見出し画像

【こえ #36】今あるデバイスでは出したい声が出せない

嶋根 栄三郎さん


 電気工事の現場監督という仕事。現場で声を出す嶋根さんの喉の通りが徐々に悪くなっていった。「ちょっとした喉の炎症ぐらいにしか思っておらず、なかなか休みも取れない」中で市販の薬でごまかしてきた。

 しかし、息苦しさは増し、階段を上るだけで息が切れるようになる。苦しさのあまり近所の総合病院に行くと医師から「ダメだ、こりゃ」と言われ、そのまま救急車で大病院に移送されてすぐ、空気の通り道をつくる「気管切開」の手術を行った。

 喉にはすでに大きなしこりもあり、担当医からは「このままにしたら何カ月ももたない」と宣告された。声帯まで摘出しなければならない選択を「もう止める余地はなかった」。
 電気工事の現場監督という仕事は「声が出ないとアウト」。仕事ができなくなり、その時点でリタイアを余儀なくされた。


 声帯を摘出して声を失った後は、「近所にも出ないし、友達にも会わなくなった」。その頃の心情を聞くと、「世間から切り離されたような、うつ病のような感じで、何もやる気が起きなかった」と教えてくれた。

 そこから上向いた一つの転換点は、病院の言語聴覚士の先生から「声のリハビリをやろう」と声をかけてもらったことだった。先生から「『喉頭原音』が出ればしめたもの」と言われ、そこから声を取り戻す練習が始まった。

 『喉頭原音』とは何か。声が出るにはまず、喉仏の中に2つの『声帯』という弦楽器の弦に相当する部分があり、息を吸う時には声帯が開き、声を出す時には声帯が閉じる。吐く息の力で声帯を振動させることで、“声のもと”である『喉頭原音』がつくられる。この時点では、ブザー音のような音しか出ない。その『喉頭原音』が声帯から唇までの通り道の共鳴を通じて様々な声に生まれ変わっていくのだ。

 嶋根さんは努力の結果、“声のもと”である『喉頭原音』を出すことができたが、発声としては「一定のレベル以上まではいかない」。そんな時に病院から紹介されたのが、声帯を摘出し声を失った人に対して発声訓練を通じて社会復帰を支援する『埼玉銀鈴会』だった。最初は、自分の努力を振り返って「そんな簡単に声が出るのか?と疑問があった」が、病院での引き続きのリハビリを経て、4年前に入会し、今では会の『研修訓練士』として、同じ経験をされている方に発声訓練を教える立場にまでなった。


 実は最初は、自力で発声する『食道発声』ではなく、喉に当てることで比較的早く声が出せる振動器具『電気式人工喉頭(EL)』を利用したかったが、嶋根さんの場合は喉の切除を何度もしていたために皮膚が堅く、使うことができなかった。喉仏付近の振動を拾う特殊マイク『咽喉マイク』も試してみたが、同様に音を出すことができなかった。

 その後、努力の末に『食道発声』を身につけることはできたが、それでも大きな声を出すことができず、「会合などの際はポータブルスピーカーを持ち歩いている」。でも引き続き「事故や地震など緊急時に声を上げたり、誰かを呼ぶことは難しい」。

 声帯を摘出した方々はそれぞれ、喉やその皮膚の状態も、吸って出せる空気の量も違う。その人に応じて利用できる器具も合った発声法も異なる。でも、それぞれにまだまだ改善できる余地はありそうだ。頂いたヒントを活かしていきたい。


▷ 埼玉銀鈴会


⭐ コミュニティメンバー登録のお願い ⭐

 Inclusive Hubでは高齢・障害分野の課題を正しく捉え、その課題解決に取り組むための当事者及び研究者や開発者などの支援者、取り組みにご共感いただいた応援者からなるコミュニティを運営しており、ご参加いただける方を募集しています。


Inclusive Hub とは

▷  公式ライン
▷  X (Twitter)
▷  Inclusive Hub


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?