイヌ伝統工芸家の「伝統に忠実な生活工芸品づくり」

昨今注目を集めるアイヌ伝統工芸と継承活動の今

「お盆づくりが好き」と話す彫刻家の水野練平さんは、北海道白老町に住むアイヌ伝統工芸家です。

アイヌ工芸への関心は昨今、高まってきています。背景の一つには2013年3月、北海道日高振興局管内平取町のアイヌ民芸品「二風谷イタ」と「二風谷アットゥシ」が、国の伝統的工芸品として北海道で初めて経済産業大臣の指定を受けたことにもあるでしょう。

伝統的工芸品の指定には、以下の条件があります。


・主として日常生活で使用する工芸品であること
・製造工程のうち、製品の持ち味に大きな影響を与える部分は、手作業が中心であること
・100年以上の歴史を有し、今日まで継続している伝統的な技術・技法により製造されるものであること
・主たる原材料が原則として100年以上継続的に使用されていること
・一定の地域で当該工芸品を製造する事業者がある程度の規模を保ち、地域産業として成立していること

100年以上の技術・技法が証明され、かつ100年以上継続的に使われている工芸品であり、一定地域で制作できる体制が整っているという厳しい条件をクリアしなければなりません。ちなみに、全国では230品目(2017年11月30日現在)が国の伝統的工芸品として指定を受けています。

水野さんが工房を構える白老町は残念ながら上記の条件に満たないため、地域産業として国の伝統的工芸品としての指定は受けておらず、水野さん自身は個人のアイヌ工芸家として活躍されています。

好きなものを自ら探求

水野さんは2011年、アイヌ文化振興研究推進機構に「アイヌ伝統工芸家」と認証されました。毎年開催される同団体主催の「アイヌ工芸作品コンテスト」で、北海道全土から多くのアイヌ工芸家が作品を出品される中、3年連続で優秀賞に輝いたのです。

もともと水野さんは工芸家や彫刻家の家系に生まれたわけではありませんでした。

地元・北海道の大学を卒業後、白老町の財団法人アイヌ民族博物館に就職したのがきっかけでした。
博物館はアイヌ文化体験ができる施設で、アイヌ文化の保存・伝承を行っています。 現在はリニューアル建設のため閉館中で、2020年4月に国立アイヌ民族博物館として再オープンを予定しています。

この博物館では、観客の前でアイヌ古式舞踊が披露されます。水野さんも入社後、踊りで身に付ける「エヌシ(刀・帯刀・太刀)」を与えられました。しかし、「それがあまりイケていなかった」と当時を振り返ります。もっといいものを身に付けたいと自ら作り始めたのが、アイヌ伝統工芸家を志すきっかけになりました。

基本に忠実でありたい

「自分は伝統に忠実に、資料通りに作っている」という言葉通り、水野さんは当時の職場である博物館が所有する資料を徹底的に研究したそうです。

文様(デザイン)、設計にも自らのアレンジは加えません。「伝統に則って作るのが好き」と話します。

水野さんの作るアイヌ伝統工芸は、お盆が中心で、どれも繊細で緻密なものばかり。資料に基づき、基本に忠実であることが、品質の高さを証明しています。使う材木は、カツラやクルミ。仕上げは煤と油のみのシンプルなものです。

水野さんは1977年生まれ。伝統工芸の世界では若手工芸家に分類されます。アイヌの工芸を今に伝えられるのも、貴重な資料を研究され、複製品を再現できる技量・技術があるからです。

一方で、全国では伝統工芸と呼ばれる品目でも、産業体制はありながらも技術をきちんと継承されているのか疑問に思う事例も目にします。水野さんのように博物館に勤めた経験があり、日々の生活の中で詳細な資料に触れられる機会があったことで、「地域産業」としては成立していない白老町であっても、個人工芸家が伝統文化の工芸を次世代へ伝えているのです。

伝統工芸に関する資料の作成や保存活動は今後、全国的にも力を入れて取り組むべきことだと改めて感じました。

名人である師匠からの評価

博物館の資料を参考に彫刻を始めた水野さんですが、“師匠”と呼ぶ人がいます。

北海道浦河町で、工芸活動と工芸品の販売の他、狩猟を生業にする民具なども制作している浦川太八氏です。
マキリ(小刀)の制作を得意としていて、北海道ウタリ協会優秀工芸師にも認定されている名人です。

「浦川さんは面白い人。(高齢になって)”もうダメだ、彫刻刀を持てない”など言うのですが、それでも山に入って狩猟をする精力的で粋な工芸士。伝統的な作りになっていない物に対して、けっこう辛辣(しんらつ)な表現で批評します。しかし、自分が作った物については褒めてくれました」

基本に忠実な制作に対する”名人”からの評価は、水野さんの一貫性ある手しごとへの姿勢を後押ししたのかもしれません。

“現代”だからこそのこだわり

水野さんの工房は、博物館からほど近い白老町東町にあります。その風貌はおしゃれなブティック&カフェといった感じです。

この工房は2016年にオープンしました。それまでは自宅で作品作りを続けていたそうですが、制作した工芸品や世界の珍品収集、動物の剥製(はくせい)といった水野さん自身の世界観を知ることのできるギャラリーでもあります。

また、カフェとしても利用することができ、私が取材のために訪問した際、若いカップルがコーヒーを喫しながらおしゃべりに花を咲かせていたものです。

アイヌ工芸というと、茅葺(かやぶき)屋根の”チセ”と呼ばれる伝統的家屋の中で作業をするというのが、伝統文化を伝える定番ではあります。現在リニューアル閉館中の博物館でも、”チセ”でアイヌ文化体験を提供していました。

しかしながら水野さんは「伝統文化は伝えたいけれど、現代だから茅葺の下でやりたくなかった」と、工房兼ギャラリーの建築には特別な想いがあったと言います。空き家でゴミだらけだったという家屋を購入し、友人と2人で2か月かけて手作り工房を作り上げました。

白老町では毎年、「飛生(とびう)芸術祭」が開催されており、2018年は10周年記念を迎えました。この芸術祭には、当地で活動する水野さんも参加し、工房内で『Rempei Mizuno Collectivete展覧会』を予定していましたが、9月6日に発生した北海道胆振東部地震により中止になってしまいました。
オープニングイベントの「TOBIU CAMP 2018」(9月8日〜16日)には、世界的な美術作家・奈良美智氏も前年に続き参加が決定していたそうです。

白老町には若手アーティストによる「飛生アートコミュニティー」が、同町の旧飛生小学校にアトリエとして制作活動をしていて、積極的にアートプロジェクトを発信しています。この地で活躍を続ける水野さんの今後の作品も、さらに注目を集めていくでしょう。北海道白老町を訪問するときは、水野さんの工房兼ギャラリーに足を運んでみてください。

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