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寄り添いすぎた結果

アイスかホットかなんてね、モバイルオーダーにしたり、食券システムを使えば解決出来るんです。

それで僕のストレスが無くなる事だって分かってて。

でも、嫌なんです。

無駄なお金を払いたくないのはもちろん、それ以上に、こんな簡単な事もこちらで解決しないといけないのかと思うと、ぞっとするんです。

ちょっと寄り添いすぎやしないかね。

例えばセブンイレブンのコーヒーマシーン。

今は第二世代だと思いますが、初代は分かりづらくてテプラだらけになった店舗もあったみたいで。

でもね、僕は初代から使っていますが、一回も間違えた事がないんです。

これは別に自慢するような事ではなく。

見れば分かるし、考えたら間違える事なんてない事で。

「いや、それでは駄目なんだ」

「直感的に使えないと駄目なんだ」

そんな事を言う人もいますが、お前はいつからジョブズになったんだよと。

Appleの哲学を全てに求めるなよ。

その優しさ(易しさ)が弊害を生んでいると思っていて。

間違えたボタンを押したら通知が来て、間違えてますよと教えてくれる。

入力漏れがあったら、どこそこの入力を忘れてますよと伝えてくれる。

こんなシステムばかりじゃないですか。

だからじゃないかな、聞かれないと答えないなんて。

バーチャルで起きてる事が、リアルを侵食してるんです。

入力は終わりました、何かあれば通知してください。

人とのコミュニケーションも、そんな思考回路なんだろう。

多分。

機械だな。

相手の事を考えないから、こんな事が起きる。

そうか、寛容になれなくなったのもこのせいか。

テプラだらけにされたコーヒーマシンは、沢山のクレームがあったからだと思うんです。

ようするに、間違えた人は自分に落ち度がないと思ってるんだ。

寄り添いすぎた結果、わがままになる。

脳もつるつるになり、相手の気持ちも考えられなくなる。

相互的ではなく、一方通行のコミュニケーションしかとれなくなる。

退化だ。

食券とかモバイルオーダーは、諦められたってのも導入された理由の一つだと思っていて。

コミュニケーションを取れない人が増えたから、スタッフのストレスが増え、もうこれでいいやって。

会話させず、機械に任せようと。

それを、便利だ、楽だ、神アプリだとか、崇めてさ。

なんや、これは。

既にディストピアなのか。

コミュニケーションを取る事により温もりを。

なんて気は、さらさらないです。

真心とか、繋がりとか、優しさとか。

そんな事で、新しいシステムの導入を拒んでいる訳ではないのです。

簡単な事を解決するのに、なぜこちらが目線を下げなきゃいけないんだ。

そんな思い。

なんと上から目線。

いつまでお客さんがついてきてくれるだろうか。

そこは温もりと優しさで補うしかないか。

結局!

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