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白みくじ

酉の市を散策していた時のことだった。

楓さんは贔屓にしている飲み屋へのお土産を物色していた。
食べ物がいいか。それとも熊手がいいか。
境内をウロウロしているうちに、参道と砂利の段差に躓いた。
思わず手を着いたのは、おみくじの無人屋台。
くじの入っている生年月日の枠に掴まったため、代金を入れる小箱から小銭の音がした。

「おネェさん大丈夫?」
見ると隣に鮎の塩焼きの屋台があり、焼き場から男性が心配そうにこちらを見ていた。
少し強面の体格のいい男性。
好みの風貌に、思わず顔がほころんだ。
塩焼きをお土産にしようか。ついでに話しかけようか。
そのように思案し始めると、目の前を赤っぽいものが横切った。

ちゃりん。
自分の横から着物の袖が入り込み、くじの代金を入れた。
臙脂の着物に黒いストール。上品な雰囲気の女性だった。
白く細い指先が、くじを選ぶ。
1972年4月17日。楓さんと同じ生年月日。

「はい。あなたの」
「え?」
「あなたが邪魔なのよ」

息を飲むほどに美しい、キツネ顔の女。
彼女は戸惑う楓さんを鼻で笑った。
それからくじを押し付け、人混みの中に消えていった。

残されたくじが手汗を吸うを感じた。
紛うことなく、自身の生年月日。
疑問と不安がいっぺんに胸に込み上げた。

そっと糊を剥がし、中身を見る。
が、それは白紙だった。
ハズレというべきか、アタリと捉えるべきか。
安堵に似た感覚に肩の力が抜ける。
塩焼きとおみくじの屋台の隙間に移動し、しゃがみ込んだ。

「あれッさっきのオネェさんじゃん。どうしたの」
先程の塩焼き屋の男だった。
事情を話すと、現物を見せろと言われた。
聞くと彼はおみくじ屋台の管理も兼任しているとのことだった。
タダで手に入れたもので、返金や対応は求めていない。
が、このまま持っているのも気持ちが悪い。
悩んだ末、くじを渡した。

「俺の時に必ずこういうのが出るんだよね。イタズラだと思うんだけどさ」

「ごめんね。新しく1枚持っていってよ」
男は焼き場に戻っていった。
楓さんは1972年4月17日のものを1つ取る。
中身は大吉。
病なし。失せ物見つかる。恋愛成就。旅よし……
いかにもな大盤振る舞いの内容が続き、最後に一言。

ーー私の邪魔をしなければこのように運が向く。

という手書きの言葉が添えられていた。
誰かの邪魔などしただろうか。
楓さんは心当たりがないか考えた。
目を泳がせていると、焼き場の男が目に入った。

その男越しに、あの女がいた。
こちらをギロリと睨んでいる。

彼女は慌ててその場を去った。
その後、おみくじの通り、大病もせず困り事もない1年になったそうだ。

それから数年、この酉の市で赤い着物が目に入るということが続いた。
この時は屋台の男性に目をくれず、お祭りを楽しむ。
すると1年間健やかに過ごせた。

しかし、楓さんが結婚した年からは、ぱたりと見なくなったそうだ。
彼女は変わらず幸せに暮らせているので、監視対象ではなくなったということだろう。

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