スミダ テツロー

ニッチな領域を求め彷徨う大学教員。 日本語教育の実践者(日本語学×日本語教育×マンガ)…

スミダ テツロー

ニッチな領域を求め彷徨う大学教員。 日本語教育の実践者(日本語学×日本語教育×マンガ)。 がんばっていきまっしょい!

最近の記事

"学び"のプロセスを振り返る

自分の外国語学習(特に韓国語・台湾華語)の経験から考えたことですが、未知の外国語を学び、習得していくプロセスは、概ね以下のような流れになるのではないかと思われます。 ①耳から聞こえてくるのは、繋がりのある"ただの音の連続体" ②(一定の文脈の中で)単語を覚え、文法を学ぶ ③少しずつ"ただの音の連続体"から語が認識できるようになり(一部の)意味もわかるようになる ④上記②と③を繰り返す中で、徐々に認識の幅が広がり推論も働きやすくなる ⑤いつの間にか、"ただの音の連続体"が"理

    • アンケート調査

      先日、Xで日本語教師の皆さんに、自分の日本語熟達度が例の参照枠でいうところのどのレベルの相当するか尋ねてみました。結果、132名の方に回答していただき、以下のようになりました。 これ、私にとっては意外な結果でした。確か3年くらい前だったと記憶してるんですが、欧州で教えてらっしゃる先生にCEFRのCレベルは母語話者でも少ないと伺っていたからかもしれませんが、日本語教師のうち約80%の人がCレベルというのはなかなかの数字です。 ちなみに某GPT氏に「CEFRのC1, C2レベ

      • メモをとる

        自分はよくメモをとります。 やり方は人それぞれでしょうし、実際にやってる方も多いかと思います。 普段の生活の中でいいと思ったことや気になったこと、突然頭に浮かんできたアイデア等々…不要になったA4紙を四分割してクリップでとめ、まずはその裏面に殴り書き。しばらく時間を置いてから見返してこれだと思ったものをノートに書き溜めていくというやり方です。 ポイントは… まず、数を出す(ネタを集める)段階があって、次にそれを整理する段階があるということ。脳内では拡散と収束、具体と抽象と

        • 実践モデル

          私の(今)考えている日本語教育実践における「現象」をできるだけシンプルに「見える化」してみました。 名付けて「日本語教育実践の専門性を"語る"ためのモデル」…長っ! ということで、略して「実践モデル」と呼ぶことにしています。 このモデルは、3年くらい前から複雑な教育現場を何とかわかりやすく捉えたいと私が勝手に考えはじめたことですが、専門性の話が盛り上がってた頃に、いろいろなところで友人や研究者仲間、他の日本語教育関係の方々(や某研究会の先生方)ともアレコレ議論させていただ

          質の向上(その2)

          研究の世界にいて良かったと思うのは、「正しさ」に対する疑いの目を持てるようになったこと。そしてそれを一応自分のロジックに従って解釈できる(或いは曖昧なままでキープする)ようになったこと。今ある「正しさ」は数年後どうなってるかはわからないし、逆に今間違っているとされているものが「正しい」とされるかもしれない。だからこそ教養(学問)が必要なのです。 特に日本語教育業界は各現場の変数が多すぎて一般化するのはなかなか難しい。なので結局個々人がそれぞれの現場で「最適解を求め続ける」こ

          質の向上(その2)

          質の向上

          当たり前のことですが、大学であれ養成講座であれ、学問から得られる学びがそのまま(教育)現場で使えると考えるのは間違っている。各学問領域にはそれぞれの「目的」がある。そこから現場で使える「知」をいかに抽出するかが大事なわけだが、それをうまく抽出できるのは現場と学問を往還している人やいわゆる勘のいい人、そして何よりも考える人なのだと思う。しかし実際のところ、ただただ「答え」を求める人がいかに多いことか。「答え」は自分で創るもの。本当に質の向上を目指すのであれば、いくら箱(制度を含

          回想

          正直に言うと、僕が大学院に入ったのは、研究がしたいとか自分の意思でというよりも当時の指導教官に「大学院に来たらどうや」と言われたのが嬉しかったからというのが一番大きかったように思う。ひょっとしたら人生における重大な決断って結局そんなもんなのかもしれない。 ロスジェネとか就職氷河期世代とか呼ばれる世代、当時は地元で中学校の先生になるかダンサー目指すかで迷っていた。大学2年の時に父が他界したこともあり、金銭的余裕もなかった。が、それを跳ね除けるほど先生の一言は大きかった。まぁ大

          α

          何かを始めるとき、僕はこの「α(アルファ)」という記号をよく使う。 「お試し」とか「どうなるかわからない」みたいなニュアンスもあるが ただただ名付けるのが面倒くさいってのが最大の理由だ。 前々から気になっていたnoteを始めるにあたり やはり最初の記事は「α」… これから書いていく内容は 研究関連のこと、日本語教育のこと、マンガ等々 雑多なnoteになると思います。 よろしくお願いいたします。