見出し画像

はじめてのデザイン倫理

デザイン倫理とは、事業者の利益だけを追求するのではなく、ユーザーが「使ってよかった」と感じ、関係するあらゆるステークホルダー全体にポジティブな影響を生むデザインの実現を目指す概念です。

本noteでは、なぜ今デザイン倫理が注目されているのかを説明し、デザイン倫理とUXデザインの関係性に焦点を当てた上で、具体的に何から始めればいいのかを紹介します。


UXデザインの浸透で浮き彫りになった倫理的問題

UXデザインが浸透し、便利で共感を呼ぶデザインが世界中で実現されるに伴い、様々な倫理的問題が浮き彫りになりました。

例えばダークパターン(ディセプティブデザイン)と呼ばれる、ユーザーを騙して判断を誤らせ、ユーザーが望まない行動を取らせるデザイン。
これは近年問題視され、GDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)でダークパターンだけでなく、個人情報の取得や利用にも規制がかけられています。

物理的なブロダクトもにおいても、自然環境に配慮しない製品は消費者から忌避され、低炭素社会やサーキュラーエコノミーの実現に取り組む企業が高い支持を得るようになりました。

環境問題以外にも、動物実験の規制も進んでいます。すでにEUやインド、イスラエルやノルウェーなどをはじめとする28カ国では、動物実験を経て作られた化粧品の輸入と販売が禁止されています。

他にも、AIや遺伝子解析の利用における倫理的問題など、倫理的目線はサービス提供者にとって避けては通れない課題なのです。

とりわけ、人々の生活を広く支えるプラットフォームやインフラサービスは多くの人々の生活に大きな影響を与えます。そのような事業を提供する組織が、短期的な視点で多くの時間を自社サービスの中で過ごしてもらうためのデザインだけを考えてしまうと、世の中にネガティブな影響を撒き散らすことになります。

ユーザーをアプリに依存させて滞在時間を増やし、射倖心を高めて課金を促すと企業の利益につながるでしょう。しかし、それがユーザーの人生にどのような影響を与えているのか、一度立ち止まって検証するべきです。

ユーザーにサービスの利用を習慣化してもらうためのフレームワーク、フックモデル。
デザイン倫理では、習慣化の是非から問い直す。

UXデザイナーこそ、事業と倫理をつなげる架け橋になる役割が求められる

冒頭に挙げた倫理的な問題は、実はUXデザイナーが常に直面し続けた問題でもあります。というのも、デザインはある意味ユーザーを操作することから逃れられないからです。UXデザイナーにとって、倫理的問題は馴染み深い問題と言えるかもしれません。

プロダクトのKPIとして利用される数字は、必ずしも倫理的な側面を持ち合わせているわけではありません。ユーザー数やアクティブ率、PV数を稼ぐことが目的になると、いつしか倫理的側面が抜け落ち、「いかに自社のサービスに依存させるか」にデザインが使われるようになります。

もちろん、利益を生み出す視点を捨てるわけではありません。ビジネスゴールとユーザーメリットのバランスを倫理的視点から考え、解決策を導く必要があります。

この役割を担うのが、UXデザイナーです。

デザインプロジェクトには多種多様なメンバーが参加します。ビジネス戦略を担当する人もいれば開発する人もいる中で、UXデザイナーが最も事業を多角的かつ俯瞰した視点で捉えられる立場にいます。

UXデザイナーは、ビジネス要件とユーザーの両方を理解し、事業が世の中に与えるインパクトを理解した上で、事業の方向性を定める役割があります。この時点でビジネス要件に倫理的な疑問があるのであればその内容を伝え、解決することもUXデザイナーの仕事です。

もちろん、UXデザイナーだけが事業の倫理性に全責任を持つわけではありません。重要なのは、デザイン倫理の観点を他のメンバーに伝え、チーム全員を巻き込む動きなのです。

では、次の項ではデザイン倫理を実践する際に何から始めればいいか考えます。

デザイン倫理の実践1|デザインプロセスを見直す

これまで事業フォーカスして話を進めてきましたが、デザイン倫理は事業を生み出すデザインプロセスにも適用されます。デザイン倫理を実践する上で、最初に我々デザイナーの日々の営みから見直してみましょう。

例えば、我々はデザインプロセスの中で無意識に誰かを排除していないでしょうか。一般的なデザインプロセスでは、特定の属性を持つ人物をターゲットに設定し、リサーチを進めます。

その際に「家から出られる人」「日本語を流暢に話せる人」など、無意識に特定の属性に偏ったリクルートをしていないか注意が必要です(必ず複数の属性にインタビューをする必要はなく、調査対象として選ばなかった方を理解することが重要です)。

他にも、デザインプロセスの中で誰かを搾取しないように注意を払うべきです。ユーザーリサーチにおいて、協力者を単なる調査対象者と見做し、一方的に情報を吸い上げるプロセスにならないよう考慮します。相手は一人の人間であり、対等な関係として敬意を持ち、いただいた情報への対価や利益還元は必ず行います。

デザインリサーチの各プロセス一つ一つに対して、倫理的なチェックが必要

また、共創やCo-Designと呼ばれる協業においても、一方的なリソースの搾取になっていないか、特に気をつけるべき点です。

このようなことを防ぐには、デザインチームに多様なバックグラウンドを持つメンバーを集めることが理想です。多角的な視点が集まると思考が偏らず、一人では気づかない価値観や視点をもとに意思決定できるようになり、倫理的な逸脱が起きづらくなります。

そして、「何か変だ、間違っている」と感じた違和感をはっきりチーム内で共有できる文化醸成が必要です。

デザイン倫理の実践2|倫理について組織で議論する

では、組織で共通の倫理観を持つにはどうしたらいいでしょうか。倫理には多面性があり、唯一絶対の正解はありません。そのため、多様なステークホルダーを巻き込み、倫理観を形成していくプロセスが不可欠です。

とはいえ、白紙からいきなり倫理観について議論するのは難しいと思います。そのようなときは、デンマークデザインセンターが開発した Digital Ethics Compassが役立ちます。

これは倫理的な思考をサポートするツールで、倫理的なテーマをデータ、自動化、行動のデザインといったカテゴリで整理されています。このツールを活用して、自組織にとって特に重要な倫理的観点を見つけ、サービスを作る側の責任や影響を考えるところから始めるのもいいかもしれません。


Digital Ethics Compass
デンマークデザインセンターウェブサイトより

デザイン版Digital Ethics Compassを作りたい

ここまで、デザイン倫理と実践方法について紹介しました。
デザイン倫理は単なる哲学的な問題ではなく、デザイナーとしての専門性と責任の象徴とも言えるテーマです。今後も深く探求されるべき分野であり、デザインが進化する中での新たな挑戦ともなることでしょう。

その挑戦の一助として、デザイン版Digital Ethics Compassを作りたいという思いがあります。

というのも、前述した通り、デザインはアウトプットだけでなくそのプロセスから倫理観が強く求められる営みです。
そのため、デザイン活動にフォーカスして、プロセスやアウトプットに倫理的問題ないかチェックでき、自分たちの倫理観を形作るツールがあれば、デザインの力でより良い世界の実現に役立てられるのではと考えています。興味のある方がいたらぜひディスカッションしましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。


主な参考文献:


最後までお読みいただき、ありがとうございます!投稿のお知らせや日頃の気づきを呟いているTwitter( https://twitter.com/thin_valley )も、よろしければご覧ください。