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【舞台感想】お言葉の花が蝶のように飛びましてお美しい事でござる/十二月大歌舞伎「天守物語」

12月14日に歌舞伎座で十二月大歌舞伎の「猩々」と「天守物語」を見てきました。3部制で第3部の演目でした。

今年5月の平成中村座が姫路城天守の下で七之助さんが富姫の「天守物語」と知り、見たかったなぁと残念に思っていたところ12月に歌舞伎座で上演とな。しかも亀姫がなななんと玉三郎さん?!と聞いてはどうしても見に行きたいと思い、上京のスケジュールを練りに練り、めでたく見ることができました。

「天守物語」はその世界観が大好きでシネマ歌舞伎でも見ましたがどうしても生で見たくて9年前にはじめて歌舞伎座に行き観劇した演目です。
その時は富姫が玉三郎さん、亀姫が尾上右近さん、図書之助が海老蔵さん(團十郎さん)だったと記憶しています。
富姫と亀姫の戯れを自分の目で覗き込むように見て(3階席でした)嬉しくて涙したことを覚えています。

今回は1階席のセンター席で見たのですが、歌舞伎座は座席が千鳥になっていないのですね。衛門之介の首のやりとりのあたりが丁度前の方の頭にかぶってしまって見づらかったのがちょっと残念ではありましたが、1階席ならではの幸せもありました。

七之助さんの富姫はきっぱりと臈長けた美しさ。言葉の一つ一つがとても明晰に聞こえておっしゃるとおりと感心してしまいます。
玉三郎さんの亀姫はあどけなさと残酷さのあわいが絶妙で言の葉に光る怜悧さにはっとさせられます。したたかに愛嬌があり甘えているようで突き放す感じがたまらない。

「このごろは召し上がるそうだね」と富姫が吸いさしの煙管を差し出すのを受け取って、吸口に口を当て「ええ、どちらも」と別の手で杯を傾ける真似をする亀姫。こういうところ大好きです。愛らしいけれど何も知らないお姫様ではないのです。
猪苗代から姫路まで五百里の通い路を「手鞠をつきにわざわざここまでおいでだね」と富姫に話を向けられて、
「でございますから、おあねえさまはわたくしがお可愛うございましょう」
「いいえ、お憎らしい」
「ご勝手」
「やっぱりお可愛い」
富姫と亀姫の言葉のやりとりは夢を見ているようで、頬寄せ合う2人の姿に涙目になりました。なんて満たされる世界観なのだろう。
このやりとりを眺め暮らしていられたらと。
「お仲が良くてお争い、お言葉の花が蝶のように飛びましてお美しいことでござる」という朱の盤のセリフに心の底から肯きました。
会話の内容はなかなかぞっとするものだったりするのだけども。その、人ならざるものゆえの清々しさにしばし心が解き放たれました。

亀姫とは反対に涼しい女主人然とした富姫ですが、登場の場面で蓑を被った姿を腰元に誉められて「嘘ばっかり、小山田の案山子に借りてきたのだものを」「誉められてちっと重くなった」とさっさと脱ごうとするところの機微は案外可愛らしい面が感じられてこれもとても好きでした。腰元たちもこんな夫人にお仕えできてうれしいだろうなぁ。

2014年に見た時はこの人ではないものたちの世界を眺めているのがあまりにも幸せすぎて心がいっぱいで、その後に人間の図書之助たちが天守に登ってきて以降の記憶が飛んでしまっているのです。
おそらく心が人間の世界に戻りたくなくて拒否してしまったのかもと思います。

今回は富姫と図書之助とのやりとりがちゃんと心に入ってきました。
演出も変わったのかなと思いますが、七之助さんの富姫は言葉が明晰に響いてくるように感じました。虎之介さんの図書之助も言葉が涼しくはっきりと聞こえました。
そういうことだったのか、なるほどそうだったのか、と合点がいくことしきり。(9年前はなにを見ていたのかな?と)
小田原修理の説明もクリアに頭に入りました。
獅子の動きも変わったのではないかな? 動きがとても素早くてリアルでかつ可愛かったです。

「たった一度の恋だのに」
お互い目が見えなくなって死を覚悟するも一目お互いの顔が見たいと嘆く場面は涙しました。
富姫と図書之助の物語に没入できたせいか、工人の近江之丞桃六が登場して鑿で獅子の眼を開いたときは心から良かったなぁと思いました。
こんなにもハッピーエンドだったんだと。
おそらく以前に見た時は事の成り行きがよくわかっていなくて戸惑ってしまったのじゃないかなぁと思います。
今回の観劇でようやく自分が作品に追いついたかんじです。近江之丞桃六の言葉がとても心に染み入りました。

いつかまたこの演目を見てみたいなぁ。その時はどんな心持ちになるのかなと思いながら、とても満たされた気持ちで帰路に就きました。

覚書

「猩々」
猩々 尾上松緑
酒売り 中村種之助
猩々 中村勘九郎

「天守物語」
富姫 中村七之助
姫川図書之助 中村虎之介
舌長姥/近江之丞桃六 中村勘九郎
薄 上村吉弥
小田原修理 片岡亀蔵
朱の盤坊 中村獅童
亀姫 坂東玉三郎

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