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レスラー一家を襲った「呪い」の正体とは? プロレス界の光と闇を描いた『アイアンクロー』

 科学的に証明することができない「呪い」は実在するのか? 映画『アイアンクロー』は、米国の家族愛に溢れたプロレスラー一家を悩まし続けた呪いの正体を突き止めた力作だ。ただし、オカルトめいたホラー映画ではなく、実話をベースにしたリアルな人間ドラマとして描かれている。

 主演はザック・エフロン。『ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー』(08年)などで活躍したアイドル系のイケメン俳優だったが、近年は米国犯罪史に名前を残すシリアルキラーを演じた『テッド・バンディ』(17年)に主演するなど、演技の幅を大きく広げている。

 実在のプロレスラーを演じた本作では、驚くほどのマッチョ体型へと肉体改造してみせた。米国の人気プロレスラー一家だったエリック家の一員を演じる上で、並々ならぬ情熱を注いでいることが伝わってくる。

 ヒール(悪役レスラー)として、米国のマット界で大暴れした父フリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキャラニー)が、地元のテキサスで自らのプロレス団体を設立するところから物語は始まる。長男は幼くして事故死してしまったが、次男のケビン(ザック・エフロン)はプロレスラーとなり、NWAテキサス州チャンピオンに輝く。

 ケビンに続き、マイクパフォーマンスのうまい三男のデビッド(ハリス・ディキンソン)、陸上選手として全米代表に選ばれた経歴を持つ四男のケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)もプロレスデビューを果たす。父親が果たせなかった夢、NWA世界ヘビー級チャンピオンをケビンたちは目指すことになる。

 ブローザー・ブロディ、ハリー・レイス、リック・フレアーといった実在した人気レスラーたちとエリック兄弟との試合が臨場感たっぷりに再現されており、往年のファンには堪らないプロレス映画としても楽しめる。ちなみにレスリングコーディネーターは、メキシコのプロレス一家で育ったチャボ・ゲレロ・ジュニアが務めている。

ザック・エフロン(左から2番目)らが実在のプロレスラーに

成功が約束されていたデビッドに訪れた悲劇

 エリック兄弟でケビンは「長男」役を務めるが、NWA世界ヘビー王座への挑戦権は弟のデビッドに先を譲ることに。地味な性格のケビンよりも、明るく華のあるデビッドを、父フリッツが買っていたためだ。悔しさを飲み込み、弟のサポートに徹するケビンだった。

 デビッドのNWA世界王座への挑戦が決定した。一方、ケビンは恋人のパム(リリー・ジェームズ)との結婚式を挙げる。幸せムードでいっぱいのエリック家だった。だが、その直後にセレブ一家の転落劇が待っていた。1984年2月、NWA世界王座戦の前哨となる日本への遠征中、滞在先のホテルにいたデビッドの異変を知らせるニュースが、エリック家に伝えられる。

(ここから先は物語の結末にも触れます)

 デビッドの死因は内臓疾患だった。タイトルマッチの大一番を控え、デビッドは体調不良を口にすることができずにいた。無理なハードワークを重ねた上に、約束された世界王者としてのプレッシャーが、デビッドの命を削ってしまったのだ。このとき、デビッドは25歳の若さだった。

 さらに悲劇は続く。デビッドに代わって、世界王座戦に挑んだ四男のケリーは、見事にチャンピオンベルトを手に入れる。だが、ベルト戴冠の2年後にバイク事故を起こし、義足生活を余儀なくされる。奇跡の復活を遂げるものの、ドラッグ依存症となり、33歳で拳銃自殺を遂げてしまう。兄たちを追って、プロレスデビューした五男のマイク(スタンリー・シモンズ)は試合中の事故が原因で、病院送りに。リハビリがうまく進まないことを苦にして、服毒自殺してしまう。23歳だった。

 映画では省かれてしまったが、小柄だった六男のクリスもプロレスラーになったが、体を大きくするためにストロイド剤を過剰摂取し、その副作用に苦しんだと言われている。彼も21歳で拳銃自殺を遂げている。エリック家は「呪われた一家」と呼ばれ、弟たちを救えなかったケビンは、深く悩むことになる。

葬儀中、エリック兄弟は泣くことが許されなかった

「呪われている」という強迫観念に追い詰められていく

 エリック家を悩ませ続けた「呪い」の正体とは、何だったのだろうか? カルト教団によって洗脳された少女の葛藤を描いた『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11年)でデビューを果たしたショーン・ダーキン監督は、その「呪い」の正体を丁寧に探り、克明に描き出している。

 父フリッツは、息子たちの将来を期待し、愛情を持って鍛え上げた。決して、プロレスラーになることを無理強いはしなかった。そんな父の期待に応えようと、息子たちは懸命にトレーニングを積み、プロレスラーになる道を自発的に選ぶ。父が叶えられなかった夢、世界チャンピオンになるためだった。母ドリス(モーラ・ティアニー)は優しく息子たちを見守っていた。

 強い家族愛が、エリック家の固い団結を生み出していく。だが、固い団結ゆえに、子どもたちは弱音を吐くことも、涙を流すこともできなかった。あまりにも強い家族愛が、逆にエリック家の人々を苦しめることになっていたのだ。「自分たちは呪われている」という強迫観念が、さらに彼らを追い詰めていく。

必殺技を息子に伝授する父フリッツ(ホルト・マッキャラニー)

必殺技「アイアンクロー」で培われる親子関係

 1950年代~60年代のプロレス界で悪役レスラーとして暴れ回った父フリッツ・フォン・エリックだったが、リング外での悲劇への対処法は知らなかった。自分が強くなることで、無敵の存在になれ、と息子たちに教え続けた。期待の星・デビッドの葬儀でも、泣くことを許さなかった。昔気質の頑固おやじだった。プロモーターとしての仕事に追われ、家族のメンタルケアは手づかずだった。母ドリスは、キリスト教に救いを求め、現実を直視しようとはしなかった。

 タイトルとなっている「アイアンクロー」は、フリッツ・フォン・エリックが生み出した必殺技の呼び名である。大きな手で相手レスラーのこめかみをつかみ、万力のような握力でぐいぐいと締め付けるというシンプルな技だが、この技をくらったレスラーは脳波に異常をきたすと言われてきた。多くのレスラーを、この技でギブアップさせてきた。

 父フリッツから直伝された「アイアンクロー」を、デビッドらが試合で披露するシーンが描かれている。だが、本作の主人公であるケビンがこの技を使うのは、物語の終わりが近づいてからだ。リック・フレアーとの待望のタイトルマッチで、そして父フリッツとの親子ゲンカのシーンで、ケビンは「アイアンクロー」を見せることになる。この両シーンは、とても切ない。

ケビンにとって、妻パム(リリー・ジェームズ)の存在は大きかった

一家の呪いから、ケビンを救ったもの

 本作を観ることで、愛と呪いは背中合わせの関係であることに気づく。愛が眩しく輝けば輝くほど、その影は深いものとなっていく。愛から派生したものが、呪いだった。過剰すぎる愛情が、エリック家の息子たちにとっては逃れられない呪いとなっていたのだ。

 誰よりも家族を愛し、一家の縁の下の力持ち役に徹してきたケビンだけが、最後まで生き残ることになる。エリック家の呪いにケビンも苦しみ続けたが、そのケビンを支えたのは妻のパムであり、パムとの間に生まれた子どもたちだった。

 強すぎる家族愛が恐ろしい呪いを招いたが、逆にその呪いを解いたのも家族愛だった。

 必殺技・アイアンクローでプロレス界に名前を刻んだ父フリッツだったが、息子のケビンは優しく家族を抱き締めることで、家族愛を最後まで手放さずに済んだ。ケビンこそが人生の勝利者だと言って、間違いないだろう。

『アイアンクロー』
監督・脚本/ショーン・ダーキン 
出演/ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、モーラ・ティアニー、スタンリー・シモンズ、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズ
配給/キノフィルムズ 4月5日(金)より全国ロードショー

(C)2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved

※毒親問題に関心のある方は、こちらもどうも。
チリのアートアニメ『オオカミの家』のレビューです
https://www.artagenda.jp/feature/news/20240417?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTEAAR28gBMImr6tqlaoXORuM_dgGMww2tE2B_ud5sF5IBiYqkeCAN0BoE1s88M_aem_Aaw4S_lXkLwuokWwv2gmJQwuD0TK2DnrBxTvyRP0NqUDcEyswh63EMdxA0MkXYulPKqkGb5ElCC27e_KjKquQSU7


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