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[15min.#02]物忘れについて15分話す/奥村泰史

第2回目は、学生時代からの友達ヤス(奥村泰史)くん。京都にあったClub Mushroomのイベントでグラフィックデザイン&VJをしていた彼と知り合ってから、もう20年ほどのつきあいです(実はそれより前、わたしが高校生の頃に三条高瀬川通にあったバーFish&Chipsで見かけていた)。カッコいい映像やフライヤーをたくさんつくっていたけど、一番記憶に残っているのは、クラブのモニタに投影したグラフィックを、当時発売されて間もなかったPlayStationのコントローラで動かす不思議なVJ。「何これ? ゲーム機でこんなことできんの!?」とものすごく驚いたのを覚えています。その後、彼は才能とアイデアを買われて本拠地へ。今は何かをつくり出すためのずっと前段階、言わばものづくりの種を考える仕事をしているらしく、いつも私の思考を超える話を聞かせてくれます。そんな彼との1年半ぶりの約束で「今気になっていることを聞かせて」とお願いしたら、出してくれたのが“物忘れ”。同席することになった同僚のラムさんも一緒に、新宿とく一のおでんを食べながらあれこれと話しました。
※このシリーズを始めた理由はこちらからどうぞ。

-- 物忘れに興味があるって、どういうこと?

ヤス:実は僕、物忘れが激しくて、一時期ものすごく悩んでてん。でも最近、逆に物忘れも武器にできるんちゃうか、ならどう使ってこの世の中をサバイブしていこうか、って考えるようになって。そしたら少しポジティブになれたから、こういうネタを出したわけ。

-- 昔からそんな激しかったっけ。

ヤス:うん、めっちゃめちゃ激しい。今日も同僚のラムとこれから何を開発しようかってアイデア出しするミーティングで、「そのアイデア前にもうやってたな」ってことがあった。ラムの「これがやりたい」って内容を聞きつつ、「それはこういうこと?」ってホワイトボードに書きなぐってからようやく気づいたん。めっちゃヤバいよね(笑)。
でも僕にとってはそれが重要なことなんやなって。昔、美大に行くためにデッサンを練習してた時期があるけど、それは白紙から始めるものやん。白紙にモチーフをどう構成するかってことやけど、実は開発提案も同じでさ。毎回白紙の状態から始まるし、絵を描くための鉛筆が、断片的なアイデアや情報とかアセットに変わっただけ。何もない所でモチーフの代わりに考え方をいかに構成するかも同じで、基本的に僕はそれを考えるのがすごく好きなんよね。で、その作業の時に物忘れが激しいとバラエティができやすい。そう考えると、それはそれでいいことなのかなって思って。

-- なるほどねえ。

ヤス:昔、AUTONOGRAPHでAUTONOMIAのフライヤーをずっとつくってたやん? あれもビジュアルのスタイルに一貫性はあったけど、素材のレイアウトや構成には全然ポリシーがなかった。その時に思ったままつくってたからね。普通のクレバーなデザイナーやと、頭の中に一つのテンプレートができてて、そこに流し込むような作り方をしてるはずやねんけどね。その方が絶対楽やし。でも僕はそれができなくて。

-- 性格的にってこと?

ヤス:そう。あとどうせ直したくなるからさ。コピペしてつくったとしても、結局直すから違うレイアウトになっていくし。つまり、忘れることはアイデアに対しても毎回新鮮で、面白く感じられることでもあるんやなって。

-- いい意味で忘れてるっていう。

ヤス:数年前と今では自分が変わってるから情報の捉え方も違うし、同じテーマを考えても数年前に考えたこととは全然違う。前のことをすっかり忘れてるからね。

-- 忘れた後で、考え直した時に同じ答えって出てくる?

ヤス:1つのテーマで気になってることは変わらないけど、その周辺の細かいことが違う場合はあるね。あと、何かで依頼された時にアイデアの断片だけ話す時がある。その断片に人の意見やバイアスがかかるような場だと、話しているうちに全然違うアイデアになることもある。そこで止められるといいけど、深掘りすると「あ、昔これと同じこと考えてたわ」って永久にループしてしまう。痴呆症的な悪循環にならないよう、見切りをつけるのが大事なんよね。
毎回、完全に白紙から始めてるから、あるテーマで上流から考えつつどんな形にするかも考えていると、本当にバラバラなものが生まれてくるんよ。しかも時によっては、そのものの方向性を決める上流レイヤーしか見えない時もあれば、実作業的な下流レイヤーしか見えない時もあって、自分の考えすらもバラバラやなって思うことがある。まー、バラバラの中の調和ってあるかもやけど。

-- そういうのってヤスくん独特の思考なんかな。一般的な人も同じような動きをするんだろうか。

ヤス:どうやろ。僕は上からの提案も、下からのプロトタイプに関わるデザイン諸々の実装もやるからね。真ん中で作業してくれるエンジニアをこう、上の方向性と下からの実務で抑えてるというかサポートしている感じ(笑)。

-- こういう意図があるから最終的にこういうものが欲しい、みたいに伝えるんや。入口と出口を伝えて構造はエンジニアに実現してもらうと。

ヤス:そうそう。でも僕一人だとアイデアが広がらない部分もあるから、間口は広くして意見を聞くけどね。毎回の白紙スタートは大変やけど、バリエーションはできるし、いろんなタイプが出てくると思えば。

-- バリエーションに傾向とかある? 全部を見直したらなんとなく系統立ってるとか。

ヤス:そういうのも後で気づくんよな。やってみて「あーこないだも出したな」って。だから、物忘れも意外にいいかって思えるようになってきた。毎日新しい自分っていう(笑)。

-- 人間は物事を忘れるからこそ楽に生きていけるとも言うしね。

ヤス:そう。さっきラムにも「How to use YAS」を話してて、僕がいろいろ忘れてるだろうからしつこくメールしてって言ってたんだよね。

-- それはラムさんも大変(笑)。

ラム:いやでもね、アイデアを出す時ってスキームの作り方や思考の動きが大事だから。アイデアっていろんな要素が集約されてアイデアになるけど、新しいものが世に出るには環境や時期も関係するでしょ。1年前ならアイデアじゃないものが、今だからこそ形になるというものもたくさんあるわけ。例えば、スマートフォンがある今だからこそUberのアイデアはサービスになった。それに、実用化に繋げるまでには「これは実現可能なアイデアか?」とか、エンジニアを始めとして幅広い視点が必要なんです。チームにはまったく違うタイプの人がいる方がいい。だからこそ、同じアイデアでもいろんな視点で見られる、ヤスのようなクレイジーな人間がいてほしい。同じ意見を言うメンバーよりも、なんでこれができないのかって他の人とケンカできるチームこそが、成功につながるからね。

ヤス:あー、これからしばらくラムには「どうしてこうなったの?」「なんでこう考えたの?」って質問され続ける気がする……。そのたびに過去の自分に戻って、この時はこうだったとか思い返す必要が出てきそうだから、逐一メモしといたほうがいいのかも。

ラム:ヤスは前に一度やっていても、私はわからないからね。私が知りたいのは、まさに「その時にどういう気持ちだったのか」。私が今日興味を持ったこのアイデアを、なぜ10年も前に考えていたのか。スマホもAIもなかった時代になぜこれがいいと思ったのか、とかね。

ヤス:それは音楽の影響かもしれないな〜。僕がいつも気になるのは、動きを持って自律的に近づくコンテンツや物理的に人に近づくコンテンツなんよね。例えば、以前考えていたのは、好きな音楽を選ぶと音楽が自律的に自然に集まってくる仕組み。バイオロジカルな魚のメタファーで、レコメンドというよりは生き物っぽい動きがポイント。その魚(曲)はセックスをするように交配(ミックス)する。それは、曲の途中であれ、ドンピシャに曲調やビートが合うと起こる。最初に自分の好きな音楽をエサみたいに撒くとコンテンツが寄ってきて、コンテンツ同士がセックスをしてまた違う音楽が生まれていく、みたいな感じ。そして、積極的に自分で繋ぐこともできれば、放っておくこともできる。DJならこの音楽で「こうきたか」って繋ぎをすることがあるけど、それと同じで、トラックのある部分のBPMに合ってると思ったら選ぶと繋がって再生される、って仕組み。これを考えたのは、15年近く前だったと思う。今でいう機械学習の研究をしてるエンジニアにベースを提供してもらって、プロトタイプまで作ってた。それから、Wi-Fiの測距技術みたいに人と人の距離が近いか遠いか、近づいてくるかそうではないかを予測できるアルゴリズムを作ってもらって、他人がヘッドフォンで聴いている音楽を聞こえさせる仕組みも考えたよ。近づく、離れるという身体的な動きとサウンドがシンクして、近づくと香る「音の香水」のような体験の発見もあった。自分の足で歩いて情報を探す、レコメンドリストじゃないコンテンツの探し方が僕のテーマやねん。

ラム:一種のサプライズだよね。データによるレコメンデーションだと、もう狭くなるしかない。自分の聞いた曲が基準になるから、当然似た音しか表示されなくなるしストーリーも狭くなっていくよね。

-- Spotifyとかのサブスクリプション系のレコメンド機能もそうよね。意識して違うジャンルや曲を聞かないと、同じような音楽ばかりが並んでしまう。

ヤス:そういえば、これはもう脳の話で眉唾ものかもしれないけど、面白い実験をNHKで見たよ。ロック、ダンス、クラシック好きを数人集めてそれぞれ5曲ぐらい聞かせて、その人の脳波から音楽と快・不快の関連を探って、それぞれの人用にAIがカスタマイズして生成した曲をもう一度聞いてもらう。するとピンポイントで脳内のある部分が活性化して、そのユーザーにとって耳ごこちよい音楽が作られるっていう話。ある種ファンタジーな世界観だけど、そういう世界を信じてもいいかなって思ったり。

-- へえ〜、面白いなあ。

ヤス:特に面白かったのは、クラシック好きの人が実はその人の脳はダンスミュージックが大好きだったって結果が出たこと。それまで一度も聞いていなかったのに、気持ちよさはダンス系が一番だったというね。逆にハードロック好きが実はアンビエント好きだったとか、生成された音楽を聴くと、自分の好みとは違う音楽に脳が喜ぶってわかるのか、とちょっとした発見だった。

-- 感性と理性の違いとかが影響してるのかしらね。

ヤス:どうだろうね。自分の思考の悪い癖を音楽で直すとか。仮説だらけだけど、僕にはそういう未来も見えるんよね。

【15分話してくれた人】
奥村泰史(おくむらやすし)
UI/UXデザイナー、1972年大阪生まれ。1993〜2016年までAUTONOGRAPH名義で活動。独自のVJツールを周辺のエンジニアと共同開発し、クラブやイベントでのVJやグラフィックデザインを行う。1997年に家電メーカー系エンターテインメント企業へ入社。現在はR&D領域のデザイン担当。
※画像はイベント「AUTONOMIA」(一部)とUR来日時のフライヤー、「Social Infection-20th Anniversary」での映像。

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