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【シェルブレイク】#1

#1

ザァッと叩きつける雨がフルヘルム越しに聞こえる。
殺人スコールは燻る体を冷やしてはくれない。雨は青や赤に輝く水溜まりを染めた血を洗い流す。死体はそのまま。誰も地中には埋めない。

「フー!」

猫が鳴いた。
そちらに振り向くと、傷ついた猫はビクッと震えて暗闇へと疾走した。
礼はない。

寄り道をしているヤツはどのくらいいるだろう。
参加した死刑囚全員がメナスが現れる場所へ向かっている筈だ。
今回ばかりは快楽や衝動に従ってもメリットはない。ただ先を越され死ぬだけ。

だが俺はそれに従うことにした。
何年ぶりかの外だった。涼しい監獄で慣れた体はじめっとした暑さを拒んでいる。体を動かすのも一苦労だが、腕は鈍っていない。
握りしめたコルト・ガバメント2061モデルの感触にも懐かしさはなかった。

「なあ、てめえ、ここでぶっ放したよな?」

背後から女の声が聞こえた。
振り返ると、衝撃が体に響いた。散弾の味。思わず一歩、二歩下がる。
ストリートパンク女が二連装ショットガンを構えていた。
女の顔が歪み、ドン、と更に一発。今度は後ろで片足を踏ん張ったが、衝撃によって体が仰け反った。骨が悲鳴を上げた。

「な、てめ……死んでねえ!?」

ストリートパンクとはかけ離れた声が耳に響く。
俺は仰け反った体を勢いよく戻して、女を見据えた。女は後退った。

「見ての通りだ」
「身体強化機器入れてんのか!? それか特異者か、クソ!」
「どっちもだ」

ピチャッピチャッと水溜まりに散弾が落ちた。体内にまだ弾が残っている感覚がするが、しばらくすれば完全に抜け落ちる。
女は凍り付いた。

「リロードしないのか?」
「う、うっせえ! 関係ねえだろ、てめえには!」

女はせわしない手つきで弾薬を込める。一発、二発……二発目が地面に落ちた。「クソ!」と悪態をつき、水溜まりをビチャビチャと搔きまわす。
やっと弾薬を掴んだ女がこちらを向いた。

「こ、殺さねえのか」

震えた声だった。

「その星を見ればアホ以外は殺さない」

女は胸にある星のバッジを見た。
零れ落ちそうな胸を覆うタンクトップについているそれは、青く輝いている。警察業務委託者の証。嫌われ者の証だ。
とても身に付けられる身分には見えなかったが、義眼を通してアクセスできるNPPDのデータベースに彼女の情報があった。
ダフニー・キースリー、番号なし上がりの傭兵。適性試験に合格したのは一週間ほど前らしい。

「……ここじゃアホは大勢いるぜ」
「そうだろうな。俺もアホだった」

ガバメント2061をホルスターに仕舞う。ダフニーはホッと息を吐いた。
雨はまだ止みそうにない。メナスが現れるのは雨が止んだ後だろう。そういうヤツだ。時間はある。
それまでに装備を整えておきたかった。ガバメント一丁ではヤツを殺せない。他のヤツらを殺す装備も必要だ。

「武器屋のボウマンはまだここらで店をやってるか?」
「やってる……が、場所変えたぜ」
「その場所は?」
「アンダーグラウンド」

回り道する必要が出た。
今のままじゃアンダーグラウンドに入った途端終わりだ。埋め込み爆弾が起動する。カーティスが俺でも殺せる爆弾と豪語しているくらいだから、周囲にも被害が及ぶだろう。それは避けたいし、何よりメナスを殺せない。
通信を誤魔化せるハッカーが必要だ。

俺は懐から電子マネーカードを取り出し、ダフニーへ放る。彼女は俺を見ながらカードを手に取った。

「カネ捨ててんのか? 貰うぜ」
「捨ててるんじゃない。払ってる」
「何に払ってんだよ」
「情報だ。腕の良いハッカーを紹介してくれたら、もう1000新ドルだ」
「これ1000新ドルも入ってんのかよ!?」

上ずった声が響いた。

「妥当な値段だろう」
「妥当どころじゃ……いや、妥当だな!妥当妥当!」

ダフニーの顔が明るくなる。金蔓を見つけたとでも言わんばかりの顔だ。
彼女は1000新ドルの入ったカードを大事そうに懐に仕舞い、ショットガンをスリングに下げた。スリングには強化爆竹や、ホルスターに納まったサタデーナイトスペシャルがある。1000新ドルに反応するのも頷ける装備だった。

「良いハッカーも知ってんぜ。オッサン……いや、ヘルメットの下の顔って若かったりすんのか?」
「若いとは言えない」
「だろうな! 声で分かったぜ! 加工しても無駄!」

この女が腕の良いハッカーを知っているとは思えない。
だがその無垢さすら感じる自信満々っぷりを見るに、嘘はついていないだろう。少なくとも、ハッカーは知っている。そいつの腕が良いかは分からないが。

「無駄ではない。良いハッカーの場所を教えてくれ」
「マジでなにもんだよあんた! 銃声に釣られて来てみたら死体転がってっし、ショットガン二発食らっても死なねえしさ。しかも再生してやがる!」
「良いハッカーはどこにいる」
「わかったよ! 教えっからさ」

 ◆

殺人スコールは去った。だが雨は降り続けている。重金属酸性雨が。雨はしばらく止みそうにない。猶予はある。

雨音の中で、ビチャッビチャッと水溜まりが跳ねる音がフルヘルム越しに聞こえた。耐殺人スコールブーツはこの程度の水溜まりでへこたれるような靴ではない。だが、目の前の女……ダフニーのスニーカーは違うようだった。見たところ、重金属酸性雨にすら耐性がなさそうなものだった。被っている笠やストリートパンクな防弾ジャケットはそれなりに立派なものなのだが。

「1000新ドルは全額靴に使った方が良いだろうな」
「ああッ? んなもったいねえことできっかよ」
「足は大事だ。特に星のバッジを付けているのならな」

このセラタン13thストリートの治安は俺もよく耳にしたことがある。ここではブルースター、つまり青い星バッジを付けている者は格好の的になると。警察業務委託者を良く思わない輩がウジャウジャいるのだ。

ダフニーはこのストリートを、大股で進んでいく。周囲に目を配れば、雨宿りしている二人組が彼女を舐め回すように見ていた。視界にスキャン結果が表示されるが、特に目ぼしい情報はない。ただのチンピラだ。他にもそういう輩が何人もいた。

「ここの連中はお前のことを気に入ってるらしい」
「アホどもをいちいち気にしてられっか」

ダフニーはスリングに下げられたショットガンを叩きながらそう言った。彼女は気にしないように努めているようだったが、時折チンピラ連中の方を向いていた。

「クソ。だからここはイヤなんだ……」

ダフニーの呟きが聞こえる。良い思いはしていなさそうだ。連中の目は彼女をナメ腐っているように感じる。となれば発砲沙汰を起こしたり、殺したりはしていないのだろう。この程度のチンピラ連中なら、そういうことを彼女がすれば恐れおののく筈だ。

「よお、子猫ちゃん!」

下卑た声が投げかけられる。ダフニーは止まらなかった。俺はそれに続く。

「聞いてんのか子猫ちゃん!」「オイ! 相棒が呼びかけてるんだぜ! 返事ぐらいしろや!」

止まらない。ビチャビチャと水溜まりが跳ねる音が、更に聞こえた。二人組の男がついてきている。

「そのヘルメット野郎はなんだよ、メスダフニー。新しい客か? 俺にも小遣いくれよ!」

ダフニーが止まった。後ろの足音も止まった。だが、別の足音がビチャビチャと水溜まりを踏み荒らしながら幾つも聞こえる。周りを見れば、合計六人ものチンピラがダフニーと俺を囲んでいた。

「うっせえなドブネズミども。アタシは今仕事で忙しいんだよ」
「そりゃ失礼。その男をホテルに連れ込む邪魔をして悪かった」

一斉にサタデーナイトスペシャルが抜かれた。同時に、ダフニーもショットガンとピストルを抜いた。周りの全員を牽制するように、銃口を流れるように様々な相手へ向けている。

「今日まで散々我慢してきたがよ、やっぱそのブルースター見てると落ち着かねえわ」
「アタシが成り上がって寂しいってか?」
「随分口答えするようになったじゃねえか、なあ」

リーダー格らしき男がサタデーナイトスペシャルの銃口をダフニーの頭部へ向ける。腕がわなわなと震え過ぎていて、正確に頭部を撃ち抜けるかどうかも怪しいが。しかし、他のチンピラ連中の持つ銃もいつ暴発するかは分からない。全員が撃てば一発は彼女に当たるだろう。

一方のダフニーも震えていた。いつ暴発するかも分からない銃口を前にすれば当然だ。全員を牽制しているが、牽制しきれていない。彼女はチラリと俺を一瞥する。俺は肩をすくめた。急な動きに、チンピラがこちらに注目した。ダフニーの震えが止んだ。

ドン、と重い銃声。一瞬後、ベチャッと肉片が飛び散る音が聞こえた。リーダー格含め、チンピラ達はボケッと突っ立っていた。

ドン、と再び目覚ましが鳴る。「ぐぎゃっ!」という悲鳴と共に肉片が飛び散る。チンピラ達が気付いた。ダフニーがショットガンを撃った。その頃には、俺はコルト・ガバメント2061を抜いていた。

「ころ――」

バンバンバンバンとリズミカルな銃声。ガバメントはチンピラ達の頭部を思い通りに撃ち抜いた。チンピラから離れたサタデーナイトスペシャルが地面に落ちて暴発したが、虚しくネオン看板に火花を散らせただけだった。

ダフニーがその場に膝をついた。血は流れていない。緊張から解放されたようだった。叩きつけるような雨が、コンクリートを染めた血を洗い流していく。彼女のスニーカーはもう使い物にならないくらい汚れ、破損していた。

しばらくして、ダフニーは立ち上がった。

「心機一転してえ気分だぜ」

その顔は清々しかった。

「2000新ドルでそうすると良い。この調子じゃそのブルースターが面倒事を引き起こす。今は外せ」
「やだ」

ダフニーは舌を出して笑った。無邪気な笑みだった。殺人鬼や死刑囚達が見せる快楽を味わうような顔とは違う、心の荷が一つ降りたようなものだった。

「ハッカーのヤツ、ブルースターを気に入ってんだ」
「変わった輩だな」
「ハッカーなんて皆変わってんぜ」

ストリートで噂が流れるのは早い。発砲沙汰を聞きつけたのか、もう道中でダフニーをジロジロと見るチンピラはいなかった。彼女がたむろしているチンピラに目を向ければ、チンピラは目を逸らす。しばらくは手を出す者はいないだろう。

「ここだよ」

ダフニーがそう言ったのは、迷路のようなシャッター街の壁の前だった。スプレーの落書きがちらほらとある。ストリートではよく見る光景だ。

「何もないようだが」
「まあ見てなって」

彼女はニヤリと笑い、青い星のバッジを手に取った。そのバッジを手に、壁にある換気扇の後ろへ突っ込む。三秒くらい経って、近くで重たい扉の開く音が聞こえた。

「ま、ここにあんのは鍵穴だけど」

青い星を大事そうにタンクトップに付ける。

「長くは待ってくれねえぜ」

ダフニーについていくと、先程見掛けた扉の格子越しに何者かがこちらを見ていた。ここにハッカーがいるらしい。彼女は胸の青い星のバッジを指差しながら、「通してくれ」と言った。

「そいつは誰だ」
「客だぜ」
「ミスター・リアムは今話せない」
「また小説書いてんのか? 話せなくても良いから、通してくれよ」

扉の奥にいる男はため息をついた。扉が開かれる。屈強な男は待てとジャスチャーし、外を確認した。尾けられてはいない。男もそれを確認できたようで、「入れ」と端的に言った。

扉の奥を進んでいくと、書斎のような部屋があった。木の棚には大小様々な本がずっしりと詰められている。どれも電子ペーパーを使っていない本物の物理本だった。結構な価値があるだろう。それに囲まれて、書斎の中央の机に腰かけているのは少年だった。端正な少年は凄まじい物理タイピングでカタカタとキーボードを叩いている。

「お前がリアムか」

答えはない。ひたすらキーボードを叩いている。

「大体こうだぜ。いっつも小説書いてんだ」

俺は書斎の奥へと入り、リアムの机の傍まで近づいた。それでもこの少年はビクともせず、自分だけの世界に浸っている。

「お前が、リアムか」

もう一度言った。答えはない。俺はホルスターからガバメントを抜いて、ゴトンと机に置いた。カタカタとキーボードを叩く音が響き続けている。猶予はあるが、時間は限られている。ガバメントを手に取って、リアムの額に突きつけた。

「うーん……サスペンスが足りない……」

リアムが唸った。相当自分の世界に浸っているらしい。ガバメントを真上に向けて撃った。少年はビクッと震え、こちらを見た。恐怖よりも嫌悪感を感じさせる顔だった。

「邪魔しないでおくれよ! 今良いところまで浮かんでいたというのに!」
「ちょ、何してんだよオッサン!」
「目を覚ましてやっただけだ」
「何事です!」

体格に相応しいデザートファルコンを構えた男が現れる。扉にいた男だ。

「ハッスル君! 心配ない、この客人が僕に呆れ果てただけだ」
「しかし……」
「職務に戻りたまえ!」
「……は」

ハッスルと呼ばれた男は俺を睨みつけ、去っていった。ダフニーは額を手で擦っている。少年の方を見れば、彼は堂々とこちらに向き直り、足を組んでいた。

「書斎で撃ったことは許そう。ダフニー君、この男は何者なんだね?」
「そういや名前聞いてなかったな」

はあ、とリアムは溜息をつく。彼はカップに入った大豆コーヒーらしき黒い液体を一口飲むと、こちらを見た。ラピスラズリのような、輝きすぎていない青い瞳を持つ義眼が真っすぐこちらを見据えている。

「ダフニー君、ありがとう」

リアムは唐突に感謝した。彼は机に右肘を載せ、顔を手で支える。その顔は笑みを浮かべていた。動物園で絶滅危惧種を間近に見たような表情だった。

「んだよ急に」
「この男は死刑囚だ。名前はアレン・ビール。シェルの通り名で知られてる」
「シェル!?」

ダフニーの声が響いた。

「じゃあコイツが、あの警官殺しのシェルなのか!?」
「そう、君が大好きなネオポリス警官殺戮事件を引き起こした、あのシェルだ」

サタデーナイトスペシャルがバンと怒鳴った。対殺人スコールコートは鉛玉を通さない。何度もダフニーが撃った。一発が体に入った。カチッカチッと弾切れの音。彼女は銃を捨て、ショットガンを構えた。俺は何もしなかった。

「クソ野郎が!」

ドン、ドンと続けざまに重い銃声。衝撃で本棚に叩きつけられる。散弾が体内をぐちゃぐちゃにするが、体は弾を吐き出して元通りになってしまう。ダフニーはリロードした。今度は失敗しなかった。

「なんで死んでねえ!」

ショットガンが散弾を吐き出す。フルヘルムは弾を弾き、体は弾を受け入れる。だが体は弾を咀嚼せず、ポロポロと零した。ショットガンが散弾を吐き出す。痛み。リロードの音。彼女は六発撃った。

「なんで、死なねえ……!」

ダフニーはリロードしようとして、やめた。弾が無くなったようだった。彼女は強化爆竹を掴む。その肩に手が置かれた。リアムだ。

「やめたまえ。僕の書斎で爆発物は厳禁だ。そもそも彼は――」
「高度な再生特異を持ってる。だろ?」

リアムが頷いた。ダフニーはショットガンを俺に投げつけ、電子マネーカードを投げつけた。目に涙が溜まっていた。

「クソ……!」

彼女は部屋から出て行った。体は再生した。痛みは残った。リアムは微笑んでいる。時折つま先立ちになって、体を揺らしていた。

「ありがとう、ありがとう。君のおかげでインスピレーションが湧いたよ、ミスター・シェル」
「どうやってスキャンした」
「NPIDのスキャン防止システムは大したことなかったよ」

リアムが見つめていた時にハッキングされたのだろうか。視界に不正アクセスの警告は表示されなかった。この少年の自慢げな顔を見るに、首輪をつけたカーティスやNPIDの連中も気付いていないだろう。

「しかし興味深いな。ネオポリス情報総局はバトルロワイアルでもしているのかい?」
「そんなところだ」
「皆有名人だ。ストレージ博士も街を歩いてると知れば皆パニックになるだろうね」
「博士の件は俺も警告した。ヤツはマズい」
「ああ、マズい。殺して記憶を盗める特異者を外に出すとは」

リアムは椅子に腰掛け、足を組んだ。
俺は立ち上がる。

「輪苦、ギヴワン、ジョイメイカー。ビーチビッチ・ファッキンティーチにリッキー・”クリーン”・キャンベル。そしてストレージ博士と君……シェル」
「全員特異者だ」
「知っているとも。ここに来た要件は何かな、死刑囚のミスター・シェル。解放してくれというのならNPIDに突き出すが」
「通信を誤魔化してほしい」

彼は眉をひそめた。

「それだけかい? 死刑囚を手伝うのは十分犯罪だが、僕はそれよりも公言できないサイバー犯罪にも手を染めている」
「誤魔化してほしい。それだけだ。特に、アンダーグラウンドに入っても爆弾が起動しないようにな」
「興味深いね」

リアムは俺の顔を下から覗き込むように見た。この少年の年齢を掴めない。所作は大人びている。だが見たところ全身整形を施したような痕跡もない。端正な顔には自然な幼さがあった。

「対価は払えるかね?」
「金はある」
「僕の求める対価は金ではない」

にやり、とリアムは悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「情報だ。君の情報。何故あのような事件を起こしたのだ?」
「金は二倍払う」

リアムはチッ、チッと指を振った。

「金ではない。僕は情報が欲しい」

詮索するのも無理はない。NPIDは俺に関する過去の情報を抹消した。良い記録も、悪い記録も。良い記録など一つも無いのだが。
だから答える気はなかった。
俺は首を横に振り、懐から電子マネーカードを取り出した。十万新ドルが入っている。リアムは義眼でハッキングして中身を見たのか、少し目を見開いた。だがそれもすぐ、悪戯っぽい笑みに変わる。尚更彼の興味を惹きつけたようだった。

視界に不正アクセスの警告が表示される。
爆弾がハッキングされていた。

「NPIDも面白いことをするね。爆弾を埋め込んで、殺人鬼を殺させようとするなんて。しかも殺した一人以外は全員爆殺されるんだってね?」

リアムの顔が迫った。

「君も死んでしまう爆弾らしいじゃないか」
「ここで爆発させれば、お前も死ぬぞ」
「脅しになっていないよミスター・シェル」

把握していると言わんばかりに彼は胸を張る。子供が自慢しているような可愛らしさもあった。だがその自慢は爆弾のハッキングだ。

「さあ、教えてくれたまえ。君の動機を」
「殺したかった。それだけだ」
「人には必ず理由があるのだ、ミスター・シェル。ただ殺したかった、と至る経緯の理由もある。それを教えてくれないか?」
「知って、何になる?」
「インスピレーションだよ」

リアムは大袈裟に手を広げた。

「見たまえ、この書斎を。この本棚には僕の感情を揺さぶる物語がぎっしり詰まっている。だが、君の物語については絶対に書かれていない」
「ネオポリス警官殺戮事件は本になってないからな」
「そうじゃない、そうじゃないのだ」
「シェル!」

女の声がした。そちらを向けば、ダフニーが巨大なライフルを構えていた。コンバットライフルだ。軍もビックリな最新鋭の重火器だった。

「言え! なんで殺した!」
「待ちたまえ! ダフニー君!」

重い射撃音が幾度も響いた。その度に肉片が弾け飛ぶ。コンバットライフルは耐強化人間用の火器だ。強烈な痛み。フルアーマーすら貫通する衝撃が俺を揺さぶる。

「ダフニー君! ちょっと! ダフニー君!」

射撃が止んだのは、五十発も撃ち終えた後だった。はあ、はあとダフニーの吐息が聞こえる。つまり、俺は死んでなかった。強烈な痛みだけが残った。相応しい仕打ちだ。
肉体の再生には少し時間が掛かった。十秒経ち、やっと立ち上がれる程になった。

「彼の肉片で本が汚れてしまったじゃないか! 価値があるものだというのに……」
「あんたの本はこのクソ死刑囚をぶっ殺すことより大事なのかよ!?」
「ああ、大事だとも!」
「待て、お前達」
「誰が待つかよ、クソが! アタシの……返せよ……!」

ダフニーは嗚咽して、コンバットライフルを地面に放った。ドン、と重い音が響く。
彼女の後ろにはコンバットライフルの銃声に耐えかねたのかハッスルがいた。今度はデザートファルコンを持っていなかったが、俺を睨みつけているのは同じだった。

「ミスター・リアム。この男を追い出しましょう」
「追い出すな! ぶっ殺してやる!」
「落ち着くんだ君達。僕は彼を追い出さないし、ぶっ殺しもしない」

リアムは長い溜息をついた。

「耳がおかしくなりそうだ。ハッスル君、ダフニー君を見張っていてくれ。また今度僕の備品を使いそうになったら、全力で止めるんだ」
「……かしこまりました」

ハッスルがダフニーを連れていった。去り際、二人とも俺を睨みつけていた。
リアムは再度溜息をついて、俺を見据える。

「本、すまないな」

ポロリと言葉が漏れた。
リアムは微笑んだ。

「仕方あるまい。君の要求を呑もう。これ以上彼女らを怒らせると、僕まで殺されかねないからね」

だが、少年の顔に諦めはなかった。

「だから僕がNPIDの代わりにリードを握るとする」
「噛みつかれるかもしれないぞ」
「噛みつく気などない癖に」

視界に不正アクセスの警告が表示される。続いてまた、不正アクセスの警告がそれに重なった。重なった警告の文字列が変わり、ニッコリマークの文字アートが描かれた。

「な、これは……」
「お前のハッキングじゃない?」
「マズい、マズいぞ、ミスター・シェル!」

リアムが顔を歪めこめかみを抑えた。
視界からニッコリ文字アートが消え去る。代わりに、違う文字が表示された。

『LINK-輪苦』

輪苦。死刑囚の内の一人、輪苦のハッキングだった。
よりによって最初がコイツか。俺はガバメントを抜いた。輪苦を殺すには不十分過ぎるが仕方ない。最悪、死ぬだろう。
だが他人を巻き込むわけにはいかなかった。もう二度と。

「外に出る。深追いするな」

リアムは苦し気に俺を見つめ、頷いた。
俺は駆けた。一刻も早くここから出なければ。

「オイ! どこ行くてめえ!」
「ついてくるな! 輪苦が来る!」

ダフニーの叫び声を背に、俺はドアを蹴り開けた。
更に駆ける。なるべく遠くへ、そしてなるべく有利な立ち位置を取れる場所に。囲まれるとマズい。

「クソ、逃げんじゃねえ!」

ダフニーの声が背に聞こえた。
同時に、ノイズが耳に響く。ノイズはほぼ真後ろから聞こえた。振り返る。
目の前に0と1のエフェクトを纏うビジネスマンがいた。酷くやつれ切った顔をしながら、張り付いたような笑みを浮かべていた。

『やあ、シェル!』

ケタケタとビジネスマンが笑った。彼はバクテリアのように分裂した。
輪苦の特異だった。


【シェルブレイク】
#1(▼) / 

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