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えべっさん

漁師町で生まれ育った洋祐さん。
子供の頃から父親のような漁師になると心に決めていて、父親や漁師達と一緒にいる時は海の話を聞いていた。
そんなある日、聞いた事のない言葉を耳にした。

「えべっさんが近々揚がるってさ」
「そりゃいいな。稼ぎ時じゃねえか」
父親が嬉しそうに肩を回している。
「えべっさんってなに?」
「七福神の恵比寿様よ。来たら豊漁間違いなし」
「なにそれ! 僕も神様見たい!」
父親らが顔を見合わせる。
夜遅くに来るし、大人しか見てはいけない。
もう少し大人になったら教えてやると、言い聞かせられた。
海には決まり事が多く、一度大人が判断したことは覆せない。
そして禁止されることは、大体が命に関わることだった。
仕方がないと思っていたが、「今夜探しに行くか」と大人達が小声で相談しているのが聞こえてしまった。

深夜、目覚まし時計がなった。
この時間に起きたくてわざと仕掛けておいたのだ。
両親の寝室を見ると父親がいない。
そっと玄関を開け、夜の海へと向かった。

浜に着くと、懐中電灯からの光の筋がいくつか見えた。
ざっと見、十数人ほどいるだろうか。
見つからぬように海に近付くにはどうしたらいいかと考えていると。
「いたぞーー!」
父親の声が夜の海に響いた。
光の筋が一所に集まり始める。
神様を一目見たい。それで怒られても構わない。
足を砂に取られながら、一直線に走り出した。

――父親らが囲んでいたものは。

今にも崩れてしまいそうな白い水死体だった。
ぶくぶくに膨れている肉風船を見て、誰かが「男だったな」と呟いた。
漁港とは違う匂い。鼻の奥に残るえぐみに、胃の中身を吐き出した。
「おい、洋佑がいるじゃねぇか」
「仕方ねぇな。見せてやれ」
最前列に連れていかれ、改めて死体を見た。
長い髪の毛と六体の胎児が絡みついている。
赤ん坊は赤みがかった肌色をしており、電灯の光を受けてぬらりと光った。
「七福神だろ」
自分が見たかった神様は、こんなものではなかった。
なぜ禁止されたにも関わらず海に来てしまったのだろうと考えてると、涙が溢れた。

この日本海側の町で見つかる水死体、えべっさんは、男性であれば長い髪と六体の子連れで見つかるそうだ。
長い髪と胎児は翌朝には綺麗さっぱり消えてしまうそうだが、町では恵比寿様が置き去りされたと表現する。
置き去りにされた神が、この土地を豊かにしてくれるのだという。

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