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#39.【短編】告解

大切なものを手離した。失ったのではない。掴んでいたものを、自らの意思と選択で。それなのに傷つく自分の傲慢さに腹が立つ。その資格は、少なくとも、どう考えても自分にあるはずもない。

後悔しない道を選ぶのが難しいのは、目の前にある選択肢の解釈が自分に委ねられていて、顕在化したその自由と責任を背負うことへの担保が保証されていないからだろう。いつも正しい道を示せる誰かが「あなたが選ぶべきはこっちだよ」と言ってくれたらきっと楽だけど、そうはいかない。その日に傘を持っていくかどうかよりも、ランチでパスタと中華のどちらを選ぶかよりも簡単で難しい。コインの、ちょうど裏と表の間にあるみたいだ。

やりたいことを書き出していたメモが出てきた。紙に羅列されたそれらが途端に薄っぺらく見えてきたので、グシャグシャにしてゴミ箱へ捨てた。欺瞞に流されそうな、弱くて脆い柔らかい部分。変化を実感できる自分と、目も当てたくもない自分が相も変わらず共存している。リモコンを手に取り、冷房の温度を1℃下げた。

「大切なものは失って初めて分かる」というけれど、別に失う前だってそれはそうだと分かる。分かってないフリをしているだけ。向き合う勇気が無いから。目を背けている間は考えないで済むから。それがいつまでも続かないことは分かっているのに、分かっているくせに、居心地の良さに甘えて逃げていた。随分なものだ。

部屋に一人でいるとキツかった。ベランダで酒を煽りタバコを吸う。当たり前に紛れない。シャンプーを変えた。眠りが荒い。少しこの世界から離れたい。

優しくなりたい。あなたのように。

End.


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