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安心安全な場所でありたい

https://diamond.jp/articles/-/206677?page=4

幡野さんの記事を読んだ。

文中に「親子の縁を切る」はせいぜい親からしか言えない言葉だった、というのがあるけれど、わたしはどちらかというと、親はそれを言ってはいけなくて子どもこそそれを言っていいのではないか、と思っていることに気が付いた。どっちも、なんか違う気もするんだけど。


安心安全な場所、であることを大事にしたいけど、たまに、子どもを追い詰めてしまう。こうでなければいけないと言われて育つとあとが苦しいから、出来るだけこうでなければいけないと言わない親になりたいとは思う。
厳しい躾というものがあるけれど、躾る側のエゴであることもすごく多い。
された躾をヒトに押し付けることにも連鎖していく。

出来るだけ子どもには、自分はどう思うか?を聞いてみるようにしている。
その上で、お母さんはこう思うんだけど、あなたの気持ちもわかるよ、と言ってみる。
そうすると、ぼくもお母さんの気持ちわかるよ、って言う。


本当に「わかる」なんてことはないのもわかってるけど、その一歩があるだけで平和だと思う。

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ダンケシェン!
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AI EHARA | 運動を科学するヒト

School of Movement®️ で様々な運動関連職種の指導者に対して身体運動の科学を教えています。 理学療法士、修士(東京大学大学院総合文化研究科身体運動科学、学位<学術(バイオメカニクス)>))。https://text.themedia.jp/

生まれた子どもと家族を作る

家族って自然にできるものなのか?と常々疑問に思っています。少なくともそこには、構成員の様々な事情や性格やそれを取り巻く社会の様子というものがあるわけで、そこが多種多様な以上、家族は「作る」ものなのではないかと。その過程の葛藤を文章にしたくて。
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