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【映画】感想『DOGMAN』でも、神は私を信じてるの?

監督・脚本・出演・あらすじ


監督・脚本:リュック・ベッソン
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、クリストファー・デナム、マリサ・ベレンソン、マイケル・ガーザ、クレメンス・シックほか
映画『DOGMAN ドッグマン』オフィシャルサイト (klockworx-v.com)

あらすじ
ある夜、警察に止められた一台のトラック。運転席には負傷し、女装をした男。荷台には十数匹の犬。“ドッグマン”と呼ばれるその男は、半生を語り始めた―。犬小屋で育てられ暴力が全てだった少年時代。トラウマを抱えながらも、犬たちに救われ成長していく中で恋をし、世間に馴染もうとするが、人に裏切られ、苦しめられ、深く傷ついていく。犬たちの愛に何度も助けられてきた男は、絶望的な人生を受け入れ、生きていくため、犬たちと共に犯罪に手を染めてゆくが、“死刑執行人”と呼ばれるギャングに目を付けられ― 映画史に刻まれる愛と暴力の切なくも壮絶な人生に圧倒される!

DOGMAN ドッグマン - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画より

ストーリーや設定よりも演技や演出が胸を打つ!という感じの映画でした。と言うと娯楽に振り切った作品のように捉えられるかもしれません。しかし、虚構であることは前提で、むしろそれを明らかにすることによって、個別具体的な「特殊」の事例を脱し、「逆境の中で生きる人間」というより抽象的な「普遍」の物語を目指そうとしたのではと思います。
ここでは個人的に魅力的に感じた音楽・文学の要素をご紹介しつつ、感想を述べたいと思います。


エディット・ピアフらの名曲の数々

暴力的な父親から逃げることに成功し、ついに自由を得た主人公ダグラス。しかしその代償に、脊椎を損傷し、歩行の自由を失います。車椅子で仕事探しをするもなかなか職が見つからず苦労する日々。しかし、キャバレーで得意の歌と演技を披露する機会に恵まれ、自らを望む姿に装い、美しく仕立てあげることで、しばし心の安寧を手に入れたのでした。
心の自由を手に入れ、自分と世界とのつながりを感じられる場に胸躍らせるダグラス。キャバレーでの歌唱シーンはその心情を反映するかのように、新しい世界との出会いを観客にも感じさせるほどの圧倒感がありました。情緒的情熱的なシーンとしてこれが美しく完成したのは、主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズらの繊細な演技によるものであることは言うまでもありません。さらにそこにエディット・ピアフマリリン・モンローなど、誰もが知る名曲をあてることで、場面に厚みを持たせることに成功していました。

以下2作品はキャバレーで歌われる曲の一部。
Sweet Dreams (Are Made of This):Eurythmics(ユーリズミックス)

La Foule:Édith Piaf(エディット・ピアフ)




シェイクスピアらの引用


文学的な名言の数々も作品の魅力でした。冒頭はラマルティーヌの引用「不幸な人のいるところ、神はあまねく犬を遣わす」に始まり、幼少期の回想にはシェイクスピアの作品の一節がしばしば登場します。単に演じることを描くのではなく、その典拠を古典的文学作品に求めることで、一節の台詞が持つ文字通りの意味に加えて引用元の作品が持つ文脈までもが想起され、より深い心情を映し出していました。
施設を出て俳優として成功し、舞台でまばゆい輝きを放って脚光を浴びるサルマ。それとは対照的に、捨てられた犬を家族としながら廃墟でひっそりと生き、世間に顧みられない自分の存在。過去にも現在にも(恐らく未来にも)、誰とのつながりもない孤独な人間にとって、長い時間の記憶を持つ存在とのつながりを感じることは、わずかにでもその心の痛みを和らげるものだと思います。その意味で、シェイクスピア作品はダグラスにとってなくてはならない存在でした。

登場した戯曲はいずれも原文で読みたい!と思ってしまうほど、詩的で美しい言葉ばかりでした。



逆境と信仰

虚飾や盗み、嫉妬、殺人と、罪に塗れた人生を歩んだダグラス。「富の再分配」という言葉を掲げて、犯罪を繰り返します。しかし自暴自棄という言葉がそこに似つかわしくないのは、自分なりの信仰を手放さなかったからのように思えます。
演じること、装うことは、自分の理想を追求すること。その理想が完璧な形で現実にあらわれることがないとしても、諦めずに完全体の理想を心に描き抱いて、それを目指し続けること。これが、ダグラスなりの信仰であり、その意味でダグラスは「私は神を信じてる。」と言ったのではないでしょうか。
しかしそれに続く「でも、神は私を信じてるの?」というダグラスの台詞。虐待、脊椎損傷、家族の喪失、失職に失恋――そんなあらゆる逆境の中でも信仰を捨てない、というダグラスの姿が描かれているからこそ、この問いかけは観客の心に重くのしかかります。同時に、「何もかもうまくいかない」「何をしても報われない」「そもそもスタートの時点で恵まれていなかった」、そんな絶望を抱いて生きる人に(前向きにではないものの)寄り添う言葉のようにも感じました。

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