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魔性のドライカレー昭和味

 おいしい記憶というものは残酷ですね。

 昭和時代、特に50~60年代に食べたドライカレーの味が忘れられなくて困っています。どんな味か一言で言うとピラフあるいはチャーハンのカレー味。ポイントはルーやレトルトに必須のあのまろやかなコク?うまみ?とカレースパイスが見事に合体したザ・ジャパンな味です。

 50~60年代、僕は高校生から20代という時代なのですが、当時の趣味は喫茶店巡りでした。それも個人経営の店ばかり。飲食業で働きながらも同じ飲食業である喫茶店をわざわざ巡りたくなるのは、喫茶店ほどその経営者の人間くささが感じられる業態はないと感じていたからです。喫茶店の人ってみんな変で面白いんです。いや、人なんてきっとみんな変なんだと思いますが、喫茶店はその変さが商品化されていることが多い気がするんです。

 70年代のハードロックばかりをかけている店。たいそうなオーディオを組みジャズを大音量で鳴らしているものだから一切会話ができない店。ベストに蝶ネクタイ姿の髭がダンディなマスターが、10分くらいかけてペーパードリップしている店。喫茶なのにやたらと食事が豊富にそろう店。必ず猫がどこかの席に座っている店。何を食べても微妙に塩気が多い店、などなど。多くは経営者がカウンターを仕切っており、その方の趣味や感性が溢れまくっているのです。

 飲み物、食べ物にはもちろん、インテリアや食器、BGMなど、本当に様々なものに興味がひかれたものですが、その中のひとつにドライカレーがありました。僕はいつもその時に気になる何かをキーワードに、よく知ってる店でもまた新たな気持ちで出かけます。

 するとまた見えてくる。その店この人ならではのところが。本当に少しずつ違うんです。ルーのカレーを煮詰めたものでも入れて炒めたのか、と思うほど大きな肉が入っていてコクがどっしりと深いもの。鮮やかな黄色で見た目はとてもきれいなのだけどコクが足りないもの。ざらざらと粉っぽく感じられるもの。辛すぎるもの。なんだかよくわからない残り物のシチューのような味のするもの。いつ頼んでも毎度塩分が少しずつ多くて、それがかえって癖になりやめられないもの。

 そんな中で最も忘れられないのが、自分が20歳くらいから勤めだしたカフェのドライカレーでした。実はこれ、業務用の冷凍品。といってもそのまんまじゃなく、それなりに加工します。いくら冷凍と言ってもちょっと作り方にコツがあって、火加減が大事。少しでも間違うとすぐに焦げ付き、どうしたってまずいまま。作り方はこうでした。

 まずフライパンをしっかりと加熱します。このフライパンは常にきれいに洗ったものでなければなりません。そこにサラダ油を大さじ1~2入れてよくなじませ、封を切った冷凍ドライカレーをためらいなくどばっと入れます。チャッーーーとものすごく熱そうな音。

 しばらく鍋を大きく振りながら、米に透明感が出てきたら中火にして、塩を一振り、S&Bの赤缶カレー粉を小さじ1/2程度パラパラ。すでに塩味もカレー味も入っているのですが、この製品のいいところはあえて全体が控えめなところ。つまり、独自アレンジがしやすいのです。

 そしてざっくりと混ぜたら仕上げにバターを大さじ1くらい入れてよく混ぜます。全体に味と香りがまわったら火を切り、プレート皿にきれいによそい、仕上げにギャバンのドライパセリを軽く振って出来上がり。

 デフォルトの具は、タマネギ、鶏もも肉、グリーンピース、ニンジンです。とても細かく均一の形に切られたもので、仕上がりのフォルムはとてもクオリティが高いです。

 これがお客様からも人気だったのですが、我々スタッフのまかないとしても大人気。在庫数が乏しい時などは支配人から食べるな命令がでることもありました。

 最たる魅力は、重すぎないけどしっかりとうまみを感じるところと、べたっとしたカレー味ではなく、さらっとしていてしっかりとスパイスの香りが立っていることでした。

 これ、不思議なんですが、いくらカレー粉やバターを添加すると言っても基本は業務用を使っているわけで、さほど味に違いはないはずなんですが、作る者によって時には別もんと思うほど見た目も味も変わってくることです。

 米がべちゃっとしてるもの。やたらと塩気が強く感じられるもの。全体に艶がなく色がくすんでいるもの。米の表面が艶々としているもの。バターを入れているはずなのにまったく香りが立ちあがってこないもの。などなど。

 そこで今度はスタッフそれぞれがアレンジを競いだしたりもします。タマネギをどばっと追加したり、カレー粉を小さじ1に増強したり。S&Bの赤缶はしっかりと辛いのでなかなかの辛口になります。あれこれやり合ううちに僕の中で一つの形に行きつきました。

 それがコンソメを新たに加えること。そして塩ではなく仕上げに醤油を使うことです。やや色が濃いめになり、醤油の香ばしさがバターと相まっていい風味が漂います。厨房にはチキンコンソメと無塩バターが常備されていました。

 当時、街の洋食レストランなどは大人のためのもので、若者が行けるような場所ではありませんでした。大人のドライカレーってこんな感じかな、と想像を膨らませたものです。

 こうして僕の体内にドライカレーの原風景が深く刻み込まれ、生きるほどに他のことにも興味が向いたり、それどころじゃなくなったりと、それなりに必死のパッチの人生を送り、いつしか思いだすこともない昔の写真の一枚みたいになってしまいました。

 でも、いろんなことを悟った?諦めた?図々しくなった!?今になって、ふと思いだすものでなんですね。一度深く刻み込まれた味がもごもごと呻きだす。

 しかし残念なことに、あの時に使っていた業務用ドライカレーのメーカー名を忘れてしまいました。勤めていたカフェも存在しません。かつての同胞に聞いてもそんなん知らん。

 そこで僕なりにあれこれと考えてはトライしてみました。こういうのが得意なんです。そこで導き出した復刻版のレシピがこれです。

『ドライカレー昭和味 レシピ』(1人前)

・マギー無添加コンソメ チキン 小さじ1/2~1 *どっぷりと入れましょう
・好みのカレー粉 小さじ1~2 *インド料理的には多いですがこれくらい入れたほうが昭和味っぽくなります。辛みは各自で考慮してくださいネ
・ハムかソーセージか鶏もも肉など好みで 適量
・塩 少々
・醤油 小さじ2~ *塩分に応じて加減してください
・バター 大さじ1 *無塩がベターですがなければ有塩でも。塩要調整
・ごはん 200g
・タマネギみじんぎり 大さじ2
・ほかグリーンピースやネギ類、ニンジンなど好みで 適量
・サラダ油 大さじ1
・玉子 1個 *本来は入れてませんが今回は好みで入れてます

インドの長粒米バスマティライスで作ってもおいしい。写真はホウレンソウ入り

●作り方
1.熱したフライパンに、溶き卵、ご飯を入れて中火でさっと炒める。
2.タマネギ、ハムやソーセージを加えてさらに炒める。(グリーンピースやネギは仕上げの段階で入れてください)
3.マギー、カレー粉、塩を入れてよく混ぜる。
4.バターを加えてざっくりと混ぜたら、鍋肌に醤油を勢いよく垂らし、素早くご飯とよく混ぜる。
5.塩味の確認をして、ネギやグリーンピースなどを加えて混ぜたらできあがり。あればドライパセリなどを振りかける。

アレンジ例=イオンのコロッケ。豆腐とワケギを加えたハナマルキのシジミ汁と共に

 令和6年に入って10数回、いやもっと作っています。魔性のドライカレー昭和味。

終わり


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